不可逆と共にある

三日前からわたしは、顔を大事にし始めた。

三日前のわたしは、ふと自分の顔が気になった。
顔が、なんか、気になったのだ。

まず毛穴が気になるし、顔の赤みも気になるし、そして、つやがない。二十代前半の頃、徹夜した翌日はこんな肌だった。今は夜7時間寝てもこんな肌なのだ。
一度気になるとずっと気になる性分なもんで「毛穴 ツヤ」などと検索しまくって、これは乾燥に違いない、そう確信した。
お次は、乾燥には保湿だろうと思い「保湿 プチプラ」で検索する。すごくいいなと思っても、あまりに高価だと手が出せないもの。まずはスモールスタートしたいのよ。

Macの画面には確かにプチプラな基礎化粧品がさまざま表示されて、目移りする。しかし、どの商品が自分に合うのかはどうしたって分からないのだった。
よし。見極めるのは諦めよう。無印だ。こんなときは無印良品にしとくのだ。なんとなく。Macを閉じて、玄関に向かった。

車で近場のイオンに乗り付け、わたしは颯爽と無印に向かう。基礎化粧品売り場は店舗内のわかりやすい場所にあって、すでに何人もの人がその島の周りであれこれ物色している。
何がイイものなのか分からない、こんなときは無印だ!と決め込んだものの。わたしはこれまで無印の化粧品を使ったことがなかった。公式サイトを見て、どうやらシリーズがいくつかある、ということだけはわかっているのだけど。
そこでぐるりと島を周ってみると、ラミネート加工された基礎化粧品の一覧が目に入った。肌のタイプや保湿の度合い別に商品が並んでいる。なるほどなるほど。そこから、自分に合いそうな化粧水とオイルを選んだ。そして化粧水の前にぬるとよいらしい導入液もカゴに入れる。よし、と小さく声に出して顔を上げると、隣の売り場の店員さんと目が合い、笑顔で会釈してくれた。何やらわたしは恥ずかしくて、謎のキメ顔を返してしまった。店員さんはにっこりしてくれたが、恥ずかしい出来事が起きたときに、さらに恥ずかしいことをしてしまうのはなぜだろう。セルフ恥の上塗りである。

その日から、朝晩、それまでよりも入念に手入れをしている。夜のクレンジングはこれまでも時々使っていたちふれのコールドクリームを使い時間をかけ、洗顔はあえて行わず、風呂からあがればすぐに導入液と化粧水を叩き込む。そしてうっすらオイルを重ねる。どうせなら気になるところ全部保湿したれ!と思い、二の腕やお腹、おしり、ふくらはぎや膝まで同じく手入れ。ワタシやってます感、がめっちゃある。時間もかかるが、これは投資だと決める。

4歳双子と毎日お風呂に入る身としては、することが増えるのは手間である。二人より少し早く脱衣所に行ってクレンジングを始め、二人が来て一緒にお風呂に入ったら双子を先に洗って拭く。パジャマ着てね、と5回くらい言えば着てくれるようになった。育児がずいぶん楽になった、と思う。双子がリビングでパジャマを着る間に自分は風呂場に戻ってざばっと各所を洗って、身体を拭き、肌のお手入れをするのだ。

ああ、思い出すな。双子が歩くまでは、ひとりでお風呂に入れるのが大変だった。
夫がいない日は脱衣所にベビービョルンの、なんだっけ、ゆれるやつ、あれを持ってくる(過ぎ去った育児用品の名前を忘れてしまう)。そこにひとり突っ込んでゆらし、もう一人を風呂のドアを開けたまま洗う。洗ったらバスタオルにくるんで、一瞬脱衣所の床に置いて、洗ってないひとりを抱き上げ、床の子をゆれるやつへIN。同じく洗った子をバスタオルでくるんで床へ。そんで風呂のドアを開けたまま自分のことをばばばばっと洗ってテキトーにタオルで拭く。二人とも泣いてなかったらオールインワンジェルを出してぺぺっと肌にのせて撫で回すが、ひとりでも泣いてたらそのまま二人を抱っこしてリビングに持っていく。自分の顔の手入れは、すっかり優先順位が下がってしまっていた。

時が過ぎ、子どもらは多少ほっといてもいいくらいに成長した。考えてみれば、今回のお肌が気になる現象も、余裕が生まれたからこその「なんか気になる」なのかもしれない。

こうして手に入れた基礎化粧品で手入れを始めて三日経った。効果は、多少ある。ああ、こんだけ手間をかけたのに多少かよ、と思う。でも、多少なんだよね。毛穴は多少よくなってきた。お肌は前より多少、弾力がある。つやはよくわかんない、オイルつけてるし。でも多少つやつやしてるかな。ほらね、ぜんぶ多少。

しばらく続けたら、4歳のようなすべすべ陶器肌になるかしら、などと夢想しても、叶いやしないのだ。

森羅万象の不可逆性を、身を持って知った夜であった。

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書き終えて思い出したけど、ベビービョルンの揺れるやつって「バウンサー」だね。ベビービョルンが出てくるのにバウンサーは出てこなかったわ。

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