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【連載小説】第四部 #18「あっとほーむ ~幸せに続く道~」始動、そして再会


前回のお話(#17)はこちら

前回のお話:

体操クラブの開業もいよいよ大詰めに入った頃、悠斗は気まぐれに彰博をバーに誘った。二人は本音を言い合えるこのバーが自分たちの人生を支えてきた場所だと再確認する。その中で悠斗は、野上家と家族でいられる今に感謝していること、今は幸せに暮らしていることを改めて報告するため、秋の彼岸に亡き両親の墓を訪れることを決める。
墓参りに行くと、野上家の面々の口から、悠斗が家族の一員であることが報告される。それを聞いた悠斗は感謝の氣持ちを新たにし、自分が死んでも野上家の人たちと一緒にいたい、だから鈴宮の墓には入らないと宣言する。すると、両親の霊が現れて悠斗の思いを受け入れる。そしてこれを機に生まれ変わるから達者で暮らせと言い残し、消えていった。

※年明け一発目! やはり孝太郎回まで一気に読んで欲しいので、長いですが三人分まとめて投稿します!


34.<めぐ>

 秋も深まってきたある日、ついに「みんながまんなか体操クラブ」が始まった。わたしたち親子はもちろん入会しているが、今日に限り、見学と言う形で両親も一緒だ。

 場所は駅から徒歩三分の、ビルの最上階。うちの家族しかいなかったらどうしようかと思ったけれど、行ってみて驚いた。そこには予想を遙かに上回る親子がいたからだ。

「さぁて。これだけ自由に動き回る子どもの興味をどう引くつもりなのか……。コータローさんのお手並み拝見っと」

 幼稚園の先生をしている翼くんは腕を組み、孝太郎さんに目をやった。
「アドバイスはしてあげなかったの?」

「多少はしたけど、こればっかりは実践あるのみだからなぁ」

「そうね。何しろこのくらいの年齢の子は、その時の氣分によって言うことを聞いたり聞かなかったりするからね」
 隣にいるママも同じようなことを言ってまなを抱きあげた。

 周囲のざわつきがピークに達した時、室内のスピーカーから大音量で音楽が流れ始めた。と、走り回っていた子どもたちの動きが止まる。その瞬間に伯父の声がマイクを通して室内に響く。

「ようこそ、みんながまんなか体操クラブへ。さぁ、いよいよ始まるよ! まずはこの曲のリズムに合わせて踊ってみよう。みんなの好きなダンスでいいよ。跳んだり跳ねたり。さぁ、やってみよう!」

 手本を見せるようにステージに立つ孝太郎さんと悠くんが手拍子をしながら飛び跳ねる。はじめはみな周りを気にしていたが、子どもたちが自由に動き始めると次第に親たちも身体を動かし始めた。

「うんうん。いい感じじゃないの」

 孝太郎さんの様子を見て満足したのか、翼くんは何度も頷きながら自身もリズムに乗って跳ね始めた。わたしの身体も自然と動き出す。だって、孝太郎さんがあんなにも楽しそうにしているんだもの。それほどまでに彼の笑顔がまぶしい。

 初めて出会ったときの孝太郎さんは「死への願望」があったせいか、笑っていてもどこか冷たい印象があった。家に招くようになってからもすぐに笑顔が増えたわけではなく、心の底から笑っていると感じられるようになったのは、まなが生まれて以降だ。わたしは、まなが孝太郎さんの笑顔を取り戻してくれたのだと確信している。孫ほど年齢としは離れているし、ここに至るまでにはいろいろなことがあったけど、二人は互いにいい影響を与え合っている。だからこそ、目の前で笑顔を振りまく孝太郎さんの姿に心を打たれるのだと思う。

 みんなの意識が一つになったところで曲が止まった。次は何が始まるのだ? と一同がワクワクして待っているのが伝わってくる。そこへ今度は孝太郎さんがマイクを握り、簡単な挨拶をする。

「本来ならば会員の皆様には厚く御礼を申し上げるところですが、子どもが主役のクラブですから、ここでは堅苦しい挨拶は抜きにします。今日は初回ですし、とにかく我が子、我が孫と触れあって下さい」

