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「20年7月豪雨の被災事業者、半数が売り上げ戻らず」の理由

先日、熊本県が発表した「令和2年7月豪雨被災事業者の再建状況等に係る調査結果について」を見て、私が2021年11月に書いたnote記事「創造的復興の意味を考える」での予言通りとなってしまった。

その背景については記事を読んで頂くとして、現状のデータに照らし合わせながら被災地経済の現在地を改めて確認したいと思う。


まずはデータから分析

地元紙の熊本日日新聞12月24日付で掲載されたWEB記事を引用しながら分析してみたいと思う。

熊本県は2020年7月の豪雨で被災した県内事業者の再建状況や経営に関する23年度の調査結果をまとめた。売り上げが被災前に比べて「減少」と答えた事業者が半数に上り、依然として被災前の水準に戻っていない実態がうかがえた。 

罹災[りさい]・被災証明書を発行した事業者に毎年度聞いており、3回目。23年度は人吉市など26市町村の823事業者が回答した。売り上げが被災前より「減少」と回答したのは前年度より8・0ポイント減って50・1%。これに対し、「増加」は6・0ポイント増の23・9%、「変化なし」は2・0ポイント増の26・0%だった。

 「減少」と答えた事業者にその要因を複数回答で尋ねると、新型コロナウイルス禍の影響が49・7%で最も多く、既存の顧客や取引先の喪失42・9%、原材料や資材の高騰28・0%が続いた。県によると、被災後に営業できず取引がなくなったケースや取引先が被災して廃業したケースが考えられるという。

 売り上げが被災前より減少した事業所を業種別に見ると、運輸業と卸売・小売業が58・8%で最多。一方、建設業は49・3%が増加したと答えており、復旧工事などの特需が影響したとみられる。

 県商工振興金融課は「タクシーなどの運輸業や卸売・小売業は人流が戻っていないことが響いている」と分析。「中小企業診断士ら専門家の派遣などを通じ、個々の事業者に応じた支援をしていく」としている。(横川千夏)

引用元:熊本日日新聞
引用元:熊本県「令和2年7月豪雨被災事業者の再建状況等に係る調査結果について」
引用元:熊本県「令和2年7月豪雨被災事業者の再建状況等に係る調査結果について」

この調査は「23年度は人吉市など26市町村の823事業者が回答した」とあるが被災事業者数の半数以上を占めていることを考慮すると概ね人吉市の傾向と同じと捉えても良いと私は考える。実際に私は人吉にて球磨川くだりという被災企業を経営しており、水害だけでなくコロナ禍、肥薩線の不通、更には航路の埋没といったように最も条件が厳しい観光事業者の代表格なのでこの調査は納得するところ。

これらを感覚だけでなく、データを見るとさらにクリアになる。2020年の国勢調査の結果を見ると人吉市の就業者数は第3次産業が73.1%を占めており、卸売業・小売業や宿泊業・飲食サービス業、医療・福祉のウェイトが大きい。

2020年国勢調査より

さらに住民基本台帳ベースでの人口推移を見ると水害後に急激に人口減少していることがわかる。

住民基本台帳よりグラフ化

つまり、コロナ禍や人口減少の影響が大きい第3次産業が中心の産業構造である以上、人吉の地域経済が疲弊することを避けることは難しく、企業努力だけではどうにもならない。一方で記事中にもあるとおり、土木建設業はとんでもない特需に沸いている。今回の県内の被害額は5222億円に上っており、そのうち公共土木施設(道路、橋梁、河川、海岸、港湾、下水道等)は国直轄を含まない分だけでも1512億円。ということは当面の間ずっと仕事があるということ。更に建築や設備など関連する業種の業績も連鎖的に増えてくる。人吉では業種による絶望的景況格差をリアルに見ることができる。

観光の現状

最初に結論を言うと相当悪い。
これは私が代表を務める球磨川くだりだけが悪いのではなく、エリア全体として良い状況とは言えない。その要因として何よりJR肥薩線不通の影響がボディーブローのように効いてきている。人吉は泉質の良い温泉と日本遺産に認定される相良藩700年の歴史文化が売りの観光地。必然的に若者や家族連れは少なく、中高年など落ち着いた客層が中心。だから「SL人吉」や「かわせみやませみ」などの観光列車ととても相性がよく、JR肥薩線は観光客誘致の大動脈であった。しかし、豪雨災害後不通となって3年半が経つ今でも復旧の見通しは立っていない。熊本県は先日2033年ごろの復旧を目指す方針を発表したがJR九州の反応は鈍いまま。それはそうだろう。私も熊本県の交通政策課や人吉市に対してJR肥薩線を復旧させるためには単純に金を出せば良いのでは無く、地元利用者を増やすこと、目的地となる人吉の街の魅力を向上させる必要性があることを再々助言してきたからだ。しかし、地元行政は相変わらず陳情だけで将来に向けた人吉駅を中心とした再開発などのビジョンは皆無だし、地元も観光業者など恩恵を受ける事業者や従来から熱心な活動を以外は関心は低い。それではJR九州の重い腰はあがらないのは当然だろう。

