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【連載小説】第四部 #13「あっとほーむ ~幸せに続く道~」別れと始まり


前回のお話(#12)はこちら

前回のお話:

愛菜まなと「話し合う」ため、悠斗たちは沖縄を訪れた。以前、悠斗が世話になった「沖縄のオジイ」を頼ったのは他でもない、彼が魂を呼ぶことが出来るからだ。予想通り、オジイはまなを見るなり状況を把握し、夜の浜辺で落ち合おうと告げる。
夜の浜辺を訪れた四人は、オジイの不思議な力によってまなの中に存在する、過去の記憶を持つ「鈴宮愛菜すずみやまな」の魂と対話することとなる。まなを除く三人は、悠斗しかすがる人がいなかった愛菜の気持ちを聞いた上で、やはり一緒に未来を生きようと呼びかける。過去の記憶ではなく、悠斗から受けた愛情こそが自分にとって大切なものだったのだと気づいた愛菜は、自ら決断して過去を手放す。

24.<めぐ>

 こんなに不思議な体験をしたのは初めてだった。しかし、ずっと会いたいと思っていた愛菜ちゃんと会って話し、わかり合った上で過去を手放してもらえたことは大きな収穫だった。これでいよいよ、まなの母親になれる……。そう思ったら急に安心し、強い眠気に襲われたのだった。

 宿に戻り、順番に入浴する。最後にお風呂から上がったわたしが部屋に戻ると、照明はすでに落とされ、悠くんも翼くんも眠っていた。まなに至っては、さっきの不思議な出来事の最中からずっと眠り続けている。本当はまなの身体も綺麗にしてあげたかったが、起こすのもかわいそうだったので明日の朝、目覚めたときに入浴させようと言う話になっている。わたしは三人を起こさないよう注意しながら布団に入った。

 安心したからだろう。目をつぶったわたしは、数秒と経たないうちに眠りに落ちた。


◇◇◇

『めぐちゃん……。めぐちゃん……』

 聞き覚えのある声がわたしの名を呼んだ。気がつくとそこは光に満ちた場所で、まるで春のようにたくさんの花々が咲き、蝶や鳥たちがそこかしこを飛び回っていた。地面は柔らかい草で覆われ、暖かくていい匂いのする風が吹いている。

 そこに、祖母が立っていた。祖母はわたしと目が合うとにっこり微笑む。

『愛菜ちゃんが手放した過去は、おばあちゃんが預かっておくからね。まなちゃんのお母さんとして、元気にやってちょうだいね』

「どうしておばあちゃんがそのことを……」

『そりゃあ、孫たちのことが心配だったからねぇ。お留守番もつまらないから、身体は家に残してこっちに来ちゃった』

 それが何を意味しているのか、理解するのに時間はかからなかった。

(もしかしてここは、天国と地上とを結ぶ世界……?)

 胸がギュッと締め付けられる。すぐにでも駆け寄りたい……。しかし身体は思うように動かない。まるで祖母がそれを阻止しているかのようだ。

「どうして……待っていてくれなかったの……? ただいまって、言いたかったのに……」
 声を絞り出す。祖母は相変わらずニコニコしている。

『愛菜ちゃんが過去を手放したら一緒に持って上がろうと決めていたのよ。挨拶はそのときにしよう、ともね』

 どこからやってきたのか、気づけば祖父が祖母に寄り添っていた。悠くんから聞いていたように本当に迎えに来たのだろう。

「おじいちゃん……。どうしても連れて行ってしまうの……?」

『そう悲しむな、めぐ。肉体は滅びても、愛菜ちゃんのようにまた生まれ変わることは出来る』

「…………」

『めぐちゃんは今回のことで分かったはずよ。過去の記憶を持ち続けることが必ずしもいいわけじゃない、って。むしろ、忘れていた方が新しい人生を生きやすいって。……とはいえ、おじいさんは悠斗君を試すようなことを言って楽しんでいたみたいだけど』

『愛菜ちゃんが神に交渉する姿が健気けなげだったからつい、な……。しかし、悠斗さんはちゃんと自分の気持ちを愛菜ちゃんに伝え、愛菜ちゃんも自分の意志で過去を手放した。双方が納得した上での決断なら、肉体を持たないじいちゃんが言うことは何もないよ』

