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刑法事例演習教材(2版)「欲深い売主」答案作ってみた

第1 甲の罪責
 1 甲がBとの間で本件土地を目的物とする売買契約を締結した行為につき,Aを被害者とする横領罪(252条1項)が成立するか。
(1)同罪の構成要件は,①「自己の占有する他人の物」を②「横領」することである。
(2)①について
ア 同罪は,所有権のほか委託信任関係をも保護法益としている。よって,「占有」とは,委託信任関係を前提とし,事実上又は法律上の支配力を有する状態をいうと解する。
イ 本件の検討
(ア)Aは甲から所有権移転登記に必要な書類を保管する貸金庫のパスワードを教わっており,Aが本件土地を法律上支配しているとも思える。もっとも,甲は,本件土地の所有権の登記名義人であるから,法律上容易に本件土地を処分し得る立場にあるといえ,なお法律上の支配力を有している。
 また,甲は,Aへの所有権移転登記手続に協力する義務(不動産登記法60条)のほか,特定物たる本件土地を引き渡すまで保存に関する善管注意義務(民法400条)を負うため,甲の占有は委託信任関係を前提としている。よって,本件土地は「自己の占有する」物であるといえる。
(イ)所有権は特約がない限り当事者間の意思表示のみによって移転する(民法176条)。甲A間で所有権の移転時期に関する特段の取り決めは行われなかったため,たとえ甲がAから代金全額の支払を受けていなかったとしても,甲がBとの間で売買契約を締結した時点で本件土地はAの所有物である。よって,本件土地は「他人の物」にあたる。
ウ したがって,本件土地は「自己の占有する他人の物」にあたる(①充足)。
(3)②について
 ア 「横領」とは,不法領得の意思を発現する一切の行為をいう。ここでいう不法領得の意思とは,同罪の性質を踏まえ,他人の物の占有者が委託任務に背き,権限なくその物の経済的用法に基づき,所有者でないとできないような処分をする意思をいうと解する。
 イ 本件の検討
 売却行為は目的物の処分にあたり,所有者でないとできないような行為である(民法206条参照)。
 ここで,甲B間の売買契約は解除されているものの,同罪は不法領得の意思を外部に発現した時点で既遂となるから,甲がBに対して本件土地を売るとの意思表示をした時点で「横領」があったとも思える。もっとも,本件土地の所有権登記はBに移転されていない。Bへの所有権移転登記がなされる前に,Aが所有権移転登記を具備する可能性があるという点も踏まえると,Bへの所有権移転登記が未了の段階では,Aが本件土地の所有権を喪失して甲との委託信任関係が害される危険性が具体化したとはいえず,不法領得の意思を発現する一切の行為があったとはいえない。
ウ したがって,「横領」は認められない。
(4)以上より,Aを被害者とした横領罪は成立しない。
 2 甲が,Bとの間で,甲A間の売買契約の事実を全く知らせずに,本件土地を目的物とする売買契約を締結した行為につき,Bを被害者とした詐欺罪(246条1項)が成立するか。
(1)同罪の構成要件は,①欺罔行為を行い,②当該行為によって相手方が錯誤に陥り,③当該錯誤によって相手方が財物を交付し,④これを受領することである。また,同罪が領得罪であることに照らし,⑤不法領得の意思も要求される。
(2)①について
 ア 欺罔行為とは,財物の交付に向けて,財物交付の判断の基礎となる重要な事実を偽ることをいう。なお,相手に重要な事実を伝える義務を負うにも関わらずこれを果たさなかった場合は,保護法益である相手方の財物の占有を害する現実的危険性があるため,不作為による欺罔行為を認めることができると解する。
 イ 本件の検討
 甲は,Bに対して甲A間の売買契約の事実を全く知らせていないが,これは不作為による欺罔行為にあたるか。(ⅰ)当該事実が財物交付の判断の基礎となる重要な事実にあたるか,(ⅱ)甲がBに対して当該事実を伝える義務を負うか問題となる。
 不動産の二重譲渡が行われた場合,所有権登記の具備の先後によって譲受人の優劣が決せられる(民法177条)。そうすると,Aが本件土地の所有権移転登記を具備する前にBが同登記を具備すれば,Bが確定的に所有権を取得することになり,Bは財産権の移転(民法555条)という売買契約の目的を達成することができるため,甲A間の売買の事実は重要ではないとも思える。