 その言い方が堅苦しいですよ、と伯父が指摘し、どっと笑いが起こる。より緊張がほぐれたところでまた音楽が流れ始める。

「さぁ、みんな。先生たちに合わせてやってみよう。出来るかな?」
 今度は悠くんが声を掛ける。孝太郎さんと伯父が親子になりきってストレッチを始めると、周囲にいる親、祖父母と子どもたちは真似をして身体を動かし始めた。

「運動不足のじいじには結構キツいなぁ……」

 軽い運動にもかかわらず、早速根を上げはじめたのはパパだ。その声が聞こえたはずはないが、「久々に身体を動かすという方は決して無理をしないで下さい。あくまでも親子の触れ合いが目的ですから」と悠くんからアナウンスされ、思わず笑ってしまった。

 しかし、無理をしなくていいと聞いたからか、パパくらいの年齢の人たちにも笑顔が見え始め、氣付けば会場全体が和やかな空気に包まれていた。

 予定されていた一時間があっという間に過ぎ、集まった親子はまだまだ身体を動かしたい様子で会場を後にした。わたしと翼くんとまなは孝太郎さんたちに今日の感想を伝えるために残った。

「よかったよ、すごく。園でもあんなに子どもの氣を惹きつけるのは難しいよ」
 翼くんの高評価を聞いて孝太郎さんは微笑んだ。

「曲の選定は悠斗クンがしてくれたんだ。スイミングスクールにいた頃の経験を活かしてくれてね」

「なるほど。適材適所ってのはまさにこのことだな」

「孝太郎さんの人望で人が集まり、伯父さんがメインで司会をし、悠くんが選んだ曲に合わせて身体を動かす……。本当に、それぞれの得意が合わさってこのクラブが成り立ってるんですね。孝太郎さんたちが心から楽しんでいるのが伝わってきたから、こっちも自然体で楽しむことが出来ました。みんなが真ん中って感覚も味わえたし、とにかくすごく良かったです!」

「ここまで来れたのは君たち親子の協力があってこそ。感謝しているのはこちらの方だ。ありがとう」

「おれからも礼を言うよ、めぐちゃん」
 話に加わってきたのは伯父だ。
「めぐちゃんのおかげで永江先輩を死から引き離すことが出来たうえに、野球以外の生きる目的を持ってもらうことが出来た。本当に感謝してるよ」

「いえ。孝太郎さんの目を覚まさせたのは、わたしじゃなくて伯父さんの方ですよ」

「いんや。その笑顔を向けてくれなければこの人は死んでたって今でも思うよ。これからもこの人のために笑いかけてやって」

「もちろんです。伯父さんも孝太郎さんのこと、支えてあげて下さいね」

「ああ、任しとき!」
 伯父はそう言いながら、胸を叩くような仕草をした。

「それじゃあ、わたしたちはこれで……」
 主宰の三人に一礼し、帰宅しようと背を向ける。と、まなが孝太郎さんの手を取った。

「こーたん、いっしょにかえろ?」

 孝太郎さんは小さく息を吐き、まなに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ごめん。僕はもう少しここでお仕事があるんだ。一緒には帰れない」

