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創作(童話・ファンタジー・短編小説)

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書き溜めた童話やファンタジーです。読んでいただけると嬉しいです(*^^*)
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記事一覧

痕跡

あの日突然、稲妻のような衝撃と そよ風のような優しさが 私の心を通り抜けていった わけもわからずあとを追った ひたすら走り、息を切らし がむしゃらに探し求めた 人は皆、ほんの僅かの出会いでも 向かい合ったその人の 心の深い奥底に 小さな足跡を残していく 足跡は消えることなく 永遠の痕跡となる どこまで追い続けるのか いつまで探し求めるのか いつの日か、私の心の足跡が 思い出という痕跡になった これこそが終息というものなのだろうか 終息…なんという物哀しさ この心の渇き

サンタクロースの雪

 サンタクロースは毎年クリスマスが近づくと大忙しです。世界中の子供達の希望をかなえることができるように、いろいろな種類のプレゼントを用意しなければならないからです。 「よし、これで準備ができたぞ」  今年のサンタクロースの用意したプレゼントは十分過ぎるほどで、肩にかつぐ大きな布の袋ははちきれそうでした。 「さて、そろそろ行くとするか」  クリスマスイブの夜もふけて来た頃、サンタクロースは出発しました。  サンタクロースは家に近づくと、その家にはどんな子がいるのかすぐわかりま

たかしたしょうてん

 つぐみは家の前の道を全力で走っていました。 「つぐみちゃん、元気いいね。どこ行くの?」 「たかしたしょうてん!」  近所のおばさんの質問に、つぐみは大声で答えました。  つぐみは毎朝「たかした商店」に買い物に行きます。家族みんなの朝ごはんのための食パンを買いに行くのです。それがつぐみの係なのです。最初は、「毎日お手伝いをすること」という幼稚園の夏休みの課題だったのですが、夏休みが終わっても、つぐみは毎日続けています。  六花町商店街にある「たかした商店」は、手づくりパン屋

 気が付くと、深い溝にはまっていた。身動きがとれない。体中のあちこちが痛くてたまらない。どうしてこんなことになってしまったのか、落ち着いて考えようとしても、ただ焦りが湧いてくるだけで、どうにも考えることができない。  脇を通り過ぎていく人々の足が見える。どの足もまるでビデオの早送りのように、せかせかと歩いている。 「助けて」  必死で叫んでみても、誰も気付いてくれそうもない。声だけ虚しくあたりに飛び散っていく。粉々に散らばった言葉を恨めしげににらんでいたら、体がさらにずり落

テレビ

 テレビっていうのはネ、とっても素敵な夢の箱なの。遠い遠い見知らぬ国の出来事や、行ったこともない素晴らしいところを、ボタンひとつで見せてくれるの。魔法の箱ってところかな。恐い顔のお化けやきれいなお花、いろんな国のいろんな人々がたくさんその箱からのぞいている。でも悲しいことに、それにはさわることができないの。箱の中の人達が優しい笑顔でほほえみかけてくれても、涙をながして泣いていても、お話することも、慰めてあげることもできないの。もちろん、どんなに欲しくても、きれいでかわいいお花

さっちゃん

 「やっと買ってきたわよ、さっちゃん。今までごめんね」  ゆう子は買い物袋の中から、スプレーを一本出しました。 「これ、ぬらさずにきれいになれるスプレーなのよ。これでさっちゃんも男前になれるわよ」  ゆう子はさっそくさっちゃんにスプレーをかけ始めました。たっぷりとかけて、そのあとていねいにふいてあげました。 「ほら、とってもきれい、よかったね、さっちゃん」  ゆう子はごきげんでした。  その日の夜、小さな物音でゆう子は目を覚ましました。音をたどっていくと、それは押入れの中で

ひいろおねずみさん

 ねえねえ皆さん、あたしね、そのお役目にはひいろおねずみさんが一番合ってると思うのだけど、どうかしら。ひいろおねずみさん、あっちの方でお菓子食べてて、話に参加してないけど。なぜ合っているかというと、ひいろおさんは、笛がとっても上手なのよ。いろんな笛をたくさん集めてるの、あたし知ってるんだ。それに、ひいろおさんが笛吹いてるとこ、あたし見たの。うっとりしちゃったあ。ひいろおさんったら、自分でもその音色にうっとりしちゃって、あたしが見てるってことに全然気が付かなかったけどね。でもね

