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【出版記念対談Vol.1】濱口秀司さんとi.schoolの次の10年を考える

このたび、i.school/JSICエグゼクティブディレクターの堀井秀之が、書籍『イノベーションを生むワークショップの教科書』を日経BPより出版いたしました。本書の出版を機会に、これまでi.schoolの活動を見守って来られた方々と堀井で対談を行っていきます。
対談1回目は、USBフラッシュメモリをはじめ、多くのイノベーションを起こされてきた濱口秀司さんとの対談です。

*両者ともに新型コロナウイルスワクチン2回接種済のため、マスク装着なしで対談いたしました。

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堀井秀之(以下、堀井):i.schoolを始めて11年経ち、最近10年間の成果を書籍にまとめました。次の10年で何をするべきかを考える良いタイミングです。今回、濱口さんに対談をお願いしましたのは、次の10年でやるべき事についてヒントを頂きたいと考えたからです。

濱口流と i.school流の共通点と相違点

堀井:濱口さんには、2010年から毎年 i.schoolにお付き合い頂き、多くのことを学ばせて頂きました。濱口さんのやり方と i.schoolのやり方の共通点と相違点を考えてみたいと思います。

明らかな違いは、濱口さんのやり方が実際に数々のイノベーションを起こしてきたという実績に基づいているという点です。本当に素晴らしいと思っています。

共通点としては、濱口さんが「日本人の特性」と論文集(『SHIFT:イノベーションの作法』ダイヤモンド社)に書かれている通り、「道を究める」という姿勢にあると思います。i.schoolも理想的なイノベーション教育を追求して来ました。

濱口秀司(以下、濱口):実体が違いますからね。わかりやすい例でいうと、私がやっていることはゲリラのようなもので、どこかの戦場で戦ったり、勝つということを、軍隊というよりはほぼ一人でやっています。実戦のところにいて失敗するともう終わり、というビジネスをやっていることが大きな違いだと思います。他に競争相手がいっぱいいて、どうやってちゃんと問題を解決するのかという生き残る術があります。

若干普通のゲリラと違うのは、手法系ゲリラというところです。i.schoolは学校なので、アカデミックな側面も重要で、ゲリラ戦も、グループ戦も、いろいろなやり方を研究することも必要だし、それを教えなくてはならないわけです。

堀井:それはその通りですね。

濱口:初期の頃、i.schoolで感銘を受けたのは、「イノベーションを起こすのではなくて、イノベーションを起こすためのプロセスを設計できる人を輩出したい」という方針です。その方針は正しいと思いました。私も手法系なので、思想の近さを感じ、共感しています。

学びの仕組みのあるべき姿

濱口:ハーバードビジネススクールに行くと素晴らしい経営者になるのかというと必ずしもそうではない。しかし、そこに行くと経営のいろんな視点を学んで、こうやって経営すればいいのだということが分かって、ケーススタディがあるから、実戦にはいかなくても練習することができ、仲間がいて、アルムナイがあって人間的なつながりがあって、明らかにそこを出た人のほうがちゃんとした経営ができる確率が高まっている。学校というのはそういうもの。

i.schoolを通っているのか、通っていないのかで、個別で見ると分からないかもしれないけれど、トータル何百人かを比較した時に何人かに一人はイノベーションを起こしました、そこから生み出された社会的が価値が高まっています、ということを狙えばいい。i.schoolはそうなっていると思っています。

堀井:濱口さんが目指しておられるのは、大企業から依頼が来て、濱口さんのアイディアでイノベーションを起こしていく、そんな成功事例を増やしていくことだと思います。

i.schoolでは、良い学生が集ってくるということがまず重要で、良い学生が集まればあとは良い教育をすれば結果につながってくることになります。i.schoolのKPIは10年後、20年後に日本を変えた100人、世界を変えた100人がリストアップされた時に i.schoolの修了生がどのくらい入ってくれるのかということです。

i.schoolの修了生が、i.schoolの修了生の中から12名を選んでインタビューを行い、今どのような活動をしているかを「解答のない参考書」という本にまとめてくれました。

大学の新入生に読んでもらい、大学生活の過ごし方や将来のことを考えてもらいたいという思いが詰まった本です。何年か前にAERAの編集部の方がi.schoolに来られて、一緒に何かやりたいとのご依頼を頂きました。どうして i.schoolとなのですかとおうかがいしたところ、若手で輝いている方々にインタビューをしたところ、多くの方が i.schoolの修了生だったから、とのことでした。これが i.schoolの目指していることです。

濱口:それは全く同感で、そのKPIは良いと思います。i.schoolは学生だけでなく、社会人の方が参加しておられますが、これは結構重要だと思います。例えばアメリカのMBAも、一旦社会人になってから自分でお金を貯めてもう一度大学に入る元社会人の学生がいっぱいいます。i.schoolも今後は社会人が学生と同じようにもう一度入学するようなことを目指してはどうでしょう。社会人応募というのはあるのでしたっけ。