「やだー! いっしょにかえるー!」
 拒まれたまなは大騒ぎだ。
「まな、今日はパパとママと三人で帰ろう」

「やだー!」

 言い聞かせようとするが、なかなか聞き入れてもらえない。「ならば」と孝太郎さんが一つの案を持ちかける。

「仕事が済んだ後でまなちゃんの家に行く、というのはどうだろう? 最近はこっちの準備が忙しくて訪ねていなかったし、君たちさえよければ久々に食事もご一緒したい」

「こーたん、うちにくるの? なら、まなたん、おうちでまってる!」

「いい子だ。それじゃあ、またあとで」

「わーい! パパ、ママ、かえろ!」
 だだをこねていたのが嘘のようにコロッと気が変わったまなを見てため息を吐く。

「……あの、大丈夫なんですか? 忙しいのに、まなのためにそんな約束をして。水沢さんが部屋で待ってるんじゃ……?」

 わたしの言葉に彼は首を横に振った。
「庸平の心配は無用だ。それより僕はまなちゃんの機嫌を損ねる方が氣がかりだよ」

「あんまり甘やかさないで下さいよー」

「仕方がない。僕はまなちゃんが好きだし、まなちゃんと触れあうためにこのクラブを立ち上げたと言っても過言ではないのだから」

「まなたんも、こーたん好き!」

「それは嬉しいな。今日は楽しかった?」

「ん! またくるー!」

「よしよし。体操クラブのプログラムは、まなちゃんのおじいちゃんたちも一緒に考えてくれてるから次回も楽しみにね」

「ん!」

「やれやれ……。自分の笑顔が大人を喜ばせることを本能的に知ってるよなぁ、まなは。いい性格してらぁ」
 終始ご機嫌のまなを見て、翼くんも呆れ顔で言うのだった。


35.<翼>

 昼食を買って帰宅すると、悠斗がコータローさんを連れて帰ってきた。彼が来たと分かるなり、まなが玄関に走って行く。その手には大好きなおやつパンが握られている。

「こーたん、はい、どーぞ!」

「やぁ、まなちゃん。約束通り遊びに来たよ。……お昼ご飯はこれかい?」
 まなのパンを受け取ろうとするコータローさんを制するようにめぐちゃんが言う。

「いえいえ! 大人は近所のパン屋さんで買ってきたパンがありますからそれを。出来合いで済みませんが」

「構わないよ。何を食べるかより、誰と食べるかが大事だから」

「よかった……。こちらへどうぞ」

 めぐちゃんに促されたコータローさんは居間に足を向け、座布団に腰を下ろした。するとまながやってきて、今度は目の前にあった惣菜パンを掴んだ。

「こーたん、あーん!」
 どうやら食べさせてあげるつもりのようだ。

「ありがとう、まなちゃん。いただきます」

「ごめんよ、コータローさん。まなは今、誰彼構わずこうやって食べさせようとする年頃なんだ……」

「かわいいじゃないか。僕は構わないよ」
 コータローさんはまなからパンを受け取り、引き続き食べながら言う。

「僕も結婚して子どもがいれば、このくらいの年の孫がいたんだろうなと思うことがある。しかし同時に、こうして子どもと関わる機会があれば血の繋がりは関係ないな、とも思う。年の差さえも。特にまなちゃんは、二歳とは思えないほど精神年齢が高いから一緒にいるのが楽しいよ」

「コータローさんの口から結婚って言葉が聞けるとは思わなかったな。聞いた話では、めぐちゃんが初恋の人だって」

「ああ。君の前では言いにくいが、めぐさんは僕の心を鷲掴みにした初めての女性と言っていいだろう。それ以前の僕は、死よりも心惹かれるものがなかったからね」

「恥ずかしいけど、そう言ってもらえて嬉しいです」
 そこへ、恋愛話好きのめぐちゃんが加わった。
「わたしは孝太郎さんの想いには応えられませんが、例えばレイカさんなら話が合うんじゃないでしょうか。ファンクラブに入るくらいには孝太郎さんのことが好きみたいだし!」

「麗華さん……!」
 そう言ったコータローさんは大声で笑った。

「めぐさんまで僕らをくっ付けたいとは。庸平も妙な妄想をしては勝手に心配していたが、そんなに僕らを会わせたいなら会おうじゃないか。その代わり君らも同席したまえ。僕らがそういう間柄ではないことを目の前で証明して見せよう」

「えっ?!」
 思わぬ発言に、持っていたパンを落としそうになった。確かに会いたいとは思っていたけど、じかに会えるなんて想像もしていなかったからだ。

「俺もレイカに会っていいの?! って言うか、そんなに簡単に会えるものなの?!」

「僕が会いたいと言えばあちらはすぐに会ってくれるだろう。何しろ、あちらも会いたがっているんだから。しかし、二人きりで会うことは麗華さんだって想定していないだろう。彼女にはいずれ、僕の新しい家族を紹介したいと思っていたんだ。ちょうどいい機会だよ」

「そういうことなら会ってみたいです」
 ここまで黙っていた悠斗が急に話に乗ってくる。
「歌手のレイカと孝太郎さんがどんな会話をするのか、ちょっとばかり興味があるんで」

