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雑文(53)「老後事変」

「最近は路上で日中堂々と撲殺されるって、どうなってんだよ世のなか、どうなるんだよ日本」

 渋沢は飛沫を散らし熱弁を振るうが、彼の生唾は彼と僕を区切る透明のプラスチック板に防がれ、僕は生唾まみれにならずにすむ。

「おいっ、聞いてんのか? 板垣よお。おまえの爺さんもよ、たしか老人ホームで闇討ちに遭ったんだろ?」

「闇討ちって、いつの時代だよ、渋沢くん」

「同じようなもんだよ、あれは闇討ちだよ。塩化カリウムだっけか」

「看護師の話だと誤って注射した、そう聞いてるけど僕は」

「おいおい、まじかよ。信じんのかよ、闇討ちした奴の言うことなんかよ。人良しだよ、てめえはよ」渋沢が苦笑する。

「お詫びの品も貰ったし」

「受けとんなよ、賄賂だろうがよ、それ。医療ミスしてさ、謝罪だけならまだしも、わざわざ記念品を贈呈って、きな臭いだろうがよ、板垣」

「記念品って。お詫びの品にって、頭を下げに家に来てくれて。愛想の好い、いい人だったし」

「医療ミスなら堂々してろよ。おれは医療ミスしたんだってな。それに、悪い奴が悪態つきながら歩いてるか? 悪い奴はな、羊の皮を被って善人ぶって世のなか闊歩してんだよ。鴨だ。おまえは都合のいい人なんだよ、あいつらからしたらな」

「全員そうだと限らないだろ。なかには、悪そうな顔して、ほんとうに悪い人だっているだろ? 暴論だよ。あいかわらず渋沢くんは」

「いないね。その証拠におれは悪づらだが、根っからの善人だ。おまえだって、顔はぶさいくだが、心はピュアというか、単純で、簡単に騙されやすい、いい奴だから。見た目に反して中身はゆがんでない。そうやって人は心とからだのバランスを保ってるわけで」胸に手を当て深呼吸をくり返して渋沢は、得意げに僕を諭す。

「とにかく君が言いたいのは、老人殺しが本格化してきたと、白昼堂々、殺人行為が」

「そうだ。警察官だって見て見ぬふりだ。助けを求める老人たちがまるで見えていないように。すでにそれは死んでしまってるように。狂ってるだろ? 終わりだよこの国は。少子高齢化を解決するために、高齢化の高齢を減らして人口のバランス取るってよ、全国の老人ホームに立入り検査して言われない不正があると指摘して改善がないと閉鎖に追い込む。昔流行った姥捨山だよ。それを政策に掲げるって、どうかしてんだよ、この国は」

「安楽死強制とか、議会はちゃんと議論してんのか?」

「しかたないよ。だって議員のいまの平均年齢って、たしか二十代前半らしいから、自分たちに都合のいい政策が通りやすいんだから」

「ああ。たしかに議員先生は誰もが爽やかな容姿だから、心のなかはどす黒い憎悪が渦巻いてるんだな」自身の考えに納得がいったのか、渋沢は腕を組んで、なんども縦に首を振って、自分の考えを肯首した。

「偏見だよ」と言ってから僕は、呟く。「そうでもないか」

「そうだよ。やっとわかってきたか、おまえにも。で、老人たちだ。いまの時代、老人たちは虐待死が日常だし、それに声をあげない若者たちも異常だ」

「それは僕も思うけど」

「だったら板垣よお。おれたちでやらないか?」

「なにをさ、渋沢くん?」

「ご先祖さまに倣って、この国を新たに作り直すんだよっ」

「いつの時代だよ」

「いまの時代だよ」

 がははは、と高笑いを響かせる渋沢は腰をあげ、僕の隣に立つと僕のなで肩を叩き、咳き込んだ僕を見て、さらに笑い声をあげる渋沢を見上げて僕は、やれやれ、と思った。

 

 京都二条に新政府が樹立する一年前の、寒さの厳しいある冬の昼どきで混む、暖かい空調の効いたびっくりドンキー店内、でだった。

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