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免許合宿の気になる三人組

僕は、あの三人と仲良くなりたかった。


大学4年の夏、山形県にある教習所にひとりで合宿に行った。ひとりでいく免許合宿は、先が見えないけどそれなりに自由だ。宿舎で同室になったのは、二輪を取りに来ている16歳高校生男子のコンビ。インターンシップの話なんかカケラも通じないけど、テレビの光が目に入らない位置に枕を置いてイヤホンをしたら、それで平和な日常は保たれる。

ところで、退屈な講義室の最前列にはいつも、ちょっと気になる三人組が座っていた。長い黒髪の子、丸顔にショートカットの子、緑のスカートの子。「いつも最前列にいる」こと以外は、騒ぎもせず、暗くもなく、特に目立つわけでもない。だから「不思議」な点は特にないのだけれど、不思議と毎日、真顔で前を向く三人組が視界に入っていた。

教習はたまに2人ペアをつくることがあった。僕はひとりだから、いつも適当にそのへんの人とペアになる。三人組って、こんなとき、誰かひとり余ると思うんだけど、その組み方はいつも固定なのか、ローテーションなのか、都度相談しているのか、そんなことが気になっていた。14日間の前半戦、学科中心の毎日の中では、特に話しかけるタイミングもなく、静かに日付だけが進んで行った。


ある夕方、僕は宿舎から少し離れた神社まで散策に出かけた。おざなりに柏手を打って、境内をうろついていると、参道を見慣れた顔が歩いてきた。三人組のひとり、ショートの子だ。向こうも気がついたようで、一瞬目が合う。同じ日に入校した「同期」は40人だから、顔に見覚えぐらいはあるのだろう。

数歩近づいたら話しかけられる距離にいた。けれど僕はぼんやりと立ちすくんでいる。彼女は通り過ぎる。そのまま彼女はまっすぐ境内に向かい、僕はそのひと息あとで、彼女の見えない航跡を横切るように、違う方向に歩みを進める。


実習が多くなる後半戦は、顔見知りが増える。救急救命講習で一緒になる人、指導員と一緒にアクセラに乗り込んで交代でハンドルを握る人、休憩時間にハイテンションでつるんでいる人たち。たまにあの三人組が、校舎のどこかに佇んでいるのに気づく。僕は目を向ける。距離は遠いままだ。


合宿14日間の最終日、卒業検定の結果を聞く。危なげなく、延長なしでストレートの卒業が決まる。

このとき、すぐ隣にまた、ショートの子が一人でいた。その子もあっさり最短で卒業する。その横顔を眺めていたら、少しだけ目が合った。僕はためらいながら声をかける。

「神頼みが、きいたのかな。」

「…ああ、うん。」

その短い一往復だけが、三人組の誰かと交わした唯一の会話だった。どこから来たのかとか、どうしてここの教習所を選んだのかとか、そんな問いは全部、行き場を失っていた。JRの駅に向かう帰りのバスに乗り込む頃には、三人組の姿はもう、見当たらなかった。


ひとりと話すことができたのなら、一対三でも仲良くなるチャンスはあったのかもしれない。公転するふたつの惑星がまれに接近するように、話しかけるべきタイミングはあったのだ。二度。そして僕はただ、ためらっているだけだった。

10年以上も昔の、ためらいに負けた自分への悔しさを、いまも覚えている。いまなら、つんのめりそうになりながらも、声をかける言葉と勇気を、少し持てているような気がする。あの夏に見かけた三人組とは、もう二度と、会うことはないのだろうけれど。

🍻