長﨑 太一

小説を書く人。 『河童堂奇譚 四月一日の客』 著:長﨑太一 お聞かせください、奇譚、…

長﨑 太一

小説を書く人。 『河童堂奇譚 四月一日の客』 著:長﨑太一 お聞かせください、奇譚、怪談、法螺話。 河童堂で繰り広げられる、九つのエピソード。 ◆Amazon・楽天kobo・hontoなど計24店の電子書籍ストアより配信中 amzn.to/3rgznNJ #小説 #町中華

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【短編小説】春もどき

「相談したいことがある」  友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。  彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下していると、彼は 視線を蛹に向けたまま「何が出てくるか楽しみですね」と勝手に同意

    • 【短編小説】ジュース

       ぶぅーん。という冷蔵庫の音が聞こえるほど静かだった。4LDKの部屋の中には俺と友人の2人だけ。いつもは明るく美人の友人の奥さんが手料理を振る舞ってくれるのだが、今日は彼だけだ。  「聞いてほしいことがあるから」と連絡があり、昼過ぎに彼の家を訪れた時は明かりも点けずに、寝起きのスウェット姿の彼だけが出迎えた。  さすがにリビングは照明がついているので暗くはなかったが、カーテンは全て神経質なまでに閉められ圧迫感を感じた。彼は慣れない様子で冷蔵庫を開け閉めしたり、ガチャガチャと食

      • 【ショートショート】攻略法

        「おいっ、ミワコ、ミワコ、起きろよ」 「んっ、いたたたた、何、えっ、いやぁ」  二人は下界が見えないほどの遥か上空で、透明な立方体に閉じ込められていた。 「どうゆうことなの、ねえヨシオ!どこなの、ここは!」  「落ち着け、深呼吸だ。俺も最初はパニクッたよ、でもな多分これはゲームだ。ARだかVRだか知らんが、映画とかアニメで見たことあるんだよ、ゴーグルかけたり首にプラグ突っ込んだりさ。 「何?そんなものないわよ、何なのよぉ」 「大丈夫だって、まあ聞けよ。よくある設定なんだ。

        • 【ショートショート】狼少年Zero

          「狼がでるぞ〜!」少年は必死に声をあげる。 姿すら見えない狼の襲撃を吹聴する少年はいつしか《狼少年》と揶揄されるようになった。そんな彼を村人達は「可哀想に……気を引きたいんだわ」と哀れみ。「嘘つきめ」と嘲笑う。 一月前、村人達は行き倒れていたのを保護して仕事まで与えてやったのだ。彼はその頃から、狼が出ると言っていた。 最近は狼の毛皮が高く売れるので、多くのハンターが森に入り狼を狩る。そう遠くない未来に絶滅するだろう。村の長老達ですら、もう何年も村の近くで狼を見ていない。

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        【短編小説】春もどき

          【短編小説】雨宿主

          大工の亀吉は村外れの寺の修繕を終え、のんびり帰る道中だった。サワサワサワ。笹の葉が風と雨に揺れる音がする。 生暖かい風が背を押すと同時に雨が亀吉を濡らした。初めこそ温く優しい雨だったものだから、濡れながら歩けばいいと呑気に歩いていたが、次第に雷が轟き冷たい大粒の雨が降り出した。 風邪をひいては困ると、走り始めたが亀吉の住む長屋まではまだ遠く雨に打たれて走るのでは息も続かない。ふと、今朝、寺までの道中の斜面に洞穴に祀られた祠があったのを思い出した。あそこなら、雨宿りができないだ

          【短編小説】雨宿主

          【ショートショート】祖母・ボソボソ

           もともと商売人ではきはきとして元気だった私の祖母は祖父が亡くなって以来、歩く姿もふらふらと危うく、目に見えて気力を落としボソボソとしか喋らなくなった。 祖父は酔うと決まって話すことがある。祖母との馴れ初めだ。 「婆さんが結婚しなきゃ死ぬって言うからなぁ。橋から飛び降りてやるぅ、って言うもんだから仕方ななく…たなぁ」そう言って強くもない酒を煽る。祖母はその話が始まると照れくさそうにモジモジする。 祖父が亡くなって初めての正月、祖父の席はあけてある。そこにお節料理を小皿にとり

          【ショートショート】祖母・ボソボソ

          【ショートショート】ハザード

          豪華客船が漂流し数十日、十分にあった食料も尽き、体力のないものから死者がで始めた。 食料は無く救助がいつくるかも分からない海の上、それは暗黙の了解である。 料理人が《ウミガメのスープ》だと言って、細かい肉の入ったスープを振る舞った。肉が細かく切り刻まれているのは、せめてもの配慮だろうか。出汁をが出やすくなるための工夫だろうか。やたらと塩味が強かったが、飢餓状態の人間にとっては堪らなく美味で、毎回貪るように食い尽くされた。 それからも何度かスープが作られた。誰かが死んだ日、彼ら

          【ショートショート】ハザード

          【短編小説】白銀の背中を

          白い轟音の中。皮膚はもはや痛みを感じること無く鋭く突き刺さるような吹雪の振動だけを伝える。まつ毛は凍りつき辛うじて目を開けることができる。僅かな視界の先に薄い人影を捉えながら、見失わないように必死で歩を進める。人影の正体は俺の相棒だ。しかし、アイツは俺を案内している訳ではない。俺はアイツを追い越さなければならない。さもなくば、俺は間違いなく死ぬだろう。三年前に俺が殺したアイツと同じように。 三年前、吹雪の中で俺はアイツを殺した。 仕方が無かった。滑落したアイツは崖で宙吊りに