「興味を持つのは構わないが、君らが想像するようなことは起きないと思うよ」

「それならそれでいいんです。ただ、孝太郎さんがおれたち『家族』をどう紹介するのか、聞いてみたいんですよ」

「では、悠斗クンが納得するような文言を考えておくことにしよう」

「楽しみにしてます」

「まなたんも!」
 やはり俺たちの会話を理解しているのだろう。まなが自分も同席すると主張するかのように手を挙げた。

「もちろんだよ。麗華さんにはまなちゃんが僕の大切な家族だと紹介するからね」

「ん! ゆびきりげんまん!」

「ああ、約束だ」
 二人は小指を絡ませ、まるで恋人同士のように微笑み合った。その様子がかつてのめぐちゃんと悠斗みたいに見えてぞっとする。

「コータローさん。まなのことが好きだって言ってたけど、まさか将来的にめとりたい……なんて言わないよな?」

「ははは。いくらまなちゃんと氣が合うと言っても、孫ほど年が離れているんだ。心配には及ばないよ」

 その言葉に安堵しかけた矢先、悠斗が茶々を入れる。

「分からないぜ? めぐの子だからな。めぐがおれを好きになったように、まなも孝太郎さんのことを好きになって口説きにかかる可能性はゼロじゃないと思うけど?」

「おいおい、めぐちゃんと悠斗でも三十歳離れてるのに、まなとコータローさんの年齢差って言ったら……」

(父さんが悠斗の六つ上、コータローさんはそれより一つ上だから……)
 真面目に計算してはじき出した彼の実年齢に改めてぞっとする。

「いやいや悠斗、冗談でもそういうことは言うもんじゃないぜ!」

「そうか? まなを大事にしてくれるなら、おれは孝太郎さんでもいいと思ってるけど」

「えっ!! ……ちょっと悠斗。この話はコータローさんが帰った後でじっくりしよう」

「二歳の娘の将来を話し合うのは早すぎるような氣もするけど、まぁ、いっか……」
 真面目な顔をして語る俺たちを見た二人は、またしても見つめ合って笑うのだった。


36.<孝太郎>

 約束したわけではないが、僕にとっても彼女にとっても再会は必然だ。想い合っている、と言う表現は正しくない。氣にし合っている、と言う方が僕としてはしっくりくる。

 会おうと思えばすぐにでも会うことは出来た。それを先延ばしにしてきたのは僕だが、野球から離れた僕の第二の人生がいよいよスタートした今、会わない理由はなくなった。すべての環境が整った今こそが会うタイミング。彼らの言葉でそう確信した僕は、彼らと共に麗華さんと会う決心をした。

 庸平に麗華さんへの連絡を頼むと「俺も同席する」と返された。想定内の反応。僕はすぐに「遠慮してくれ」と突っぱねた。

「なんでだよっ!」

「庸平がいるとややこしくなることは目に見えてる。今回はこれまでのお礼と世話になった野上家の人たちを紹介するのが目的だから、君には連絡役だけをお願いしたい」

「ちっ……」

「嫉妬することはない。僕の居場所はここだし、君との暮らしはこれからも続けるつもりだからね。そんなに氣がかりなら、麗華さんに会った日の晩はどこかのレストランを予約しておいて一緒に食いに行くのはどうだ?」

 庸平は嬉しいような恥ずかしいような、訳の分からない顔をした。

「……何で俺の考えてることだけはズバッと言い当てるんだよ。まぁ、いい。お前の言葉を信じよう。ただし、そう言ったからには姉貴には俺と晩飯食いに行くことは黙っとけよ? ついてこられても困るからな」

「約束は守るよ」

「よし、それでいい」
 安心したのか、庸平はようやくスマホを取り出し、麗華さんにメールを送信してくれた。


◇◇◇

 双方の都合がついたのは年末。それも12月31日だった。その日は大津クンに頼んで午前中いっぱいワライバを貸し切りにしてもらい、ゆっくり話せる環境を確保した。自宅で会ってもよかったが、部屋の場所を知られたくないという庸平の言い分を尊重する形となった。

