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【連載小説】「愛の歌を君に」#2 魂の叫び


前回のお話(#1)はこちら

前回のお話:

シンガーソングライターとして順調に活動していた麗華のもとに突然、昔の仲間、拓海から電話がかかってくる。彼は喉を病んでおり、死ぬ前にもう一度、かつて一緒にやっていたバンド、サザンクロスの名で活動したいと申し出たのだった。
音楽スタジオで拓海、そして同じく仲間の智篤ともあつの演奏を聴いた麗華は二人の思いを聞き入れ、バンドの再結成に同意する。
しかしその後、メンバーの一人である智篤から、麗華がソロデビューのオファーを勝手に受けたときの恨みを今回の再結成で晴らすと聞かされる。責任を感じた麗華は、自分の歌で彼を改心させると宣言するが……。

4.<麗華>

 歌で人の心を変える。これまでは無意識のうちにやってきたが、目の前の一人、または二人を対象に、歌の力で現状を変えることが果たして本当に可能なのだろうか。自分で宣言したこととは言え、それは大いにあたしを悩ませた。

 二人の様子や発言から、拓海の病状が思わしくないことは容易に想像できた。再結成したサザンクロスの活動期間はきっと、長くはない……。そう思ったあたしは、今後しばらくはバンド活動に注力しようと決めた。それによってレイカとしての仕事がなくなる恐れはあるが、拓海と一緒に過ごす時間の方が圧倒的に大事。後悔は絶対にしたくなかった。

◇◇◇

 経歴に、過去にサザンクロスという名でバンドを組んでいたことは載せている。しかし、デビュー当時からのファンならともかく、今日のイベント――街中にある神社で開催される音楽祭――で集まる十代、二十代の子の中には、あたしの存在すら知らない人もいるだろう。そんな子たちを前にして、再結成した「オジさんオバさんバンド」が受け容れられるのか。不安は拭えなかった。

 そのことを拓海に話すと鼻で笑われた。

「これだからオバさんは困る。音楽に年齢は関係ないんだよ。神様から受け取るような、神聖な言葉うただけが心に響くと思ったら大間違いだ。特に若者は、ノリだけ、雰囲気だけがいい曲を好む。で、今日のはそういう曲。だから、大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだか……」

「つまり、僕らを信じろってことさ」
 そう言った智くんは不敵に笑った。先日電話で話したとおり、こうして三人で会うときの彼は終始笑顔だ。たとえそれが偽物だったとしても、睨まれているよりはずっとマシ。あたしは彼の目を見つめ、小さく頷いた。

「そうね。事前練習はしたし、あんたたちもずっとファンに支えられて音楽活動してきたんだもんね」

「ああ、そうさ。ほら、見てごらんよ。僕らのためにあれだけのファンが集まってる。僕はいまワクワクしてるよ」

 指し示された方を見ると、小さなイベントにもかかわらずたくさんの人がステージの前に集まっていた。それがあたしたち目当てに集まった人でないとしても、確かにあれだけの聴衆の前に躍り出て歌うことを想像したら昂揚もしてくる。あたしは目を閉じ、これから歌う歌を口ずさみながらリズムを刻んだ。

「お前と再会してすぐに作った『マイライフ』。いい曲だろ?」

「うん」

「お前の作るのにだって負けてないだろ?」

「うん」

「だったら自信を持って歌ってくれよ。俺たちも全力で弾くからさ」

「分かった。そうする」

 目を開けて最初に飛び込んできた拓海の顔が一瞬、二十代のそれに見えた。慌てて目をしばたたく。もう一度見ると、年相応の顔に戻っていた。

(今のは一体……?)

