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対面の価値 ─オンラインとの相克または幸せな共存─

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首藤 一幸(東京工業大学)

秋になって,私の勤める大学でも,学生がだいぶキャンパスに来やすくなりました.大学は3月末から登校禁止が続いていました.
それが最近,サークル活動は条件付きで8月半ばから認められましたし,研究活動についても,9月上旬からほぼ自分の意志で研究室に出られるようになりました.

そんなある日,研究室をのぞくと,久々に大学にやってきた4月からの新メンバが,先輩と,就職活動について雑談をしていました.
就活はいつ頃始めましたか?といった他愛もない話です.
こんな他愛もない話に,私はハッとしたのでした.
これこそが対面なしで失っていた価値だよな,と.

対面の価値

チャットや音声・ビデオ会議など,オンラインで雑談する手段はあります.
SlackやDiscordなどをうまく活用している方も多いと思います.
ただ,顔を合わせたついでに話しかける,という気楽さ,敷居の低さを,そうしたオンラインツールがどこまで達成しているかというと,まだまだではないでしょうか.
ましてや,新メンバをグループ・チームにどう馴染ませていくか?
という課題は,対面なしでどうにかできる気がしません.
日々のやりとりはチャットや遠隔会議というプロジェクトであっても,最初の一回はわざわざ出張して会ったりします.

こういう,やっぱり面と向かって会いたいよねえ,といったディジタル化に反するような物言いは,ついて行けない自分達を正当化したい心の働きかもしれませんし,それまでのやり方に対するノスタルジーかもしれませんので,注意は必要です.
しかしそうした甘えを排したとしても,それでも,対面することでしか得られない価値は残ります.

この半年間,移動や対面が難しくなって困ったこと,失ったものは,皆さんそれぞれ,いろいろとあるでしょう.
私の場合,深刻ではありませんが,例えば,国際学会がオンライン開催になったことで,研究室メンバのいわばデビュー戦がビデオ会議での講演になって,内外の研究者から認知してもらう機会を逃しました.
ビデオ会議に顔を出すだけと,講演前後や懇親会などで交流があるのとでは,認知の度合いがまるで違います.
他には,昨年学会で出会った研究者と,今年,国際共同研究を申請したのですが,そうした出会いの機会が今年は消えました.
企業の方々も,新しいご縁を作れずに困っている,今のところ,これまでのご縁でしのいでいるけれど……
とおっしゃいます.

対面が生む機会 vs. オンラインが抑えるコスト

敷居の低い「雑談」,「新メンバ」の導入,他者からの「認知」,「出会い」……
こうした対面の価値は,油断すると,簡単に踏み潰されてしまいます.
グループ・チームのミーティングはオンラインでできる.
お客様訪問はオンラインでできる.
講義はオンラインでできる.
確かにできます.
できるのだから,オンラインで済ませるべし,と指示されたら,合理的な反論ができるでしょうか?
移動に○時間,○円使って,オンラインでは得られない何を得るのか?
講義中心の授業で,対面で教える/教わることで,オンラインでは得られない何を与える/受け取るのか?
そう問われたら,どう答えるでしょうか.

オンラインには,費用や時間といったコストの抑制というはっきりした利点があります.
それに対して,対面の利点は,測定や定量化が困難なものばかりです.
また,やってみるまでわからない,つまり不確実性が高いという特徴もあります.

測定・定量化が困難な価値が,測定・定量化容易な何かに押し切られるという残念な例は,いくらでも思い浮かびます.
例えば……
オフィスの机を一律で小さくして1人あたりの場所代を節約した総務部門が
表彰されたけれど,作業効率の低下は無視していたり,社内の○○申請を秘書ではなく社員自身が行うウェブ申請システムを導入した事務方がコスト削減で表彰される一方,社員の膨大な時間が奪われていたり.

もし対面の価値を守ろうとするなら,それを,できるなら定量化,せめて言語化していく努力が要ります.
一方,意思決定者には,誰にでもできる短期的なマイナス(コスト)抑制はさらっとこなしつつも,中長期的なプラス(機会)増強にしっかり目を向ける胆力が求められます.

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対面とオンラインの幸せな共存

ここまでは,オンライン化の圧力に負けるな,といったことを書いてきましたが,オンラインのメリットがコスト抑制にとどまるわけではありません.
言うまでもなく,簡単には対面できない遠距離同士が話をできたり,家を出にくい人が外と関わりやすくなったり,様々にメリットがあります.
私自身,オンライン協働の可能性を信じています.
20年近く前,インフォーマルなオンライン協働の研究として,5ヶ国20数拠点での全世界カラオケ(Karaoke Grid)を開催したりしていました.

オンラインツールも,今日のものが最終形であるはずもなく,むしろ,今回の感染症を契機に多くの新しい試みが始まっています.
今日時点のツールは出会いや雑談などについてまだまだですが,将来のツールはもっとうまくサポートしてくれるはずです.

近いか遠いかわからない未来,まだまだ様々な感染症が人類を襲うだろうことは確実です.
今回の感染症は,それ自体による脅威もさることながら,強制オンライン化の実地訓練ができた,と見ることもできるかもしれません.
オンラインツールそれ自体と使い方を磨くとともに,対面の価値についても,見過ごしたり踏み潰したりすることのないよう,しっかりと認識して言語化を進めるチャンスかもしれません.

(情報処理」2020年12月号掲載、2020年10月7日受付)

首藤 一幸(正会員)  
2001年早大大学院博士後期課程修了.博士(情報科学).産業技術総合研究所研究員,ウタゴエ(株)取締役最高技術責任者を経て,2008年12月より東京工業大学准教授.2009年5月よりIPA未踏PMを兼任.