楽しい一日

 今日のそう太は落ち着きません。落ち着くことなんてとてもできません。幼稚園の黄色い肩かけかばんと、お母さんの刺しゅう入りの手さげかばんを持って、そう太は家を元気に飛び出しました。手さげかばんの中には、中身が空のお弁当箱が入っています。今日は幼稚園のもちつき大会なのです。一年に一度のもちつき大会。そう太は年長組なので、昨年に続き二度目です。そして、年長組は、見ているだけではなく、もちつきを手伝うことができるのです。そのことだけでも、そう太は空を飛べそうなくらい、舞い上がっていま

お月さまに見られちゃった

 ん、お母さんがいない…妹を相手に夢中になってお人形遊びをしていた琴音は思いました。さっきまで台所から夕飯の準備をしている音がしていたのに、今は何も聞こえません。心配になって台所に様子を見に行ってみました。やっぱり誰もいません。そうだ、お父さん…と思って、テレビのある部屋にも行ってみました。琴音のお父さんは、プロ野球が好きで、今日はテレビで野球を見るぞと、嬉しそうに言っていたのに、テレビも消えていて、お父さんもいません。  琴音は急に不安になってきました。お父さんとお母さんが

サンタの作戦

                「太郎、今年はサンタクロースは来られないそうだよ。風邪をひいてしまったんだって」   えっ、と僕は思った。父さん、何をとぼけたことを言っているんだろう。だって、サンタは父さんなんだし、父さんは元気でピンピンしてるじゃないか。それで僕は、反撃してみた。 「あれ?健太の家には来るって言ってたよ。健太、もう欲しいもの頼んだって」  父さんはちょっとひるんだけど、もっともらしく言った。 「健太くんのとことウチは、担当のサンタが違うんだよ。ウチ担当のサン

傘の花

 いつもの時間に起きてカーテンをあけたら雨が降っていました。雨の日はとても気が重くなって、着ていく服も考えてしまいます。でも仕方がありません。私は朝の働きが悪い頭の中でぶつぶつと文句を言いながら、会社に行く準備をしました。準備と言ってもいつものことですから、あっという間に終わり、四〇分後、外に出ました。 「ちょっと寒いかな」  私はもう少し厚いジャケットか何か着てくるんだったと思いながらも、そのまま歩き出しました。やはり少し寒い。でも家に戻ったら会社に遅刻してしまいます。 「

みかんの皮

 「もう入ってもいいかな」  着ている服を脱ぎながら、あやかは訊ねました。お風呂場の湯舟はあたたかそうな湯気を立てています。 「少し待っててね」  あやかのお母さんが両手にいっぱいのみかんの皮を持ってきてあやかに言いました。 「今お風呂に入れますからね」  そばで見ているあやかは、早く入りたくて仕方がありません。お母さんが湯舟にたくさんのみかんの皮を浮かべたと思ったら、早速飛び込みました。 「ゆっくり百数えたらお母さんを呼んでね」  お母さんは、湯舟のみかんの皮の間から顔を出

うさぎと金魚

 「ねえねえ、今日も元気にしてた?」  暗闇の中にひそひそ声が聞こえました。かすかな声です。 「ええ、元気だったわ。いろいろな人が来て、楽しかったわ」  答える声も小さな声でした。  ここは町外れにある、こじんまりしたペットショップです。もう真夜中なのに、ひそひそ声は続きました。しばらくするとずっしりとした声が響きました。 「いい加減にしろよ。みんなも寝ているんだし、明日が大変だよ」  店の真ん中あたりにあるかごの中からその声は聞こえてきました。そこにいるのは大きなブルドッグ

アップルパイの記憶

 駅前の繁華街を通り抜けたところにある、席数百あるかないかの小さな劇場に、アマチュア劇団のお芝居を観に行った私は、客席に以前見たことがある人を見つけました。いつ会ったことがあるのかと考えると、案外簡単に思い当りました。アップルパイの記憶と共に。  二十年ほど前、東京の中心地にある大きな劇場の隣にあるビルに、美味しい紅茶を飲ませてくれる喫茶店が入っていました。ビルの二階にあるその店からは、ビルの前の通りが見渡せました。とっても解放感があって、明るくて、いつも人がいっぱい入ってい