 驚いている間もなく、拓海がリーダーらしく号令を掛ける。
「さぁ、いよいよ出番だ。準備はいいか?」

「ええ!」
「もちろん!」

「よっしゃ! それじゃ、サザンクロス再結成後の初イベント。張り切っていこうぜ!」

『おう!』
 三人で気合いを入れたところで、イベント開始のアナウンスが入る。あたしはステージに意識を向けた。

「本日は高校生バンドの音楽祭ではありますが、母校の後輩を応援したいと言うことで、なんとなんと! スペシャルゲストが駆けつけてくれました! こちらの方々です! 拍手でお迎え下さい!」

 司会者のアナウンスを受けて真っ先にステージに飛び出す。老いも若きも、集まった聴衆が一斉に盛り上がるのを目の当たりにし、「レイカ」のスイッチが入る。

 マイクを掲げ、後ろの二人に合図を送ると二人はすぐにギターを弾き始めた。

曇り空を抜け あすへと続く道
心の箱に秘密をしまおう
新しい世界へ さあ

きのうの影にさよなら
主役は僕 全力で進め

夢を描こう 最高の未来
僕の世界を作るのは僕
世界は心で作られるから

雨が光る場所 君と一緒に歩こう
虹色の傘 広げてみよう
新しい日々へ ともに

今日の夜空にさよなら
主役は君 全力で笑おう

夢を描こう 最高のストーリー
君の世界を作るのは君
世界は心で変わってくから


5.<拓海>

 智篤と一緒にウイングの名で活動していたときは、一度もこんな歌詞を書かなかった。なのにというか、やっぱりというか、麗華とバンドを組んでいるときは不思議と明るい未来を彷彿とさせるような歌詞が降りてくる。これはもしかしたら麗華のそばにいる神様の影響なのかもしれないが、そういう歌詞を麗華が歌うのにはやはり意味があるのだと、バックで演奏しながら思う。

 意図したわけじゃない。でも、出来上がった曲は確かに麗華が歌うのにふさわしいものとなった。俺は満足している。麗華もいい曲だと言っている。だが、はじめてこの曲を聴いた智篤はいい顔をしなかった。

 あいつはもの申したい様子で俺を睨み、ひと言「悪くはない」と評しただけだった。その反応を見て、智篤がまだ麗華を恨んでいると確信した。しかしここで「再結成したんだ、昔のような曲を作って何が悪い?」と言い放つべきではないと直感し、出かかった言葉は飲み込んだ。多分智篤は、残りの人生が限られている俺のわがままを聞き入れてくれている。本当は麗華と一緒になんかやりたくないが、我慢してくれている。その厚意を、俺のひと言で壊したくはなかった。

 隣でギターを弾く智篤を横目で見る。あいつは、麗華にいい感情を持っていないことなどおくびにも出さない様子できっちり仕事をこなしている。そう、これは仕事。ライブハウスで自分たちの曲を演奏するのとは違う。仕事用の顔で、仕事用の弾き方をする。こんなふうに、オンオフの切り替えがしっかりできる智篤のことを俺は心から尊敬している。

 目が合った。智篤は不敵に笑い「ほら、ちゃんと弾けよ」と目で訴えた。余計なことを考えるとすぐに弾き間違える俺に対するメッセージだと受け取る。たとえ小さなイベントでも、金をもらっている以上はプロ意識を持ってやれ。メジャーじゃないからって卑下するな、とあいつはいつでも俺に言う。

(わかっているさ、そんなことは。だけど、死ぬ直前までそうやって氣張ってなきゃいけないのか? 自業自得っちゃあそうだけど、死ぬ間際くらいもっと自由に、もっと氣楽に音楽やったっていいじゃねえか。いや、やらせてくれよ……)

 麗華は俺に言った。自分の歌で俺の病氣を治すと。そして実際、麗華の歌を聴いている俺の心と身体は、確かに癒やされているような氣がしてくるから不思議だ。

(そうだ、「氣がする」ってのは大事だ。なんたって、音楽は感覚が大事なんだから)

 そう言い聞かせながら、自分で作った「マイライフ」を演奏する。メチャクチャいい曲じゃねえかと、自画自賛しながら。


6.<智篤>

 小さいながらもライブイベントは大いに盛り上がっている。僕らのことなど知るよしもない彼らはしかし、レイちゃんの歌声と僕らの演奏を聴いて心から楽しそうに身体を揺らしている。これは、ウイングのファンとはまったく違う反応だ。

(何が違う? サザンクロスだからなのか……?)