堀井:社会人を対象にJSIC Schoolというファシリテーター養成プログラムを行っています。i.school流のワークショップを設計したり、ファシリテーションするスキルを学ぶことができます。

濱口:それはすごく良いことで、理想は学生も社会人も関係なく一緒にやることだと思います。i.schoolで学んだことが一つあって、学生に教えるのは非常に難しい。何が難しいかというと、社会経験がないから課題を出すにしてもビジネスの課題ではなく、自分たちに関わりのある事か、社会的課題にせざるを得ません。社会人が入ってくるとビジネスの問題解決を教えやすくなると思います。

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堀井:i.schoolで一年学んだ学生でまだ学生として大学に残っている場合、企業と企業のテーマで行うクローズドのワークショップに入ってもらっています。i.school2年生、3年生の学びの機会です。それは真剣勝負なので良い実践的な学びの機会になっています。

濱口:実際に何か創っていこうすると、一人では創れないわけで、組織の中でどうやって前に進めるかというテクニックや考え方はすごく重要で、知識として製造や販売や財務など全て理解していないといけないし、どうやって巻き込んで、どうやって前に進めていくのかも学ばなければなりません。

堀井:確かに、濱口さんがいつも仰っておられる通り、アイディア創出とインターナル・マーケティングとエクスターナル・マーケティング全てが重要で、1年目にアイディア創出法を学び、2年目、3年目にインターナル・マーケティングとエクスターナル・マーケティングを学ぶことができるようにしたいと思います。

SHIFTか、JUMPか

堀井:濱口さんは従来の事業領域やメンバーで新たな商品・サービスを提供する「SHIFT」にターゲットを絞り、新規事業などの「JUMP」は対象としておられません。i.schoolは「JUMP」を対象としており、ここも濱口流とi.school流の違いなのではないかと思います。最近、日本の企業も「JUMP」の必要性を感じておられるように思われますが。

濱口:「JUMP」をやりたいという話はよくあるのですが、そんなものないわ、と信じています。そこを触るよりも、本体そのもの、あるいは本体の周辺を触る方がよっぽど経済合理性があるし、そこのオポチュニティの方が大きいと思います。組織のケーパビリティとかを冷静に分析すれば、飛び地ではなく、組織に紐付いたものをやる方が動くし、成功すると信じています。

堀井:i.schoolで考えていることは、バックキャスティングによって「SHIFT」のアイディアを創出するというアプローチです。まず、誰もが考えるような未来像ではなく、バイアスブレイキングな未来像を設定します。これは「JUMP」に対応します。次に、その未来像から現在に引き戻して、現在から挑戦可能な「SHIFT」を考えます。

昨年 10週間かけてやった i.schoolのワークショップのテーマは「超高齢社会のイノベーション:スーパー・アクティブシニアを増やす」です。アクティブシニアが幸せな高齢者というバイアスを崩し、若い人から尊敬されるような輝き続けるスーパー・アクティブシニアが当たり前になる社会を考えました。子育てを終え、住宅ローンも払い終え、収入もちゃんとあるスーパー・アクティブシニアは、自分が輝き続けるためにいくらでも投資するでしょうから、大きなマーケットが誕生すると考えられます。今はそのようなマーケットは存在しないので、現時点で挑戦できる「SHIFT」を設計するというアプローチです。

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バックキャスティングというアプローチ

堀井:「SHIFT」のためにベクトルを考え、ベクトルの方向と大きさを決めるというのが濱口さんのやり方ですが、 i.schoolのやり方は、ベクトルの方向を決めるために未来像を考え、大きさを後から現実的に設定するという方法です。

濱口:ベクトルの話でバックキャスティングというのは面白いと思いました。イーロン・マスクの考え方は二段階戦法なんです。すごい未来の話を考えて、それを実現するのではなく、その手前をやることを考えるのです。バックキャスティングに近いと思います。未来像はこうなるであろう、こうなるしかないというもので、そこは違いです。

手前に持ってきた時に何をやるかというと、ビジネスコンセプトが経済合理的に成り立つことを証明するというのが、彼のやり方だと思います。彼は自分個人の力よりも産業の力を信じている。産業を生み出して、沢山の人が入ってくると、未来はそこに到達するはずだと。スペースXもそうで、いつかは惑星間移動していなくてはならないという未来がある。じゃあ火星に行こうぜではなく、スペースXでロケット飛ばして降ろした時に、ちゃんと戻ってきて、経済合理性が成り立つなら、宇宙旅行が成立するということを示している。テスラも電気自動車を造りたいわけではなくて、将来的に全ての物流は自動化させるはずである。その時にメインの動力になるのはどう考えても電気。電気自動車は儲からないという通説を崩して、いや儲かるんですということを証明すると、みんな電気自動車を造り始めて、その時には自動走行、自動運転が始まり自動物流がやってくる。いろんな人達が産業を創り上げるということを目指している。これも二段階。