「年末はひとりぼっちの寂しい人がたくさん来る時期なんですけどねぇ……」
 開店時間に店を開放できない大津クンがわざとらしく言った。

「君の奉仕の精神には感心するが、相応の礼金は支払ったのだから目をつぶってもらいたいものだ」

「はいはい、分かってますよ」

「ああ、落ち着かないなぁ……」

 何度も時計を見ながらそわそわしているのはめぐさんと翼クンだ。いつでも会える状態で椅子に腰掛けてはいるが、さっきからずっとキョロキョロしている。それに対して悠斗クンとまなちゃんは、この状況を楽しむかのように笑い合っている。

「そろそろ約束の時間だ」

 僕が呟くと同時に店のドアがゆっくりと押し開けられた。香水の匂いがふわりと店内に流れ込む。麗華さんだとわかると、座っていた彼らは一斉に立ち上がって会釈をした。麗華さんも一礼し、続いて僕の前に立つ。

 対面した僕らは数秒見つめ合った。沈黙を破ったのは麗華さんだ。
「久しぶりね」

「お忙しい中、時間を作って下さってありがとうございます」

「それはお互い様でしょう? ……生きて会えて良かった」
 ホッとしたように微笑んだ麗華さんは右手を差し出した。その手をそっと握り返す。

「ご心配をおかけしたなら申し訳ありません。しかし今の僕はあの頃とは違います。毎日、命ある限り生きようという意識で過ごしています。それもこれも、彼らが支えてくれているおかげ。本当に感謝しています」

 僕は同席している彼らを指し示した。

「紹介します。僕の家族です。めぐさんのことはご存じだと思いますが、彼女の夫の翼クン、その娘のまなちゃん、そして友人の悠斗クン一家には日々、世話になっています」

「ああ、あなたたちが堅物のコウちゃんを180度変えた人たちね? 一体どんな手を使ったのかしら? あたしにも教えてくれない?」

 その目が翼クンに向けられる。彼はしどろもどろしながら「えぇっと……。俺たちはただ、コータローさんをまるっと受け容れただけです……」と小さな声で答えた。普段とはまるで違う様子に思わず笑う。

「いつもと同じでいいんだよ、翼クン。麗華さんなら分かってくれる。サインだって、欲しければもらえばいい」

「えっ……。そうは言っても、やっぱり緊張するよ」

「僕に対しては最初からタメぐちだったのに?」

「いや、あの時は……」

「ふふっ、何だか本当の親子みたいね。仲が良くて羨ましいな」
 僕らのやりとりを聞いた麗華さんがクスリと笑った。
「彼のことは息子のように、めぐさんのことは娘のように想っているのが伝わってくるわ」

「確かに年齢差はそのくらいありますが、どちらかと言えばきょうだいのように接しています。彼らから教わることは未だに多くて本当に頭が上がりません」

「へぇ。コウちゃんにそこまで言わせるなんて……。すごいのね、あなたたち。これからもコウちゃんのこと、よろしくね。ところで……ちょっとだけ、二人きりで話せる?」

「二人きり……?」

 想定外の展開に言葉を失う。思わず同伴の彼らに目をやるが、彼らもまた僕の予想が外れたと知って戸惑っている様子だ。僕らが沈黙していると大津クンが提案する。

「それじゃあ、こうするのはどうです? めぐっちたちには少しの間近くの公園で子どもと遊んでもらって、戻ってくるまでの間センパイたちは二人きりで話す。だけど、完全二人が不安なセンパイのためにおれが店主として見張る、と。悪くはないでしょ?」

「分かった。その提案を呑むわ。あなたたちもそれでいい?」
 麗華さんに問われた三人はうなずき、まなちゃんを連れて一旦外へ出ていった。

 四人が出て行ってしまうと店内が急に静かになる。普段は付けっぱなしのテレビも今は消されている。

「あー、こういう空気苦手。テレビ、付けちゃおっと」

 僕の氣持ちが分かったのか、大津クンはわざとらしくそう言いながらテレビをオンにした。スポーツ中継が流れ始め、いつもの店内の雰囲氣になると少し落ち着いた。更に氣を遣うように大津クンが言う。

