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【第01話】 天井の上

今回の、2分で読める1000文字小説は「天井の上」というタイトルです。ご自身の周りになんでこんなにできた人がいるんだよ、と思ったことありませんか。その人は別に普通なのかもしれませんが、平常心ではいられない男のちょっとした物語です。



1000文字小説

あれは中学生のときだったと思う。休みの日に最寄り駅までバスに乗っていたときのことだ。道中のバス停から乗ってきた、二甲中学校の制服を着た彼が車内に落ちていたジュースの缶と食べ終えたスナック菓子の袋をなんの迷いもなく素手で拾い、降り場近くに立ち駅に到着するのを待っていた。二甲中学校はキリスト教の中高一貫の進学校で、生徒は必ずトイレ掃除をするし学内の掃除も学生が行っていることで有名な学校だ。

バスに乗りゴミが目に入ったときには不愉快に感じたものの、誰かが掃除をすればいいと思っていただろう多くの乗客と同じ一人だったので、彼の行動はさすが二甲中学校だと感心をしたし、家に帰って親に話すと親もまたいたく感心し、「あなたも二甲中学校でたたき直してもらったら」と、ついでに私のできの悪さを指摘もされたものだ。

中学受験で二甲中学校に挑戦し不合格になったせいもあるだろうが、なぜかずっと気になっていて、ときどき思い起こすことがあった。私とそう年齢が変わらないだろう彼に最初は感心したが、よくよく冷静になると、優等生すぎやしないか、と思うようになっていた。彼は本当にゴミを拾いたかったのだろうか。二甲中学校の教育方針に洗脳されて、自分を押し殺して優等生を演じていたのではないだろうか。制服を着ていなかったらきっとゴミは拾ってないに違いない。


会社からの帰り、今日も残業で遅くなったので車内は一杯ひっかけてきただろうサラリーマンが何人か目につく。電車が発車するとカランカランと床から音がした。どうやら飲み干されたビール缶が転がっている。たまに出くわすシーンだ。酔っ払いが車内で飲み干して空になった缶を置きっぱなしにして降りたのだろう。空き缶はずっと転がっていて静かな車内で耳障りの悪い音を出し続けていた。

次の駅まではまだ時間があるのに、私の前に座っていた人がすっと席をたったので今日は良いことあるな、と思いながら空いた席にどっしりと座った。席をたったその青年は、耳障りなビール缶を素手で拾いドア近くに立っている。この人は偉いなと思ったのはもうこれで不愉快な音がしないことを確認できた一瞬だけだった。すぐに怒りや劣等感等の感情が混ざり合ったものが込み上げてきた。なんで拾うんだ、お前がゴミを拾う必要はないだろう。乗客の皆はただただ我慢しているじゃないか。どうしてこういう人がいるんだよ。


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