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雑文(53)「フリマサイトに俺が売っていたから」

 俺は思わず購入した。
 俺がもう一人いれば何かに役立つと安直に考えたからだ。
 何か。
 何かの何かだ。深い意味はない。何かだ。
 俺は。俺が来るのを今か今かとフリーメールソフトを覗いては新着がないか。通知がないのに覗いてしまう。
 来たら何をさせようか。
 何か。
 何かの何か。何かの何かをさせよう。何かに。深い意味はない。何かだ。
 ドアベルが鳴った。
 俺は。玄関に向かった。ドアを開ける。営業スマイル配達員がそこに立っていて、誰にも読めない書体で氏名フルネーム、サインを営業スマイル配達員に借りたボールペン先端を動かしさらさら書いて、台車に載った段ボール箱を俺に手渡した。俺は。営業スマイル配達員に笑んで、営業スマイル配達員も笑んで、俺は。腰を捻って先に段ボール箱を部屋の中に入れ、振り返ると営業スマイル配達員は去っていた。ドアが閉まる。
 段ボール箱を抱えて居間に向かう。
 段ボール箱をソファセットの手前に下ろす。
 重さは。
 両腕と腰の疲弊具合から察するに、俺とほぼ同じ体重だろう。俺の身体の重さは無論俺が一番詳しい。段ボール箱の中には俺の体重と同じ俺が居るのだ。そこに。段ボール箱の中に両脚を折り曲げて両腕で抱える体育座りの俺が見える。細めた目が若干緩んだ。
 段ボール箱の天面半分を止めるガムテープを端から勢いよく剥がした。天面が半分半分開いた。上から中を覗く。
 俺は。頷くとどこからか持って来たカッターナイフで側面四面を支える山折りの角にカッター刃を上から下に引き、四回刃を入れると段ボール箱は箱ではなく展開図になって展開した。
 中央に居るのは見間違えるのが難しい俺だった。鏡で見るのとは左右逆、証明書写真と同じ俺がそこに居た。
「鈴木っ」と、日本では珍しくない結構ある苗字で声掛ける。「オープン・ユア・アイズっ」一年に一回のハロウィンを喜ぶトム・クルーズの歪んだ笑顔が頭の片隅によぎる。
 トム・クルーズが。いや。俺が。目を覚ました。
「聞こえますかー」と、地球の反対側に叫ぶ、いや、叫ばずに、「聞こえますか?」と、俺は俺に普通に訊ねた。俺は。俺の向かいに居る俺は。俺に、言う。いや。言わない。何も言わずに俺が持ったカッターナイフを驚く俊敏さで奪うと、そのまま下から上に振って、俺の喉を掻っ切った。
 喉に。肺に。血が溜まって、塩辛さに何度か咽せたら、俺は意識を失った。意識を失う間際、もう一人の俺が。喉を両手で押さえる俺を見下ろし言った。「不良品」と。
 もう一人の俺に段ボール箱に再梱包された俺は。送られた。無論送り主の住所じゃあなくて、俺が送られたのは。
 そこは。
 ジャンク品が揃うオークションサイトの個人倉庫で、最低価格一円から、即決価格一円に設定され、俺は。他の「不良品」たちと横並びに並んで誰かに買われるのを、真っ暗なじめじめ陰鬱さの支配する倉庫の中で静かに待つ他なかった。

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