「ええと。何か飲み物でも?」

「それじゃああたしは紅茶を。ミルクは無しで」

「僕はいつものコーヒーを」

「かしこまりました」

 注文を取った彼は、普段よりも大袈裟に動きながら飲み物の支度に取りかかった。彼が下を向いたのを合図に麗華さんが話し出す。

「……ごめんね。どうしても確かめたいことがあったから」

「二人きりじゃないと出来ない話……なんですか?」

「うん。ひょっとすると、彼らの仲を悪くしちゃうような話だから」
 戸惑う僕を見た麗華さんはしかし、言い淀むことなく話し始める。

「……大津さんてんちょうから、コウちゃんがめぐさんに一目惚れしたって聞いたときは信じられなかったけど、さっきのあなたの顔を見て確信したわ。やっぱり若い子に惹かれたってことなの? あたしはずっと、コウちゃんは詩乃ちゃんのことを密かに想い、詩乃ちゃんもそれと知ってて一緒にいるんだと思ってたんだけどな」

 春山クンの名前が出て、周囲の人間にはそう見えていたんだと改めて知る。特に麗華さんは僕らの高校時代を知っている――正確にはその時代しか知らない――ので、長年そう思い続けていたとしても何らおかしくはない。しかしながらそれは誤解だ。僕は真実を、言葉を選びながら丁寧に語る。

「春山クンが僕を現実世界に引き留めてくれた人物であることに間違いはありません。そのことに関しては感謝もしています。ですが、彼女がそばにいてくれた理由は僕へのあこがれからです。それ以上の感情はないと思っていますし、僕自身は彼女のことを一友人いちゆうじん、あるいはかつての仲間としか思っていない。それが真実です。……一方、めぐさんは自然な笑顔で僕に接してくれた初めての人。そこには何の意図も感じられず、それが本当に心地よかった。彼女と過ごす時間の中で僕の意識は死から生へ向いていき、今に至ります。……二人の違いが麗華さんには分かりますか?」

「んー、なんだろう?」

「春山クンは僕を『野球人、永江孝太郎』として見ている。対するめぐさんは『ただの永江孝太郎』として僕を見てくれる。めぐさんだけではなく、彼らといるとき、僕は何者でもない、裸の僕でいられる……。その心地よさを思いだしたとき、彼らのことをもっと知りたいと思い、この街で暮らすことを決めたのです」

「何者でもない、ただの永江孝太郎、か……。なるほどねぇ」
 麗華さんは腕を組み、何度か頷いた。そのとき、注文した飲み物が提供され、大津クンが意味ありげに微笑んだ。

 麗華さんの疑問に答えたので、今度はこちらから用意していた文言を告げる。

「ただの永江孝太郎からひと言、言わせてもらいたいことがあります。初めて歌を聴かせてもらったときから言えなかった、感謝の言葉です」

「感謝?」

「ええ。麗華さんの歌は僕に生きる希望を与えてくれました。高三の時、麗華さんが歌を聴かせてくれなければ多分、今の僕はいない。だから、本当に感謝してるんです」

「そう。あたしの歌がコウちゃんの役に立ってよかった。実をいうとあの頃、あたしも進路に悩んでいたんだ。だけど、コウちゃんや庸平が甲子園を目指して頑張る姿に励まされたのを覚えてる。歌手としてやっていこうと決めてからも、コウちゃんがプロ野球の世界で活躍する姿を見てはいつも元気をもらってた。……そういう意味ではあたしもコウちゃんに感謝してるんだ」

「野上家の人たちに教わったことがあります。それは、僕の命は、僕のものであると同時に僕と関わりのあるすべての人のための命でもある、ということです。実は生きているだけで僕には価値あるのだと氣付いたとき、僕を支えてくれる人々、ファンのためのクラブを作ってもいいと思えるようになりました」

「そのファンクラブを提案したのがレイカさんの弟ってのが、またねぇ……」
 大津クンが合いの手を入れると、麗華さんは再び「なるほどねぇ」と言ってうなずき、考え込むかのように押し黙った。

 言いたかった想いを伝えた僕も、続く言葉は出てこなかった。そもそも、こうして二人きりで話すつもりはなく、野上家の面々を交えた楽しい会合を想像していたのだから無理もない。