 どうやら、悠くんを悩ませる原因を作ったのは祖父だったようだ。悠くんは祖父のことを実の父親のように慕っていたし、それが愛菜ちゃんに関することなら尚更だったろう。

「おじいちゃんはまだ過去の記憶を持っているけど、おばあちゃんを天に導いたらそのあとは……?」

『そうだな……。今世での役目はこれで終わるから、次の人生を生きるためには記憶も捨てねばならん。またばあちゃんと出会う人生を選ぶも良し、めぐたちとの再会を望むも良し。いずれにしても、めぐとこうして話すのはこれで最後になるだろう。過去を手放すとはそういうことだ』

「…………」

 止めどなく涙が流れた。祖父母のことだけではない。わたしたちの想いを受け取り、実際に過去を手放してくれた愛菜ちゃんに対しても、だ。「今」を生きるためとはいえ、幼い彼女が恐怖を抱きながらも過去を手放すことがどれほど勇気の要ることだったか……。それを思うと胸が締め付けられる。

 泣きじゃくるわたしに向かって祖母が言う。
『思いのほか、長い期間孫たちと一つ屋根の下で暮らすことが出来て本当に楽しかった。路教みちたか彰博あきひろには伝えたけれど、それが叶えられたのは息子やめぐちゃんたちのお陰よ。本当にありがとう』

「……お礼を言うのはわたしたちの方。何年もの間、心の支えになってくれてありがとう。おばあちゃんから教わったことはこれからも忘れずに続けていく。まなにも教えていく。……それで、いいんだよね?」

『さすがは、めぐちゃん。物わかりがいいわ。……めぐちゃんに涙は似合わない。わたしがここを離れたあとは、笑顔で見送ってね』

「うん……」
 しかし、涙が止まる気配はない。祖父母はそんなわたしを静かに見守っている。しばらくしてようやく涙が止まると祖父母が動き出す。

『まなちゃんによろしくね。ひいおばあちゃんのことは忘れてしまうかもしれないけど、一緒に過ごせて楽しかったわ、ありがとうって伝えておいてね』

『さて、と。それじゃあそろそろ向かうとしようか』

『ええ……』

 祖父が手を差し伸べ、祖母がその手を取った。二人はすっと浮き上がったかと思うと、やってきたときと同じように突如として消えた。


◇◇◇

「おばあちゃん……!」
 自分の声に驚き辺りを見回すと、窓の外はすでに明るく、夜が明けていることが分かった。

「……ゆ、夢?」
 わたしは単に夢を見ていただけなのだろうか。それにしてはずいぶんリアルだった。枕を濡らしたあとまで残っている。

「……もしかして、めぐと翼も見たのか」

 おはようの挨拶より先に悠くんが口にしたのはそれだった。見ると、彼の目もまた泣きはらしたように赤くなっているではないか。翼くんも、涙の跡こそないが硬く口を結んだまま黙り込んでいる。

「……ただの、夢だよ」
 そう言ったわたしは直後に空しくなった。最後の祖父母の姿が目に浮かび、再び目頭が熱くなる。

 そのとき、翼くんのスマホが鳴った。血相を変えた彼の様子を見て嫌な予感がする。その証拠に、彼は電話を手に取ると足早に部屋を出て行った。

「めぐ……。ちゃんとお別れできたか? ずいぶん泣いたみたいだけど」
 悠くんが静かに言った。その言葉に押し出されるように再び涙が込み上げる。

「未練がないかと言えば嘘。もう一度おばあちゃんの温かい手を握りたかったのが本音。だけど……お礼は言えた。愛菜ちゃんの過去の記憶もちゃんと持って帰ってくれるって約束してくれた。だから……」

「そっか……」

「悠くん……!」
 わたしは彼の胸に飛び込んで声を上げて泣いた。悠くんが優しく頭を撫でてくれる。と、突然背中にあたたかみを感じた。それは、さっきまで寝ていたはずのまなの手の温もりだった。振り向いて目が合うと、まなはにっこり微笑んだ。

「まま。いいこ、いいこ……」

「まな……。言葉を……」

 初めて「ママ」と呼んでくれたこと、わたしを慰めてくれたこと。嬉しい出来事が重なって、悲しい涙が一転、うれし涙に変わる。悠くんもまなの頭を撫でることで喜びを表現する。