 もっとも,AはBが勤務する会社の取引先であって,すでにAが代金の8割をすでに支払っているという事実に照らすと,本件土地の所有をめぐってAB間で紛争に発展することは通常想定できることである。よって,Bが甲A間の売買の事実を知ったとすれば,売買契約の締結をしなかった可能性が高いといえ,当該事実は,財物交付の判断の基礎となる重要な事実にあたる(ⅰ充足)。
 上記の通り,本件において甲A間の売買の事実はBにとって財物(売買代金)交付の判断の基礎となる重要な事実にあたるから,売主である甲はBに対して当該事実を伝える信義則(民法1条2項)上の義務があるといえる(ⅱ充足)
 ウ したがって,甲には不作為による欺罔行為が認められる(①充足)。
(3)②について
 Bは,甲の上記不作為により,本件土地がAに売却されていないと誤信して甲との間で売買契約を締結しているため,欺罔行為に基づく錯誤が認められる(②充足)。
(4)③,④について
 Bは,上記の錯誤に基づいて甲との間で売買契約を締結し代金2500万円を支払い(③充足),甲はこれを受領した(④充足)。
(5)⑤について
 不法領得の意思は,権利者を排除して経済的用法に従い当該物を利用処分する意思をいう。甲は,経営する会社の資金繰りが苦しくなっており,これに充てるためBとの間で売買契約を締結したため,権利者を排除して経済的用法に従い当該物を利用処分する意思が認められる(⑤充足)。
(6)したがって,甲の行為は要件①ないし⑤をすべて充足する。なお,Bは甲との間の売買契約を解除して売買代金相当額の返還を受けているが,詐欺罪は状態犯であって財物の受領があった時点で既遂となるから,かかる事実は同罪の成否に影響を与えない。
(7)以上より,甲にはBを被害者とした詐欺罪が成立する。
 3 甲が本件土地に抵当権を設定してその登記を具備した行為につき,Aを被害者とした横領罪が成立するか。「1(1)」に述べた構成要件①ないし②に当てはまるか検討する。
(1)①について
 甲は本件土地をBに売却しているため,Aとの間で委託信任関係が継続しているといえるか。甲はAに無断でBに本件土地を売却しているため,当該事実をAは知らないし,甲は,Aに対する所有権移転登記手続に協力する義務および本件土地の保存に関する善管注意義務を依然として負っている。よって,甲の占有は委託信任関係を前提としており,本件土地は「自己の占有する他人の物」にあたる(①充足)。
(2)②について
 抵当権設定行為は目的物の処分にあたり,所有者でなければできないような行為である。また,甲は抵当権設定登記まで具備しているため,Aが本件土地の所有権を喪失して甲との委託信任関係が害される危険性が具体化したといえる。よって,不法領得の意思を発現する一切の行為があったといえ,「横領」が認められる(②充足)。
(3)したがって,甲にはAを被害者とした横領罪が成立する。
 4 甲が抵当権付本件土地を乙に売却して所有権移転登記を完了した行為につき,Aを被害者とした横領罪が成立するか。「1(1)」の構成要件①ないし②に当てはまるか検討する。
(1)①について
 甲は本件土地を乙に売却しているため,Aとの間で委託信任関係が継続しているといえるか問題となるが,「3(1)」と同様の考え方により認められる。よって,本件土地は「自己の占有する他人の物」にあたる(①充足)。
(2)②について
 ア 「1(3)」で述べた通り,不動産を売却して所有権移転登記を具備させる行為は「横領」にあたる。もっとも,上記「3」に述べた通り,甲にはすでに本件土地に関してAに対する横領罪が成立するところ,甲が乙に対して本件土地を売却および所有権移転登記を具備させる行為は不可罰的事後行為にあたらないか。
 イ たとえ先行する横領行為(以下「先行行為」という。)があったとしても,これにより委託信任関係が完全に消滅せず,後行の横領行為(以下「後行行為」という。)をした時点でも同関係が継続していることも想定される。そうすると,先行行為によって同関係が完全に害されて消滅したといった特段の事情がない限り,後行行為時でも同罪の保護法益たる同関係が存在する以上,後行行為にも別個の横領罪が成立すると解する。
 ウ 上記(1)に述べた通り,甲乙間の売買契約締結時においても,甲とAとの間で委託信任関係は継続しているため,甲が乙に対して本件土地を売却して所有権移転登記を具備した行為は「横領」にあたり,別個の横領罪が成立する。
(3)以上より,甲にはAを被害者とした横領罪が成立する。
 5 甲が抵当権付本件土地を乙に売却した行為につき,甲に欺罔行為があったとする事情はなく,乙はこれまでの事情をすべて知っているため錯誤に陥っていると評価できないため,詐欺罪は成立しない。