 確かにギターは持ち替えたし、メインボーカルもレイちゃんに変わったが、理由はそれだけじゃない氣がする。アップテンポな曲のせいか。はたまた歌詞のせいなのか。そう思っていた矢先、拓海と目が合った。

 緊張しているのか、らしからぬ表情が氣になった。二人でやっていたときにはもっと大胆で、もっと荒々しくて、メチャクチャで……。それでも楽しそうにしていたじゃないか。なのに、三人でやろうと言い出した本人が、一歩下がったことで萎縮してどうする?

(メインボーカルじゃなくたって、バック演奏だからってそんな顔するなよ……。君が作った曲だろう? 堂々と弾けよ……!)

 目でそう言ってやったら、少しは分かってくれたのか表情がいい方に変化した。そう、それでこそ拓海。それでこそミュージシャンだ。

 しかしこの、いかにもかつてのサザンクロスらしい曲調と歌詞を、僕は氣に入っていない。恨む氣持ちがすっかり消え失せた拓海の中からこう言う歌詞しか出てこなかったのは理解できる。だけど、だからこそ、許せないのだ。この曲を聴いた若者たちが、純粋な心と顔を向けて飛び跳ねていることが。そして何より、そんな感情しか抱けなくなってしまった自分のことが。

 ――ずいぶんと擦れてしまったな、君は……。

 内側の、冷静な僕が今日もぼやいた。

 ――拓海のように素直になれば人生、もっと楽に生きられるのに……。君だってそんなことは分かっているだろうに。

(そんなことをしたらこれまでの人生を否定することになる。何のためにここまで彼女を恨み続けてきたのか分からなくなる。それが嫌なんだよ)

 ――恨み続けてきた半生。それが君のアイデンティティだとでも言うのか?

(そうだ。今を楽しむこと、そして彼女を許すことはすなわち、負けを認めるのと同義だ……)

 ――強情だな、君は。そんなことはないのに。なぜそうまでして自分の首を絞め続けるのか……。

(たぶん、首を絞めながら見る世界が好きなんだろう。……イカれてるだろ?)

 ――そうだな……。まるで君が書いてきたウイングの歌詞みたいだ。

(そう。ウイングではそういう想いを貫いてきた。そして僕はその想いを未だに持ち続けている。だから、サザンクロスの再結成を心から喜べないんだろう……)

 ――君はもっと今を楽しんだ方がいい。ほら、レイちゃんの歌声を聞いてごらん。心が洗われるはずだ。

(余計なお世話だ。って言うか、今はライブ中なんだ。さっさと消えてくれないか……)

 コンセントを引き抜くように意識を遮断する。心の中の僕の声がぷつりと途絶える。直後に「マイライフ」の演奏もフィニッシュを迎え、僕らの仕事は終わった。

「メチャクチャ良かった、って言うか、最高だった! やっぱ、三人でやるのはいいな!」

 ステージから降りると拓海が真っ先に言った。レイちゃんも興奮気味に「ホントにそうね!」と言って自ら拓海に握手を求める。そんな二人のある種、純粋な姿を見てげんなりするが、湧き上がってきた氣持ちを押し殺して笑顔を作る。

「みんな、レイちゃんの歌に聴き惚れてたみたいだ。あの感じだと、サザンクロス単体でのライブをやっても集客できそうだ。僕は手応えを感じたよ」

「ああ……」
 拓海は頷いたが、直後に表情を曇らせた。

「どうした?」
 問いかけると拓海は迷うように空を見上げ、それからゆっくりと口を開く。

「……ごめん、付き合わせちゃって。もし、一緒にいるのが辛かったら正直に言ってくれ。俺は構わないから」

「……何を言ってるのか分からないな」

「本当は……本当はサザンクロスとして再出発したくなかったんだろう? 何年一緒にいると思ってる? 智篤が何を思ってここにいるのかくらい分かるよ」

「……ふっ、そうか。……そう、だよな」

 少し前に再会したばかりのレイちゃんでさえ氣付くのに、数十年一緒に活動してきた拓海が氣付かないわけがない。だけどレイちゃんを恨む氣持ちが強すぎるあまりそこに注意が向かなかったようだ。

