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裏方好きの元PMが推す『東京2020オリンピック SIDE:B』

昨日公開された河瀨直美監督作品『東京2020オリンピック SIDE:B』をイオンシネマで観てきました。SIDE:Aに続いて観客数は少なく(2人)、公式記録映画というわりに相当地味な動員ではありますが、裏方仕事好きには全力で推せる美しいドキュメンタリー作品です。推しポイントを3つ紹介します。

①トーマス・バッハ氏と森喜朗氏の視点

この作品は、清濁併せ呑んでオリンピックという大仕事を「実現させた人」に寄り添って組み立てられています。特に印象的なのが、IOCトーマス・バッハ会長と、組織委員会・森喜朗元会長の描かれ方です。

関西に住み、オリンピック開催をtwitter上で冷ややかに眺めるだけの立場だった私にとって、謎の組織IOCから時々チャーター機で乗り込んでくるトーマス・バッハ氏は「わかりやすい巨悪の象徴」でした。しかし、本作品ではバッハ氏の選手時代(フェンシング・フルーレの代表選手だったのは知らなかった)の映像に始まり、子どもと無邪気に立ち会う姿・反対デモ隊の女性と対話を試みる姿・広島原爆資料館で涙する姿などを映し、人間味あふれる一本気な元アスリートのおじさん(失礼)として表現しています。これは新鮮な視点でした。良くも悪くも彼の存在が強力な推進力であり続け、多くのキーマンを動かし、このイベントを実現させた。バッハ氏については敢えてニュートラルに描いている風ですが、ニュートラルに描くだけで、かなりポジティブに映ります。

森喜朗氏にしても、最後は最大級の失言によって退場していくものの、「自分がぶれたらだめ」という発言に代表されるような、ビジョンを示す人・オリンピックの完遂に固執するリーダーとして描いています。森元首相といえば「何がいいのかわからない失言王」のイメージが完全に定着していましたが、保守派の重鎮という位置を占めてきた理由、彼の人間力・政治力なるものが世の中を動かしてきた理由が描かれていると感じました。彼のフォロワーたちが連携して基盤を作ってきたということ自体が、東京オリンピックの見えていなかった側面でした。森氏が退場し、それを機に女性理事がぐんと増えてジェンダーバランスを回復するという新しい側面が生まれつつも、それでも「東京オリンピックは森氏が動かしてきた」という強い印象が残りました。そうなのか?


②選手村フードサービスの話

「自分事として投影しすぎると胃が痛くなる登場人物」ナンバーワンが、選手村のフード部門を統括するエームサービスの紅林利弥さんです。後半で語られる、《ひどいトラブルに見舞われる悪夢を毎晩見ては、目が覚めて「これは夢だ、現実は違って自分は幸せなんだ」と気づく》という話にリアリティがありすぎる。三井物産が50%出資するエームサービス社は、長野五輪も出かけた国際ケータリングの最大手。今は常務執行役員を務める紅林さんには相当の経験値があるはずだけど、それでもはんぱないプレッシャーがかかり続けるわけです。途中、試食会みたいなイベントで「今回の失敗を糧にして……」と言うシーンもある(どう失敗だったのかはよくわからない)が、長い準備段階から本番期間まで耐え抜くのは尋常ではないタフさです。

現場のスタッフを叱咤して鼓舞して、野田聖子大臣が「最高のおもてなし」と評するのを聞いてスタッフさんが涙する。ステレオタイプな言い方だけど、《日本人、こういう良い仕事するよね》。

思い出したのは、村松友視さんの『帝国ホテルの不思議』という本です。帝国ホテルを支える種々の職人インタビューをまとめた、私のお気に入りの一冊ですが、「一隅を照らす専門職のプロフェッショナリズムが結集して、特別な空間を成り立たせていた」という点、同じ流れを感じます。


③3x3バスケットボール会場の話

設営と解体のシーンを高速再生するタイムラプスが印象的な、3x3バスケットボールのシーン。説明はありませんが、場所は青海アーバンスポーツパークという仮設会場です。バスケ出身の河瀨さんらしい、珍しい種目選び。

この場面では、「いろいろあった中、今でもまだ残っている人は、相当強い」という女性スタッフのセリフが印象的です。コロナ禍・延期を受けて、当然現場を離れていく人は大勢います。作品でも、離れていく人々を決して否定はしないが、「続ける人、やりきる人」を強く賞賛する姿勢を感じます。実際、構想することや始めることは簡単でも、最後までやりきることって本当に大変なんですよね。

満員の会場でプレイを見てもらいたいという熱意が、無観客で空回りする中、それでも粛々と設営は進み、粛々と解体される。公式記録という形で、その仕事の意味が確かに残っていくように感じます。

***

 Side:A・Side:B 両作品を通じて感じたのは、東京2020オリンピックの開催自体の是非は完全に棚上げして、この一大イベントをやりきったこと自体に多様な価値を見いだし、ポジティブに描いているということです。シニカルな編集は多々ありますが、一貫して作り手・担い手に対するリスペクトは通底している。公式記録映画としては本当に良い仕事をされたのではと感じました。(SideAは国際的には評価が高いそうですが、国内の動員事情は全く別として、個人的に外からの見え方については納得感があります)

トップアスリート、運営に携わる様々な職種の方、医療従事者の方々。どの登場人物を見ても、翻って自分自身ができる仕事の範囲ってほんとに小さいんだなということを痛感するのですが、たくさんの「異能」を束ねて導いていくリーダーが、あらゆる階層に何人もいて、それで人間社会はダイナミックに動いていくのだということを、あらためて考えた映画体験でした。

いま大型シネコンどこでもやってる(空いてる)そうですが、今後出町座やユーロスペースでロングラン上映されると客層的にも噛み合っていくと思います。

劇場で是非。


▼もっと批評的な批評(野村萬斎さんの語りと表情は本当に最高でした)


▼これから沢木耕太郎のレニ・リーフェンシュタールを読みます


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