第2 乙の罪責
 1 乙が甲から本件土地を買い受けて所有権移転登記を具備した行為につき,Aを被害者とした不動産侵奪罪(235条の2)が成立するか。
(1)同罪は,①「他人の不動産」を②「侵奪」した場合に成立する。
 ア ①について,甲A間の売買契約により本件土地所有権はAに移転しているため,本件土地は「他人の不動産」にあたる。
 イ ②について,「侵奪」とは,不動産に対する他人の占有を排除してこれを自己又は第三者の占有に移すことをいい,事実的支配を侵害することが必要である。乙は,甲との間で売買契約を締結して所有権移転登記を具備したものの,本件土地の引渡しを受けたという事情はないため,事実的支配の侵害はなく,本件土地を「侵奪」したとはいえない。
(2)よって,乙に不動産侵奪罪は成立しない。
 2 乙が甲から本件土地を買い受けて所有権移転登記を具備した行為につき,横領罪の共謀共同正犯(60条)が成立するか。 
(1)共同正犯の処罰根拠が相互利用補充関係にあることに照らし,①特定の行為について共謀し,②共謀者の一部が共謀に基づく実行行為をなし,③その者に関して実行行為に準ずる重大な寄与が認められる場合に共謀共同正犯が成立すると解する。
 乙は,甲との間で,甲A間の売買契約等の事情をすべて知った状態で本件土地を買うとの合意をしている。よって,Aが害されることを知りつつ売買契約に応じたといえ,横領行為について黙示の共謀が認められる(①充足)。そして,当該共謀に基づき,共謀者たる甲が本件土地の売却および所有権移転登記を具備させるという横領行為をなしている(②充足)。また,このような内容の横領行為をなすためには買主の存在が不可欠となるところ,乙がその立場におり,実行行為に準ずる重大な寄与が認められる(③充足)。
 よって,①ないし③を充足し,構成要件該当性が認められる。
(2)では,乙が甲から本件土地を買い受けた行為に違法性は認められるか。
 ア 違法性の実質は社会的相当性を逸脱した法益侵害にあるところ,当該行為に社会的相当性が認められるのであれば違法性が阻却される。
 不動産の二重譲渡が行われた場合,第二譲受人は第一譲受人より先に所有権登記を具備することで不動産所有権を取得することができる(民法177条)。また,第二譲受人が第一譲受人の登記の欠缺について悪意であったとしても,登記の欠缺を主張することが背信的行為と認められる事情がある背信的悪意者でない限り,なお自由競争の範囲内にあるとして同条の「第三者」にあたると解される。よって,譲受人が単純悪意者にとどまるのであれば,社会的相当性が認められて違法性が阻却されると解する。
 イ 乙は甲Aの売買契約およびAへの所有権移転登記がなされていないことを知っていたにすぎず,背信的行為と認められる事情はない。よって,乙は単純悪意者であり,違法性が阻却される。
(3)よって,乙に横領罪の共謀共同正犯は成立しない。