 盛り上がる会場の隅で僕らは異様な空気を纏ってそこにいた。レイちゃんの顔からも笑みは消え、その目が僕に向けられる。

 彼女は慈しむように僕を見ていた。先日の電話で言っていたように、きっと僕を救いたいと思っているんだろう。

(救う……? 僕らを裏切った君にそんなことが出来るとでも……? いや、たとえで来たとしても僕は認めないし受け容れない……!)

 しかし口からは、内心の叫びとは正反対の言葉が飛び出す。

「確かに僕は、サザンクロスの再結成に百パーセント納得しているわけじゃない。でも、喉を患った拓海の願いを叶えてやりたいと思っているのは本当だ。もし……もし君が病を克服して以前のように歌えるようになったなら……。その時には本心に従ってサザンクロスを抜ける可能性は高いだろう。が、それまではこの三人でやっていくよ。……今の回答で納得してくれるかな?」

「やっぱり俺のために……。本当にそれでいいのか……?」

「おいおい、最初に言っただろ? 君がレイちゃんを僕の前に連れてきたら再結成を前向きに考えるって。僕はこれまでもこれからも拓海についていく。リーダーの君の決定に、僕は従うまでだよ」

「……まぁ、いい。それがお前の考えだというなら信じよう。ただし、そう言ったならやって欲しいことがある」

「何でもするよ」

「言ったな? よし。それじゃあリーダーとしてお前に命ずる。これからはサザンクロスのメンバーとして前向きな歌詞の曲を作ること。もうウイング時代のような、世界を憂うような歌詞は書くな。これはお前のためにもなる、と俺は思う」

「待て。何だよ、それ……!」
 思わずカッとなり、詰め寄る。が、拓海は「俺の決定には従うと言ったはずだろ?」と言ってほくそ笑んだ。

「ちっ……」

 何でもする、と言ったことを後悔した。しかしもう発言は取り消せない。かと言って、拓海の要求をまるっと受け容れるつもりもない。僕は拓海を凝視して言う。

「……分かった。君の言うようにサザンクロス向けの曲は作る。ただし、対極の歌詞も書く。これだけは譲れない」

「……それがお前の望み、、だからか?」

 拓海の言う「望み」が、レイちゃんへの恨みを晴らすことだってのはすぐに分かった。あえて言葉にしなくても伝わるくらい、僕らの付き合いは長い。

「そうだよ。分かってくれ」
 
「……分かった。だけど『対極』の方はサザンクロスの名で発表したくない」

「それでいい。って言うか、そのくらいは心得てるよ。ウイングはもう消滅したんだし」

「ならどうしてまだ書き続けようと? ……再結成を機にやり方を変えたっていいんじゃねえのか?」

「それが魂の叫びなんだから仕方ない」

「魂の叫び……」
 拓海はぽつりと言い、黙り込んだ。

 秋の爽やかな風が吹き、汗ばんだシャツと髪を撫でていく。軽快な音楽が鳴り響く中、再び内なる僕のぼやきが聞こえる。

 ――魂の叫びなんかじゃない。それは君自身の叫びだ。もう、自分を許そう。いい加減、楽になろうよ。

「……つまんねえ人生いまにツバを吐け。つまんねえ世界いまを終わらせろ。ホントの俺がいる、ニューワールド。自由の風が吹いたなら、善も悪もない。すべてがワンワールド」

 脳内の声に反論したくて、僕自身が作った「オールド&ニューワールド」の歌詞サビを吐き捨てるように歌った。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

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