JR肥薩線が不通ということは回復が著しいインバウンド個人客需要も取り込めないことにも繋がる。全国的にみても東京や関西と並ぶインバウンドが急回復している北部九州において、福岡・熊本両空港からは個人客はJRが主要な移動手段。各種レールパスを利用して移動することが出来なくなり必然と人吉は選択肢から外れてくるのだ。一部例外的に韓国からのゴルフ客は相当な数が来ているのだが宿泊しているのはほぼ数施設に限定されていて人吉全体に波及しているとは言い難い。

また、今月の定例会見でJR九州古宮社長が次回検討会議で最終結論を出すと言明。どのような方向性になるのか大きな注目となっている。

次に実際に宿泊客数のデータを見ていくとで行くとなかなか厳しい状況が見て取れる。人吉市統計年鑑令和4年度版をみるとコロナ禍・水害被災前の2019年と比べて令和3年度の宿泊客数は回復が大きく遅れていることが見て取れる。人吉球磨観光地域づくり協議会の調査でも令和4年度においても回復が鈍いまま結果となった。また、この宿泊客数のかなりの割合で復興工事関係者、ビジネス利用者が含まれているので純粋な観光客だけで考えればまだコロナ前の30%程度が実情で数字の上でも苦戦していることが証明されている。今年は翠嵐楼や鍋屋本館、しらさぎ荘などが再開をはたしコロナが5類に移行したこともあり、急速な回復が期待されてはいたが客足が厳しい状況は変わらず、急遽熊本県が被災地限定の旅行支援を設定するに至った。県幹部と話をしていても観光回復の苦戦は想定以上のようだ。

人吉市統計年鑑 令和4年度版

球磨川くだりの現状

自虐的ではあるがカネなし、ヒトなし、借金たっぷりアリの球磨川くだりほど再建が厳しかった被災企業はないと思う。何度も書きすぎてそこに関しては省略するとして、じゃあ実際に現状の売り上げはどうなっているのか気になる方も多いかと思う。そこで可視化できるようにグラフにしてみた。

2018年を100とした場合の球磨川くだりの売上推移

まだ100%には達していないが2023年度(2024年2月決算)は約95%まで回復する見込みだ。メインの川下り事業は2020年が緊急事態宣言の4月以降運休、2021年は完全運休、2022年は7月末〜9月中旬の2ヶ月弱、2023年は3月13日〜5月6日まで運航できたのみ。あとは代替手段として球磨川遊覧船「梅花の渡し」の運航となっている。わかりやすく言えば、川下り事業の売上はコロナ禍前の2割ほどしかないのに、水害をきっかけに多角化経営を進めほぼ売り上げを戻すことができた。とは言っても利益率の低い飲食事業と物販事業のため同規模の売り上げとは言え収益は低く経営は悪化している。逆に言えば川下りの運航を再開し、安定して通年運航が可能になれば黒字化どころか十分利益が出る体制に創り上げたと自信を持って断言できる。

その要因はこれまで何度も書いてきた被災直後の初動の速さ、事業の再構築、俯瞰的な現状分析を私がリーダーシップを持って推し進めたからだ。別に自慢話をしたい訳ではない。特需は一切なく、水害&コロナ禍が大逆風のサービス産業ではこれくらいのスピードと覚悟がないと売り上げの回復は難しいということ。しかも熊本豪雨災害の被災企業はウクライナ情勢や物価&資源価格の高騰、強烈な人手不足など自助努力ではどうしようもない外的要因が本当に多い。だからこそ、冒頭の熊本県の調査報告書の結果に納得している。

自然災害からの復興はとても難しい。だから経験者が知恵をシェアすることが本当に重要だと考える。2023年も佐賀や鳥取、秋田など全国各地で大雨による災害が発生した。手前味噌だが私のマガジンは被災企業が自然災害の乗り越えるために大切な情報がたくさん入っている。年末年始のお休みでお時間がある方はぜひ読んでいただきたいと思う。

復興のシンボル観光複合施設HASSENBA

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熊本県をフィールドに観光と公共交通を軸とした水辺のまちづくりに取り組んでいます。また、補助金なしで公共交通立ち上げや債務超過の三セク再建な…

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