第3 結論
 1 甲には,①Bに対する1項詐欺罪,②(抵当権設定及びその登記をした行為について)Aに対する横領罪,③(本件土地の売却および所有権移転登記を具備した行為について)Aに対する横領罪が成立する。①ないし③は併合罪(45条前段)となって,甲はその罪責を負う。
 2 乙に犯罪は成立せず,乙は罪責を負わない。     以上

疑問点など

1 横領罪の「他人の物」の判断
 売買代金を支払ってないと横領罪を科す実質が無いから,民法176条の意思表示に加えて,売買代金(の大部分)の支払がないと横領罪の「他人の物」に当たらないとするのが通説みたいなので,そっちの方がいいかも。でも「大部分」ってどのように判断すればいいのかすごい難しい(代金の55%ならどうか? 59%なら?)し,あいまいな基準で犯罪の成否を左右していいのか疑問なので,答案では「民法176条にこう書いてある!」と済ませました。

2 登記済不動産と横領罪
 判例は登記済不動産については所有権移転登記を具備して初めて横領罪の成立を認めているので,この見解にしたがいました。ただ,「横領」の定義が「不法領得の意思を発現する一切の行為」である以上,売却の意思表示をした時点で実行の着手は認められるはずなので,「着手はある。でも未遂を罰する規定がない以上,不可罰ですね」と書いた方が正確かも。

3 第1譲渡が詐欺の欺罔行為における「財産交付の基礎となる重要な事実」なのかについて
 自分で考えた感を出したかったので,「Bが甲A間の売買の事実を知ったとすれば,売買契約の締結をしなかった可能性が高い」と書いたのですが,第2買主が買う可能性もわずかにあるということになってしまうかもしれないです。そうすると欺罔行為にあたるのか微妙になってくるので,やっぱり判例の「仮に第2譲受人が…」という言い回しをそのまま使ったほうが無難かもしれないです。

4 詐欺罪の構成要件的故意について
 もし第1譲渡を知っていたら買わなかったであろうという認識がないと詐欺罪の構成要件的故意を認定できないと思います。この認識が甲にあったのかという点は問題文から明らかではないです。認識ありということでいいのでしょうか。。。

5 不動産侵奪のくだり
 明らかに成立しないので,不要かもしれません。

6 第2譲受人の買受行為の違法性(社会的相当性のくだり)
 民法177条があるから法令行為(35条)ともいえそうですが,同条が第二譲渡を許容することまで趣旨に含んでいるかはよくわからないところなので,あえて35条の指摘はやめました。でも,「違法性阻却の根拠条文は?」と突っ込まれそうな感じはあります。

7 複数の横領の罪数処理
 包括一罪(後行の横領は共罰的事後行為)とするのが有力なようです(『基本刑法Ⅱ(第2版)』308頁)。でも,本件では第1横領行為と第2横領行為との間に,手段・目的あるいは原因・結果の関係を見出すことができないので,共罰的事後行為として処理はできないのではと考えました(『基本刑法Ⅰ(第3版)』423頁参照)。そこでシンプルに併合罪で処理したのですが,重たい罪の1.5倍というのは同一被害者に対する同一の法益侵害に課する罪としては重いように思います。包括一罪とする場合どんな論証が説得的なのでしょうか。あまり同一被害者,同一法益侵害という点を厚く書くと不可罰的事後行為と解さないことと矛盾しそうな感じになりそうなので難しかったです。

ではまた。

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