「まな。約束、覚えてる? ……また、会えたな」

「おとーたん! あぇたね!」
 聞いたままを繰り返している、と言えばそうかもしれない。が、わたしも悠くんも愛菜ちゃんとの約束は今を生きるまなの口を通して果たされたのだと確信した。

 わたしたちがつかの間の喜びを感じていると、まなが辺りをキョロキョロし始める。
「……ぱぱ?」

 どうやら翼くんを探しているらしい。
「パパは今お電話中だよ。大丈夫、すぐに戻ってくるよ。あ、そうだ、まな。これからお風呂に入りに行こう。とっても気持ちがいいんだ。ね?」

 わたしが声をかけると、まなはわたしのリュックから自分の着替えやおむつを出し始めた。観察しているとわたしの着替えまで出そうとしている。本当に賢い子だ。

 悠くんが、心を落ち着かせるように一度深呼吸してから言う。
「朝食までまだ時間があるし、二人でゆっくりしてくるといい。おれは翼が戻ってくるのを待つよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。おしゃべりに花が咲いて長風呂しちゃうかも……」

「いいんじゃないか? おそらくこのあとはバタバタするだろうし、今のうちに休んでおけよ」

 今後のことに話が及び、再び気分が落ち込む。部屋の外に出たら、「祖母の死」の連絡を受ける翼くんと電話の主の会話を聞くことになるだろう。悠くんは優しい言葉をかけてくれたが、果たしてわたしは穏やかな心を保ったままでいられるだろうか……。


25.<翼>

 祖母とさよならする夢を見た。夢に出てきてくれるなんて、最期まで孫思いのばあちゃんだったな……。そう思って静かに目覚めると、目を腫らしている悠斗とめぐちゃんの顔が飛び込んできた。祖母はどうやら二人にも挨拶をしたようだ。あまりにもぐちゃぐちゃな顔の二人。普段通り「おはよう」と声をかける雰囲気ではなく、俺は口をつぐんだ。

 と、直後にスマホが騒ぎだす。絶妙なタイミングでかかってきた電話。部屋を出て行きながら通話ボタンを押し、完全にドアが閉まったところで声を発する。

「もしもし……」

『翼くん? ごめんね、朝早くから。アキが、翼くんに真っ先に電話する約束をしたって言うもんだから』
 電話口の声はエリ姉のものだった。番号がアキ兄だったから一瞬戸惑ったが、すぐに電話に集中する。

「じゃあ、やっぱり……」

『ええ。明け方に……』
 最後の部分がぼかされていても、それが祖母の死の連絡であることはすぐに分かった。

 エリ姉がアキ兄のスマホから電話してきたってことは、覚悟していたとは言えアキ兄が受けたショックは大きかったのだろうと想像する。俺だってそうだ。自分たちが不在の間に亡くなるかもしれない、とは聞いていたものの、まさか沖縄に発った翌朝に別れがやってくるなんて想定外だ。父もそう思っているに違いない。俺たちが発つ前日の晩、一週間くらい滞在する予定で荷物を持ってきていたんだから。

 黙り込んでいるとエリ姉が事務的に連絡事項を告げる。

『アキが言うには、このことを悠たちに伝えるタイミングは翼くんに任せるって……』

「……すぐに伝える。ばあちゃんが俺たち全員に最後の挨拶をしていってね。ほんの少し前に目覚めて互いにそのことを確認した直後にこの電話を受けたんだ」

『そう……。まなちゃんの件は?』

「解決済みだ。だからチケットが取れ次第、今日にでも帰るよ。葬儀の日時が決まったら、いつでもいいんで連絡をくれると助かる」

『分かったわ。……無理してない……?』

 ドキッとした。本当は胸がザワザワしている。だけどここは俺の演技力が試される場面だ。なんとかして元気を装わなければならない。

「俺は大丈夫……。今のところは。だけど、部屋に残してきた二人はどうかな……。今ごろ号泣しているかもしれない」

『……悠もめぐも、懐っこくしてたものね。……アキですら電話が出来なくなるくらい落ち込んでるし。ここは少しでも動ける人間が引っ張っていかないと。……翼くんにその役を任せて大丈夫、かな……?』