 どうしたものかと思い店内を見回す。と、麗華さんが持参したギターに目が留まった。心の中で「これだ」と叫ぶ。

「……聴かせてくれませんか。『サンキュー、ファミリー』を。改めて歌詞をなぞりたくなりました」

「分かったわ」
 僕がそういうのを待っていたかのように麗華さんは即答した。
「ギターを弾いても構わない?」

「問題ないですよ。うちは何でもオッケーな店なんで」
 ギターの使用許可を求められた大津クンは、両腕で大きく「丸」の形を作り、テレビを消した。ギターをケースから取り出し、立ち上がって肩から提げた麗華さんは、何度かかき鳴らした後でこう告げる。

「思い出すわ。あたしがコウちゃんを呼びつけて『ファミリー』を歌った日のことを。あの時もコウちゃんのためだけに歌ったっけ」

「『サンキュー、ファミリー』も僕のために作ってくれたのだと思ったんですが? そう言う内容の歌詞だったと記憶しています」

「そうね……。この歌を歌うとき、頭の中にはいつだってコウちゃんの姿が浮かぶわ。そのコウちゃんが、今は目の前にいる」
 麗華さんは一度深呼吸すると小さな声で「歌うわね」と言った。

「お願いします」
 僕は返事をし、目を閉じた。それを合図とするかのように麗華さんが歌う。

   #

巻き戻せない 時の中で
君の顔 浮かんでは消える

緑の風が 撫でる髪
君のにおい 連れてくる

共に生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きてきた 今日まで
がむしゃらに

何者なにものにも
ならなくてもいい
今ここにいる
それがすべての証拠あかしだから

   #

早すぎる 時の中で
君は 何を思っているの?

青い空の下で
走る君の姿 光る汗

それぞれ生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きていく これからも
ひたむきに

何も
できなくなってもいい
今生きている
この奇跡に感謝しよう

   #
いるよ、近くに
君を想う ファミリー

   #

歌おう 君のために
たとえ声が 届かなくても
君の未来が ひらくように

ラララ
新たな道を進む君へ
忘れないで
家族わたしたちがいることを

   #

 さっき二人でしていた話と完全に重なる歌詞。やはり麗華さんは僕を想ってこの歌詞を書き上げたのだと思わずにはいられなかった。

「麗華さんは僕のことを今でも家族だと思ってくれているんですか?」
 歌が終わると同時に尋ねた。麗華さんはため息交じりに小さく笑う。

「……コウちゃんのことを忘れた日はなかったよ。心の片隅にはいつもコウちゃんがいたし、あなたのために歌い続けてきたと言ってもいいくらい。でも……コウちゃんが新しい家族を持った今、あたしが家族を名乗る資格は失われたのかもしれない……。だってコウちゃんはもう、あたしが歌で支えなくても生きられるようになったのだから」

「それは違うと思います」
 そう言ったのは、公園に遊びに行っていたはずの翼クンだった。意外にも早く戻ってきたことに驚いていると、そばにまなちゃんが寄ってきて「こーたんもあそぼ!」と声を掛けられた。なるほど、彼らは僕を店から連れ出すために戻ってきたのか。

 めぐさんが慌てて駆け寄ってきたので「大丈夫」と言って、まなちゃんを膝に載せる。僕が促すと、翼クンは一つうなずいてから話を続ける。

「困ってるときだけ助け合うのが家族じゃないと俺は思います。一緒に住んでるとか、血が繋がってるとか、それが家族の条件でもない。互いに信頼し、思い合い、支え合う。それが出来てれば、いつだって誰だって家族と言っていいんじゃないでしょうか。そもそも家族ってくくる必要すらないと俺は思っていますけど。一緒にいたいからいる。会いたいから会う。それで充分じゃないですか?」

 レイカさんは目を丸くした。そして胸の前で手を合わせた。

「ありがとう。あなたの言葉、響いたわ……。コウちゃんがあなたたちのことを『家族』だと誇らしげに紹介してくれた理由がいま、はっきりと分かった。……いい家族を持って、コウちゃんは幸せ者ね」

「ええ……」

「そっかぁ……。ならあたしも、コウちゃんとは繋がっていていいんだね……」
 麗華さんは安心したように天井を見上げ、微笑んだ。
「素敵な話をしてくれたお礼をさせてもらえない? サインでも歌でも、何でもするわ」

