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新・平和学習を考える〜平和を見つめる角度を考えていく〜

昨日、市民カレッジに参加させていただきました。

『新・平和学習のあり方を考える〜戦争体験者からの未来へのバトンをつなぐために~』
という講座で、5回シリーズです。

昨日は第4回目で、最終回の第5回は、ぼくも登壇する予定になっております。
活動内容やその目線が、とても素晴らしく、尊敬している
「北九州 戦争を次世代に伝えていく会」代表の樺島由彰さんのご担当でした。

とてもお話をうかがってみたいと、従前からずっと思っていましたので、ようやく念願が叶いました。

5回シリーズのこの講座については、こちらの記事もご参考まで。


樺島さんのお話をうかがって、とても刺激を受けました。
漠然としていた悩みなども、何だか前に向いて考えられるような気がしました。

どこからどうアウトプットすれば良いか整理できていないほど、たくさんのことを学び得たような気がします。

今日はその1部分をアウトプットしてみたいと思います。
また、何度かに分けて書いていきたいと思います。

それとは別に、総論として宣言しておきたいことがあります。
終了後に、次回の最終回に向けて、コーディネーターの渡辺館長と社会教育主事と、樺島さんも交えて打合せをしました。

現在、戦後78年。
戦後80年ともなれば、当時のことを知っている人が、ご本人の口から語る、ということがかなり難しくなるでしょう。

小学生でも分かっていることです。
戦争はいけないことだ、やってはならない。

そう言いながらでも、歴史は繰り返してしまいます。

平和学習の機会も各段に少なくなっているのも事実だろうと思います。
意識が薄れていって、歴史が繰り返してしまいます。
だから、今こそ、しっかりと意識していかねばならないと思っています。

戦後80年に向け、何らか、取組んでいきたいと思っています。


樺島さんは、ぼくよりも年下で、戦争教育、平和教育について、新たなアプローチで取り組まれています。

その端々を感じるので、とても素晴らしい方で、素晴らしい活動だなと感心するばかりです。

例えば、マンガにして、伝えることを行っています。
ぼくも個人的に5冊買わせていただきました。

インスタでもアップされていますので、ぜひ、フォローしていただき、ご覧いただけたらと思います。

現在、挙げられている『最後の手紙』は、樺島さんの活動の象徴的なものです。

これまでの平和学習において、樺島さんがひっかかっていた点は、
空襲などを受けて、悲惨な目にあったという、生き残った市民による証言ばかりを伝承されてきました。

従軍した皆さんがどんな想いだったのか、それはあまり語られ、伝えられてこなかったように思います。

若くして戦禍に散っていった方々の想いを、今の世でどう受け取っていくのか。
等身大の、それぞれの命があったことを、『手紙』を通じて体感するものです。

二十歳前後の若者が、社会の流れに呑み込まれ、
戦場へ向かいます。

『最後の手紙』を書かざるを得ない若者が、どんな言葉を伝えようとするでしょう。

相手を想い、
感謝を伝え、
国の未来を願い。

先ほどのインスタには、無料で公開させていますので、ぜひご覧ください。
ぼくの文面よりも何十倍も伝わるはずです。
こちら、公式HPでもご覧いただけます。



むごい、悲惨、悲しみ、辛さ・・・。

戦争が遺したもの、、伝えられてきたのは、苦痛の記憶ばかりです。


しかし、等身大の
戦禍に散って行った若者たちから、
『命』や、『願い』や、『有難さ』の気持ちを受取って、
これからの社会を、
命のバトンを受取ったひとりひとりで描いていくこと。

それも、平和を見つめる視点なんだろうと思います。


8月2日に、樺島さんとコラボした平和学習を企画しています。
そのことも後日、アウトプットいたします。


いま、これをご覧の皆さん、
いまから『最後の手紙』を10分で書けるとしたなら、
何を書き、何を伝え、何を願いますか?

日常の感謝のもとに、日々の暮らしがあります。
誰しもが、自分のいなくなった世でも、大なり小なり、未来への願いを託していくのではないでしょうか。

命のバトンリレーであり、
受取った「手紙」です。



今日もご覧いただきありがとうございます。



<1年前の”今日”の記事★>

昨年の今頃は、防災Lab.北九州の過渡期ですね。
『学び合い』という内向きの性質の場を毎月設けていきました。
その素地やネットワークが、今では、外向きの大きなチカラとなっています。

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