バックキャスティングの話を聞くと、若干違いがあって、新しい未来を見つけなくてもよく、手前でやることが新規事業を創るということであって、経済合理性がちゃんと成り立つことを証明するというアプローチも面白い。

i.schoolのバリエーションとして、すごく当たり前の未来でもいい、もしくは違う未来を考える。手前を考える時に、手前に引張ってきたビジネスを考える、手前に引張ってきた時に経済合理性が成り立つものを創る、そういうパターンニングがどうかなと思います。

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堀井:現時点からベクトルを創る、方向と大きさを決める。その時、いろいろな決め方がありますね。当たり前じゃないが言われてみれば確かにそうだねというバイアスブレイキングが未来像にあって、バイアスブレイキングが目からウロコで、確かにそういう未来が描けたとする。そこに遠い先のマーケットがあるとして、今からは目指せないのだけれど、中間段階としてどういうのがいいのか、それがベクトルの大きさだと思いますが、それはいろいろなことで決めましょう。インターナル・マーケティングをやるときに、そういう未来のマーケットがあるかもしれません、ありそうだけど不確かだ。

まず、確実にできることをやっておきましょう。やって上手く行ったら次はそこが目指せるのです。そこがあるかないかは、まず近いところでやってみたら、未来のマーケットがどのくらいありそうかが見えてきます、というとインターナルマーケティングがやりやすくなるかもしれない。

濱口:そうですね。パターンとしてはそういうのがあるかもしれない。未来がこれだから、この小さいことをやればいいというパターンもあるんですけど、未来がこれだから、一番中心の事業骨格をこう変えなければいけないというパターンもある。ただしそれは、ある程度のステップが計算されていて、急にJUMPしないように、有効だけれど実行可能な最初のステップがあって、それを何段階か組み合わせていくとちゃんとそこに到達するという設計をする。そのように事業骨格を変えていくという話もある。JUMPじゃない領域も楽しいよ、ということを言いたいだけです。(笑)やりようは沢山あるよということ。

堀井:何をJUMPと呼ぶのかということでもある。i.schoolからのアプローチというのもあるかもしれないし、こういうやり方もある、ああいうやり方もある、こういう時はこういうのがいいという、バラエティを持っているのがいいのかと。

濱口:そういうのをパターンとして知っていると、学生もいいと思います。ある企業で働き始めた時に、どれだけの攻め方のパターンがあるのかということを知っているだけでも全然違う。何も知らないで新規事業を創ろうではなく、例えば8通りのパターンのうちの1つ目のことをやろうとしているとか、そういうのが必要。

堀井:それは濱口さんの言っておられる日本人の特性で、AかBかではなく、どっちもあり、その場その場で一番良いものを選ぶということですね。確かにそういう発想は日本人の強みです。

i.schoolの次の10年

堀井:10年間で育ったi.school修了生が次のステップを彼らの人生の中で歩む時に、i.schoolと一緒に、i.schoolの学生と何か面白いことをやる、そういう時代が次の10年ではないかと考えています。

濱口:そうですね。

堀井:そうだとすると、アイディア発想だけでなくて、もっと大切なコンポーネント、実社会のこと、組織のこと、日本企業の特性とか一緒に学んでいかなければならないフェーズにこれから入っていくのかなと。

濱口:そう思います。i.schoolを見ててビジネススクールを参考に考えています。良いビジネススクールは3つの要素があって、優秀な講師陣と、優れたケース集があって、それも事例だけではなくて毎年いろいろな形で分析したり、編集したりする素晴らしいケース群があって、3つ目はネットワークですよね。その時の同期がいて、みんな偉くなってきて、その時に横のつながりがあります。i.schoolもそれをやらなくてはいけなくて、優秀な講師陣と優れたケーススタディと、ネットワーク。

土台にあるのは研究的なアプローチ。研究的な要素は i.schoolには既にあって。あと残っているのは講師陣をさらにどう集めるか。次にネットワークはすごく重要。ちゃんと集まらなくてはいけない。パーティがいいとは言わないけれど、総会があって、年に1回は一期生から全員が集まって、お互いに情報交換したりとか、発表したりして、卒業生のネットワークを造ることは極めて重要です。

もうひとつはケースですよね。ケースもi.schoolを出た人がやったことがあれば、それをちゃんとケーススタディしたらいい。ケースを貯め始める。そのケースの分析を若い学生にやらせてみる、その時のプロセスを自分で設計してみるとか。素直に優秀なビジネススクールの本質を組み立てていくのがいいのかな。ベースの様々なイノベーションの技法とか研究とかは出来上がってきているので、脈々とやったらいい。講師は集まってきていて、でもここで止まるわけではなくて、もっとアグレッシブに。ネットワークはやっていると思いますが、もっと明示的にやれば。土台造りが10年間で、3つの柱をぐっと強く立てていく。これが次の10年でできると、スクールとしての構造がちゃんとできるのではないかと思っています。

堀井:ありがとうございます。次の10年に i.schoolが何を目指していけば良いのか、すこし見えてきた気がいたします。これまでの10年間と同様に、次の10年間も濱口さんには i.schoolの活動にお付き合い頂きたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

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