「えっ!!」
 目の前まで歩み寄られた翼クンは、いま堂々と語っていたのが嘘のように動揺した。

「パパ! お歌、うたって! まなたんとママのうた!」

「ええっ……?!」
 まなちゃんの提案に、翼クンはますます狼狽うろたえた。

「へぇ、あなたも歌えるの? ぜひ聞きたいわ。もしギターが弾けるなら貸してあげる」

「いやぁ、弾けるっちゃ弾けるけど……。い、いいんですか……?」

「もちろん!」
 麗華さんからギターを手渡された翼クンは顔を真っ赤にしながらも、そっとギターを鳴らして調律を始めた。

「プロの前で歌えるなんて、メチャクチャ光栄です。作り途中の歌なんですが、娘のリクエストなんでそれを歌います」

「タイトルは?」

「To you dear、愛する君へ」
 翼クンは一度呼吸を整え、すうっと息を吸い込むと、静かに歌い出す。

   #

覚えていますか? 初めて会った日のことを
忘れはしない 君の瞳に映る光
僕は恋したんだ
歌うことしかできないけれど
伝えたい この声で

空に差す Sun shine
舞う鳥よ 届けておくれ
この想い 愛する人へ

永遠に捧げる 君に My life

一緒にいれれば幸せなんだ
笑い合えれば最高なんだ
ほかに何もいらない
大好きな君と
真っ白な地図 未来を描こう

   #

 翼クンの澄んだ声が店一杯に響き渡る。目を閉じて聴き入っている麗華さんの表情からプロも満足する歌声だと分かる。膝の上でニコニコしているまなちゃんも、悠斗クンの隣でうっとりしているめぐさんも嬉しそうに身体を揺らしている。

 なぜこんなにもみなが心穏やかになるかといえば、言葉に想いが乗っているからだろう。翼クンにも麗華さんにも想いを伝える力がある。ゆえに僕の心も動いたに違いない。

 もし僕にも誰かの心を動かす力があるのだとしたら、それは言葉ではなくやはり行動だろう。不器用な僕はがむしゃらに努力することしか出来ないが、そういう姿に感動を覚え、生きる支えとする人もいると知ったからには、今後も僕のやり方を、自信を持って貫けばいい。

 歌が終わると真っ先に麗華さんが拍手を送った。
「とてもいい声ね。素晴らしかったわ! ほかの歌も歌って欲しいくらい!」

「恐縮です……。一曲でご勘弁を……」
 翼クンは本当に恥ずかしそうにうつむいてギターを返した。

「ねぇねぇ、こーたん、おそと行こーよぉ!」
 歌が終わるのを待っていたかのようにまなちゃんが僕の膝から降り、手を引いた。

「おまたせ、まなちゃん。それじゃあ行こうか」

「ん!」
 歩き出した僕らを見て、親であるめぐさんたちがドアを開ける。

「ああ、やっぱり子どもってかわいいね……」
 呟いた麗華さんはギターを椅子に立てかけた。

「……まなちゃん、あたしも行っていい?」

「ん! いっしょにあそぼ!」
 話しかけられたまなちゃんは嬉しそうに麗華さんの手を握った。

「うわっ、絵になる光景みっけ」
 大津クンが指で作ったフレームの中に僕らを収めた。
「実年齢考えたら孫なんだろうけど、二人とも見た目が若いから親子みたいに見えるっす」

 そう言われた僕と麗華さんは顔を見合わせた。
「うふふ。ってことはあたしたち、夫婦ね?」

「…………! 大津クンの言葉を真に受けないで下さいよ……」

「さっき、あたしたちは家族だって確認したばかりじゃない? 夫婦も家族でしょう?」

「参ったな……」
 反応に困って半分うつむくと、麗華さんは庸平を揶揄うときと同じような顔で笑った。



続きはこちら(#19)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

<年始のご挨拶>

本記事が2024年最初の投稿となります。引き続き『あっとほーむ』の執筆、大きく変わる時代の中で感じることなどを記事にして参ります。本年もよろしくお願い致します😊

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