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★落ち込んでたら人助けになった

 先日、落ち込むことがありました。そんなことないと分かっていつつも、「自分はいらない人間」と言われた気分がほんのりただよっていました。友達に愚痴をLINEで打ち、やけ食いし、「食べられるなら大丈夫!」とエールをもらい、笑顔とため息が同居します。
何かをする気にもなれず、寝る格好・消灯してぼんやりスマホをいじっていました。SNS系統のアプリを開いて流れるコメントの中、見ず知らずの方のSOSの言葉を見つけました。

 いらない人間じゃない、そう思いたくて人の役に立ちたかった。動機はそんなものです。文字でお声掛けをしたところ、いくつかお困りごとがある様子。これなら聞けそうという話題を指定し、言われたくない言葉はないか尋ね、共感できるところは共感。
 こう書くと作業的ですが、実際かなりお疲れの様子でしたので、お話ししやすいよう、傷つけないよう、ひとつひとつの言葉を選びました。送信もドキドキです。ラリー数は多くなく、お相手の方からお返事が来ないまま朝を迎えました。

 何か傷つけることを打ってしまったのか、ただ寝てしまっただけかもしれない、一期一会のアプリだから考えすぎるな、気持ちに引っ掛かりつつ呑まれないように過ごしていました。

 そして、ふいにお返事が来たのです。やりとりで気持ちが落ち着いたこと、困りごとのひとつは解決したこととお礼などが書いてありました。傷つけなかった安堵。役立てた嬉しさ。

 意外なことも訊かれました。「相談支援をなさっているのですか?」答えはノーです。むしろ自分が相談に乗ってもらいたいくらい。
 「違います。通りすがりです。」送ってから、とんでもなくカッコつけたこと言っていると我に返りました。感謝に対して、ただの通りすがりですって返しちゃうことがある人生だったなんて!!ひとりで楽しくなっていました。

 人の役に立てた。けど間違いなく私も支えられた。とてもはっきり感じた多生の縁でした。


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