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映画『台湾、街かどの人形劇』

李天禄の、長男。
偉大な父の名前と共に生きるというのは80年以上生きてもなお、ただの“自分”を手にすることができないまま生きるということでした。その苦悩も悲しみも怒りも、あるのかないのか静かな表情の奥にそっとしまわれているようでした。
父は、台湾の布袋戯の人形遣いで人間国宝であり、侯孝賢の映画への出演(今作中には『恋恋風塵』の最終盤のシーンがそのまま出てきます)でも世界に知られた李天禄。この映画で追うのは母の姓陳を継いだ長男陳錫煌です。
父の劇団の跡を継いだ李姓を持つ弟、それに対して長男の彼が持つのは赤い小さな箱に入った神さま。布袋戯にとって大切なこの神さまが、どこか父を喪失している彼の拠り所のようにも見えました。幼い子どもが抱えもつ人形のように。傷ついた柔らかい心を撫でてくれる御守りのように。

人形を遣うときの手だけをとらえた映像は、ゆったりとした舞踊を見るよう。筆をとり書きつけ印を押す一連のしぐさを小さな人形が流れるように行うのも美しい。けれどこの映画がとらえているのはそれらが廃れて壊れて消えていこうとする姿で、最後にフィルムに焼き付けられた芸を、失われることをとどめる術などない哀しみと共に受け止めて映画が終わりました。

#映画感想文 #台湾

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