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サンダーはそこにいた

その日わたしは、好きなバンドのメンバーがラジオで好きなアーティストとして名前をあげていた“サンダー”のCDを買うため、新宿のCDショップに寄り道をしていた。

サンダー、サンダー、と呟きながら、「S」のインデックスを辿る。
店内はTSUTAYAのレンタルコーナーとも、ダイエーの中の新星堂とも、渋谷のタワレコのJ-POPコーナーとも違うにおいがして、なんだか自分がすごくセンスの良い人になった気がした。だけど。

「ない」

サンダーは、なかった。
何度も「S」の棚を往復した。どこにもなかった。
“SUNDER”
“SANDER”
“SONDER”
“SOUNDER”
“SANDAR”
考えられる綴りはぜんぶ見た。だけど、なかった。

見渡す限りCDなのに、サンダーだけないわけない。
勇気を出してカウンターで分厚いカタログとPCを見比べていた店員のお兄さんに声をかけた。

「サンダーはどこにありますか?」
「サンダーですね、ご案内します」

え、あるの。自分で聞いておきながら、驚いていた。
お兄さんはカウンターから出てくるとわたしを先導して歩き出した。
縦になったエプロンの蝶々結びを見ながらついていく。

Sの棚が近づいてくる。
そこはもう何度も見たんです。
え?あれ?通り過ぎた。

「こちらです」

視線の先に、サンダーはあった。

THUNDER

お兄さんは、見ていただろうか。
わたしが「S」の棚を往復していたところを。

はずかしさを上塗りするように、質問を重ねた。
「THUNDERで一番おすすめのアルバムはどれですか?」

お兄さんは、「そうすねー」と、すぐに1枚のCDを選んでくれた。
おすすめポイントを教えてくれたけど、わたしは数秒前までTHUNDERをSUNDERと思っていた女。何を言ってるか全然わからない。
でも、お兄さんがおすすめしてくれたなら間違いない。

「これにします」

お兄さんはそのまま自分で商品を持ってレジに行き、お会計してくれた。

「ありがとうございました。たくさん聴きます」
小さい声で言って、黄色い袋を受け取った。


帰りの電車で買ったばかりのTHUNDERのCDを聴きながら、
唐突に思った。
「あの会社で働きたい」
と。

たくさんの音楽を聴いて、たくさんのカルチャーに触れて、
あの会社にふさわしい人になったら。
30才?40才?50才?いつになるかわからないけど。
THUNDERのところに連れて行ってくれたあのお兄さんみたいに、
誰かに、特別な時間を、体験を与えられる仕事がしたい。

それから5年。
いろいろなタイミングと縁が重なって、
わたしはその会社や会社で働く人、取り扱う作品の魅力をたくさんの人に伝える仕事に就いた。

予定よりだいぶ前倒しで夢を叶えてしまったわたしの17年間のはなしは、
また、いつか。気が向いたら。



*ちなみに、あの時買ったTHUNDERは「Behind Closed Door」という1995年に発売された名盤で、何百回も聞いた。
多くのCDをデジタル化してしまった今でも、CDとして手元に置いてある。

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