これからの人材育成に必要な視点とは?

産業構造が目まぐるしく変化する中、社内の人的資本をどのように活用/育成していくのかはどの企業にとっても喫緊の課題です。そこで2022年は多くの企業が取り急ぎ「DXがわかる人、ITスキルを使える人材を育てよう」というモードになりました。これはかつて「英語で話せる人を増やそう」と、どの企業もこぞって英会話研修を強化した流れと似ています。もちろんニーズに対応した新たなスキルが必要であることは当たり前ですが、果たしてそれだけで人は育つのでしょうか。
このような本質的な問いを議論するために2022年12月にi.school/JSICは経営者や人事担当者を対象にシンポジウム「どんな社員を育成しますか? 〜他社の取り組みから学ぶ一過性に終わらないリスキリング〜」を開催しました。今回のnoteでは、このシンポジウムで議論された内容を抜粋しながら、これからの人材育成に必要な視点について考えていきたいと思います。

1.  人的資本への投資が注目されている背景

「日本型雇用の限界、人口減少による働き手の不足に加えて、ポストコロナで加速した正解のない不確実性、行き過ぎた株主至上主義からステークホルダー資本主義への動き、就労観の変化が重なった」。日本経済新聞総合解説センター編集委員石塚由紀夫氏は、日本企業が人材戦略を再構築する必要に迫られている背景をこう解説した。
日本企業はこれまでほとんど人的投資を行ってこなかった。企業による人材への投資額は対GDP比でわずか0.10%で、他の先進諸国から大きく引き離されている(厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」)。また教育訓練費は一人平均わずか月670円で、本を1冊買い求めることすらできない(厚生労働省「就労条件総合調査」)。
では一体企業はどのように社員をリスキリングしていけばいいのか。石塚氏は、正解のない時代だからこそ「創造力が豊かで打たれ強い人材」が必要だという。具体的には、社外での武者修行や副業から得られるアウェイ体験を促進し、そこで得られた新たなスキルやマインドセットを所属する会社が受け入れることが重要だと力説した。

日本経済新聞総合解説センター編集委員 石塚由紀夫氏
日本経済新聞、日経産業新聞、日経ヴェリタス、日経MJの4紙対象(2022年末現在)
出所:厚生労働省「就労条件総合調査」
出所:厚生労働省
「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」


2.  創造力が豊かな人材

創造力の豊かな人材は育成することができるのか。ここはi.school/JSICの一丁目一番地とも言える教育分野である。2009年に東京大学でスタートした大学生に対するイノベーション教育プログラムi.schoolの発想法を社会人に向けて提供しているのが、ビジネスデザイナー養成講座 JSIC Schoolである。JSIC Schoolでは他の企業の方々と一緒にi.school流アイディア創出ワークショップを自社内で設計、実施する方法論を学ぶ。普段は接する機会がない業種も役職も違う人たちとのグループワークによって、ファシリテーション能力、チームワーキング、新しいリーダーシップの能力も磨くことができる。
このJSIC Schoolで3年間学んだ三井情報株式会社 R&D部/デザイン思考スペシャリスト高瀬恭太郎氏は、JSIC Schoolの一番の学びは「示唆にあふれるフィードバックが受けられること」だという。それは時に「人をどう説得するかではなく、どうしたら人の気持が動くのか」といった新たな視点の持ち方へとつながった。また高瀬氏は、自分が「これだ!」と思える信念やインサイトを発見するまであきらめないマインドが育ったことも大きな収穫だったという。

三井情報株式会社 R&D部/デザイン思考スペシャリスト 高瀬恭太郎氏

3.  打たれ強い人材

あきらめないマインド――これは石塚氏の言う「打たれ強い人材」にもつながる。もともと心理学の用語だった「レジリエンス」は、ビジネスの現場でも使われることが多くなった。レジリエンスとは問題や逆境に直面しても屈せず、成功をつかむためにそれを乗り越えられる力である。
i.schoolには「法人枠」というものがあり、年間を通じて大学生とともに社会人がワークショップに参加する。三菱重工業株式会社は長年に渡り、この法人枠を活用して、社内の中堅社員を育成している。今回のシンポジウムで技術戦略推進室先進デザインセンター主席研究員、山﨑知之氏はi.schoolでの学びをこうまとめた。「i.schoolではもちろんイノベーション創出のためのプロセスを体系的に学ぶことができます。加えて強いイノベーションマインドを持ったエクストリームな学生と議論ができ刺激を受けられること、更に社会人としてどのようにバリューを出していくか、いかにチームワークに貢献するかという他流試合が大きな学びになっています」。


三菱重工業株式会社 技術戦略推進室先進デザインセンター主席研究員 山﨑知之氏

4.  人材育成プログラムの評価

具体的な事例紹介や、示唆に富んだ議論が展開された今回のシンポジウムで得られた視点を更に発展させていくためには「人材育成プログラムを類型化し、評価基準を設けて比較分析を行うことが必要だ」と、i.schoolのエグゼクティブ・ディレクター堀井秀之は締めくくった。加えて、身につけた新たなスキルが所属する組織で認識され、活かされるようなしかけも不可欠である。  
2023年度は企業による様々な人材育成の試みが加速化する年になっていくと考えられる。i.school/JSICでもこれまでの知見を人材育成に活かしていけるような支援をしていきたい。

i.school エグゼクティブ・ディレクター/一般社団法人 日本社会イノベーションセンター代表理事
堀井秀之

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