「アキ兄にも任されてるんだ、なんとか役を演じきるよ」

 そのとき部屋からめぐちゃんが出てくるのが見えた。彼女と目が合う。
「じゃ、切るね」
 一言だけ告げた俺はすぐに電話を終えた。

 洗面用具とまなを抱えている様子から察するに、朝風呂に行くのだろう。一声かけておこうと近づくと、まなが「ぱぱ、いた!」と声を発した。突然のことに思わず「ええっ!!」と声を上げる。

「パパって言えるようになったの!? うっわぁ、嬉しいなぁ!」

 めぐちゃんから奪い取るように、汗でべとつくまなを抱き上げる。まなはご機嫌な様子で「ぱぱ、おふろ!」と言って廊下の先を指さした。

「翼くんが電話をしに出て行ってすぐよ。突然『ママ、いい子いい子』ってわたしの背中をさすってくれて……。夢で見たとおり、おばあちゃんが愛菜ちゃんの過去の記憶を天に上げてくれたんだろうね、きっと」

 俺が聞くより早く、めぐちゃんが経緯を説明してくれた。しかしその声はどことなく震えている。

「まなは、ママを慰めてくれたのか。優しい子だな……。うん、やっと思いを伝えられるようになって嬉しいって顔してる。パパも嬉しいよ」

 出来るだけ明るく振る舞うも、次第にめぐちゃんの表情が悲しみに寄ってくる。俺は彼女を抱きしめた。

「……ばあちゃんの方からちゃんと最後の挨拶に来てくれたじゃん。無事にお別れできたんだろ? 後は感謝の気持ちを伝えて送り出そうよ。残された俺たちの役目は、ここにいるまなと共に新しい日々を生きていくことじゃない? ばあちゃん、そう言ってなかった?」

「……うん」

「愛菜ちゃんも言っていただろ、過去の記憶はこの海に置いていくって。だから俺たちも、過去はこの、沖縄の海に置いて帰ろう。身軽になろう。家に戻ったら新しい日々が待っている。生きている限り、俺たちは前進することしか出来ないんだ」

「……なら、お風呂で思いっきり泣いてくるね」

「そうしておいで。……まな、ママをよろしくね」

「ん!」

 まなは俺の腕をすり抜けて降りると、めぐちゃんの手を取り風呂場に向かって歩き始めた。人の死に接したとき、故人との繋がりや思い出が多ければ多いほど、失ったときのダメージも大きい。しかしそれが無いまなは、今の状況下においては最も頼れる存在なのかもしれない。彼女の力強い足取りを見てそう思わずにはいられなかった。



 部屋に戻ると布団はすでに畳まれており、悠斗はひとり、開け放した窓から海を眺めていた。彼は俺が戻ったことに気づくと、そのままの姿勢で「電話は済んだか?」と言った。

「ああ……。内容は、言わなくても分かるよな?」

「……オバアのことだろう?」

「ああ……。葬儀の詳細が分かり次第、連絡をもらうことになってる。こっちはこっちですぐにでも動けるように飛行機のチケットを手配しておこう」

「そうだな……」
 言葉少なな様子を見て、彼もまた心に深い傷を負ったのだと知る。ここは俺が頑張らねばと、話題を振る。

「……そうそう、そこでめぐちゃんとまなに会ったよ。っていうか、まなが『パパ』って呼んでくれて。もう、それだけでテンション上がっちゃったよ」

「……ふっ。嬉しいだろう? 呼ばれると」
 少しだけ笑った悠斗の顔を見てホッとする。

「……悠斗がまなの発話を選んでくれたこと、感謝してるよ」

「……これでおれも本当の意味で前に進める。今はそう思うようにしてる。……こんな言い方をしたらやっぱり未練があるんじゃないかと思われるだろうけど、正直、そうだよ……。まぁ、こんなふうに感じてしまうだろうことは最初から分かってたんだけどな。映璃から、どっちを選んでも後悔すると言われていたから。分かってたことをおれは今、味わってる。それだけのことさ……」

「エリ姉がそんなことを……」

「あいつは強いよ……。幼い頃に両親に見捨てられ、妊娠できない身体に生まれたことを知り、若い頃に育ての祖父母を亡くし……。それらを乗り越えてきた映璃の言葉は重みが違うぜ」

