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ラオスの印象

ラオスの首都ビエンチャン、早朝や夕暮れ時に沢山の人が整備されたメコン川の遊歩道を歩いている。ビエンチャンの人にとって大きく穏やかなメコン川は憩いの場所のようだ。
ラオス旅行の一月ほど前、旅先を決めるために地図を眺めていた。比較的に近い海外で、自分に予備知識がなく新鮮で神秘的な国、地図からラオスが浮上した。

先ずベトナムエアーでハノイに飛んで、半日の長い空港トランジット後、ハノイからプロペラ飛行機に搭乗してルアンパバーンへ向かった。夜遅くに到着し空港から町へ移動するのは数人で乗り合う大型タクシーだった。道中、家と人の気配はなく闇ばかりで、時折り薄暗い屋台に蠢めく人の姿が怖かった。乗客は皆んな押し黙って闇をみつめている。予め伝えたドロップポイントで停まると、ひとりまたひとりと、旅人同士の軽い挨拶を交わし降りていった。
ちょっとした緊張感はこの時だけ、朝早くに起きて町の散歩に出ると、清々しい空気に満ちた平和な町、鈴をならして歩く僧侶の列に遭遇してすっかりリラックスした。
ホテルに戻り先ず最初に、窓もバスタブも仕切り扉もない留置所のような部屋をチェンジする。ドルで僅かな追加分を払うとスイートルームらしき部屋に案内された。広々としたバスルーム、大型のベッドにアジア風の椅子やテーブル、冷蔵庫まであって、囚人からVIPに昇格、贅沢過ぎて気がひけるほどであった。
ホテルの敷地にはレセプションとオープンレストランのメイン棟と2階建ての宿泊棟が幾つかあって欧米人と中国人が10組ほど宿泊していた。

ルアンパバーンのメコン川は泥色の水を満々と湛え悠然と流れている。川の淵を覆う熱帯樹林が相まって、ベトナム戦争の映画に登場するような風景だった。早朝に歩いている住人はいない。朝夕に大河の淵を散歩やジョギングしているのはビエンチャンのような都会の光景なのだ。
旅人は山間の静かな町で寺院を訪ね、素朴な市場を巡り、メコン川を眺めて過ごす。ぼくの主な交通手段は自転車で、観光に携わる車が少々と、片手に日傘をさして悠々とバイクに乗る女性たちや、旅行者を乗せた三輪タクシーとすれ違う。
早朝の町には、オレンジ色の法衣を身につけ托鉢の少年僧侶たちが練り歩く。夜が開けたばかりの清浄な空気のなか、托鉢を待つ人々と町で暮らす犬たちがお迎えにでている。
露店の市場には野菜やフルーツが山のように積まれ、肉の塊、食用の巨大な鯰や蛙が並ぶ。屋台では焼き魚や粥のようなもの、フランスパンに肉や野菜、フルーツとパクチーを挟んだローカルフードのカオチーが売られている。フランス領だった名残りはショーケースに収まった大量のフランスパンである。

舟を雇いメコン川を対岸に渡って、メコンを見下ろす無人の寺院に、半日一人っきりで過ごした。メコン川から樹林を300メートルほど登った眺めのいい場所は、観光客も僧侶も村の人も居ず、一匹の白い犬が静まり返ったお堂の留守番をしているのだった。御堂に入ると大きな銅鑼が下がっている。正面に仏像(たぶんお釈迦様)が鎮座されて周りを小さな仏像や蝋燭が囲んでいる。広さは教室ほど。光の射す木枠の窓からメコン川と熱帯植物が見えて、俗世の気配は遠く、この世に一人きりのような気持ちになるのだ。お堂の仏像の前に座って禅の修行のごとく無心に仏と対座していると涙がとまらない。纏わりついた不浄な何かが剥がれ落ちるように。神様の化身のような白い犬は知らん顔してメコンの風を受けている。ぼくは何故ここに居るのか、何かに導かれるように辿り着いた場所、旅先では縁と出会いの不思議がクローズアップされるのだ。

数日の滞在中に、粥やサンドイッチ、フォーのようなヌードルを食べ、ビールと水分は頻繁に補給した。ルアンパバーンでは食事より他のことで満ち足りていたようだ。

そんな、桃源郷のルアンパバーンをあとに首都のビエンチャンに移動した。行きは夜のフライトでわからなかったが、眼下には山また山。深く豊かな山の緑が何処までも続く。この山々にはアメリカ軍に空爆で残された不発弾が、8000万発も残っているそうだ。ベトナム戦争に巻き込まれた隣国ラオスは58万回の空爆を受け、最も爆弾を落とされた国だとこの旅で知る。
戦争と人間についてまた知らなかった狂気の真実に触れる旅でもあった。
ビエンチャンに到着して、空港から移動する途中、長閑な山の避暑地が懐かしく、ゴミゴミした都会の空気や喧騒に辟易としてしまった。
いっ時苛立ったぼくだが、その日の夜になるとビエンチャンに立ち寄った後悔は消え、ノイズに満ちた街にも慣れた。街をほっつき歩き、中華料理的な食事(美味い)にラオスのビール(美味い)を飲んで夕方のメコン川を散歩して涼んでいると、すっかりビエンチャンもわるくないなと寧ろ気に入っていたのだ。
ホテルは、小さなレセプションとカフェテラスが一階にあって各フロアーに数部屋ほどのこじんまりした佇まい。部屋の調度品や色彩も落ち着いて、自然光がふんだんに届き居心地がよかった。
三つ星で安価なのに、街の喧騒とは無縁の品の良いホテルだ。バックパッカーが泊まるゲストハウスの建ち並ぶ通りもある。宿や旅行社の集まるこの界隈で喫茶店を営む日本人女性の店でランチを食べた。たまたま共通の知人を持つ女性であった。見知らぬ国で日本食を食べ日本語で会話するとやはり寛ぐ。 

早朝にビエンチャンのメコン川沿いを散歩して、帰りにワンタンスープの朝食を食べ、昼は寺院や博物館を周り、ラオビアーで休憩しては三輪タクシーが行き交う街の写真を撮って歩く。騒々しいと感じたビエンチャンは案外楽しかった。
ルアンパバーンのインスタント禅修行の効果も薄れた頃にラオスの旅も終わりである。リラックスとデトックスが出来た、心と身体を癒す穏やかで優しい国であった。

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