「確かに、エリ姉に言われたんじゃ反論のしようもないな……」

「自分の決定を百パーセント受容できるほどおれは強くない。過去を残す選択をしていたらどうなっていただろうと考えもする。だけどおれはもう、まなの未来を選んだ。後戻りは出来ない。お前らを信じて未来を生きる。たぶんこれが、おれにとってもみんなにとっても幸せなことなんだ……」

「悠斗……」

「オバアにも言われたしな。これからも野上家のみんなをよろしくって。……最近は時々、自分が鈴宮姓だってことを忘れかけるくらい、野上家に溶け込んでるおれがいるよ」

「っていうか、アキ兄いわく悠斗は『義理の息子』なんだろ? 溶け込んでるどころか、もはや野上家の人間だよ。いっそ、野上姓を名乗ってもいいんじゃね?」

「馬鹿言え。おれはこの名前が気に入ってんだ。この命が尽きるまで、おれは鈴宮悠斗を名乗るぜ」

「はは、冗談だよ、冗談……」

「ま、気持ちだけは受け取っておくよ。……さて、今日は忙しいぞ」
 悠斗はそう言うなり荷物の整理を始めた。


◇◇◇

 なんとか今日中に帰れる便に飛び乗った俺たちは沖縄を後にした。自宅に帰り着くと俺の両親とアキ兄、エリ姉が集まっていて慌ただしく動き回っていた。

 そんな中でも場を和ませてくれたのはやはり、まなだった。ずっとまなの発話を願っていた両親は、まなの口から「じいじ、ばあば!」という言葉を聞いて感涙し、頬ずりまでして喜んだ。それが愛菜ちゃんの過去の記憶と引き換えだったことを両親は知らないが、事情を知っているアキ兄とエリ姉は静かに喜びを味わっている様子だった。


◇◇◇

 祖父の時同様、葬儀は身内だけでおこなった。笑っている写真が多すぎてどれにしようか迷ったようだが、遺影には祖父母宅の前で最後に撮ったものが選ばれた。園芸が好きだった祖母にふさわしく、遺影の周りには色とりどりの花が飾られている。

 祖父の時には気丈にしていた父だが、今回の落ち込みは尋常ではなかった。最後の親子水入らずの時間があまりにも短かったことが原因なのだろうが、父にとって祖母の存在がいかに大きかったかを思い知らされる。

 普段の豪快な父を知っているがゆえに、うつむいたままひと言も発しない姿を見せつけられた俺たちは声をかけることはおろか、近づくことさえ出来なかった。

 そんな父に唯一歩み寄っていったのはまなだ。まなは父の傍らに立つと「じいじ、いいこいいこ」と言って背中をなで始めた。めぐちゃんと悠斗が顔を見合わせる。

「あのとき、わたしにしてくれたのと同じ……」

「ああ……。落ち込んでいる人間をはげますまなの姿は、幼い頃のめぐにそっくりだよ」

 さすがの父もまなの優しさに触れ、少しだけ顔を上げた。
「ありがとな……。だけど、まなちゃんみたいに笑えないじいじは、ちっとも良い子なんかじゃないよ……」

 そこへアキ兄が歩み寄る。
「兄貴はじゅうぶん親孝行したと僕は思う……。良い子だったかどうかは母さんが決めることだ」

「…………」

「母さん、言ってたじゃん。一緒に最後の時間を過ごせて良かったって。あれが最上級の感謝の言葉だと……」

「分かってらぁっ……! だけどっ……! 勝手に涙が出てくるんだよっ……!」
 そう言って父は涙を堪えながらそばにいたまなを抱きしめた。



 火葬が終わり、精進落としの席で俺はギターをかき鳴らして歌った。これは俺の勝手な思いつきなどではない。祖母からの頼まれごとだ。

「ばあちゃん。約束通り歌ったよ。俺の声、天まで届いた?」

「あんがと、ぱぱ」
 俺の言葉に答えるようにまなが言った。まるで祖母の言葉を代弁しているように思え、涙が込み上げる。

「そんなに良かったなら、もう一曲歌おうか?」
 まなを始め、親戚一同が拍手をする。俺は涙をごまかせるように、出来るだけ明るい曲を選び、再び歌い始めた。

 ――やっぱり、つばさっぴの歌は最高ね。

 遺影の中の祖母がそう言って微笑みかけてきたような気がした。


続きはこちら(#14から読めます)

※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

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