          【短編小説】白銀の背中を

          【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

          生ぬるい雨がフロントガラスにぶつかって落ちる。壊れたカーエアコンは溜息のような風しか吐かない。 俺は雇われの身だ。職業は探偵、個人営業主ではない。所謂、サラリーマンだ。会社には申請していないが、俺には霊が視え、時には会話する、所謂、霊能探偵ってやつだ。 春とも冬とも言えない湿気に満ちながら、若干の肌寒さを残した中途半端な季節の夜10時、俺は車を運転していた。黒いデカい車を。こんな居心地の悪い夜くらいは仕事を忘れてドライブをしたかった。 「ラジオを消してくれませんか」 助手

          【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

          【連作短編】探偵物語日記③〜創造主は遊ばない〜

           依頼人は高校生だった。髪は長めで面長な様子から勝手に引退したサッカー部かと思ったが、野球部部長17歳、つまり高校2年生だった。今時の野球部は坊主頭がでなくていいらしい。依頼料が不安だったがお年玉とバイトで貯めた金は想像以上に纏まった額だった。しかし、相手は未成年。さすがにそのまま受け取る訳にはいかず、家を訪ねて保護者からも事情を聴くことにした。道中、身の上話を聞いた。  彼には失踪した歳の離れた兄がいるらしい。兄と言っても義兄らしく、今から話を聞きに行く母の息子だ、依頼人は

          【連作短編】探偵物語日記③〜創造主は遊ばない〜

          【連作短編】探偵物語日記②〜桜吹雪は逃さない〜

          会社のテレビは常に垂れ流しか社長が相撲を視る以外には使われない。今朝はたまたまニュースだった。「……から発見された複数の遺体は、」  俺には聞き覚えのある地名だった。    俺の勤める探偵社は不定休だ。その日も例のごとく「今日はは休みな。お疲れさん」と当日に社長から伝えられた。俺には予定も無く、隣町の公園に来ていた。公園と言っても元は巨大な溜池の周りに木を植え、遊歩道をつくり、申し訳程度のベンチが置かれただけの場所で遊具などは何も無い。俺はそのベンチの1つに腰掛け、道中

          【連作短編】探偵物語日記②〜桜吹雪は逃さない〜

          【連作短編】探偵物語日記①〜レントゲンには写らない〜

          「いってらっしゃ~い、あなた」 俺は探偵だ。そして俺には妻がいる。愛おしい妻がいる。愛らしい妻がいる。アニメや漫画、小説なんかで探偵と言えば大抵、飄々とした独身だったり、離婚経験者だったり、でも別れた妻とはやけに仲良かったり、そして洒落たバーで洒落た夜をともにしたり。だが、簡単に小説のようにはならない。しかし、俺には甘い声で見送ってくれる妻がいる。ヒラヒラと手を振る妻の右手とは逆の左手首には、真新しい包帯が巻かれていた。三日前、買い物帰りに転んで手をついてしまい、手首にヒビが

          【連作短編】探偵物語日記①〜レントゲンには写らない〜

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く ~故郷・後編~

          「お電話した岩藤です」  男の声に囁聞霧江の脳は妄想の世界から現実に引き戻される。  年は五十歳前後、岩藤良夫は痩せた体に髪は薄く不精ひげには白いものが多く見える。  霧江は彼に話しかけられる少し前から、誰かを探すような動作を察して岩藤らしき男を視界に捉えてから、霧江は妄想に耽っていた。彼女は依頼者の生い立ち、性格、言動などを妄想して会話のパターンをシュミレーションする。そうして、相手が一番望んでいる言葉を囁く。それ以外は相手の話を聴くだけだ。大抵の人間は聴いてもらうだけで満

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く ~故郷・後編~

          【短編小説】カワクボ

          40代の男が二十歳やそこらの女子大生と付き合うことに少なからず後ろめたさを感じている。しかし、私には妻や子、家族はいない。 俺が若い女と付き合おうと勝手ではないか。 『皮久保です。河川のカワでなく皮膚のカワって書くんです』 『ステキ、ピッタリですね、私達』 街の婚活イベントで出会った剃町 由美子は俺の目を見つめそう言った。何がピッタリなのかと私は思ったが、俺は彼女の愛らしい顔と露出の多い肌を眺めるのに必死で理由なんて考える暇は無かった。 俺は浮かれる心に従い、シャン

          【短編小説】カワクボ

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ》は枯野を歩く ~故郷・前編~

          『旅に病んで夢は枯野をかけ回る』松尾芭蕉  故郷は遠くにありて思うもの。故郷と書いて田舎と読む。故郷とは多くの人が帰りたいと思う場所のはず。  岩藤良夫の故郷には何でもあって何もない地方都市の郊外にある。自分の町からでなくとも生活はできる、贅沢やファッションに無関心なら。そんな地元に帰ることはないと思っていた。  電車を在来線に乗り継ぎ無人駅に降りた。とうの昔に管理を見放された灰色の駅、公衆トイレからの悪臭が僅かに漂っている。  実家まで徒歩十五分、昔を思い出しながら歩い

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ》は枯野を歩く ~故郷・前編~

          【短編小説】一人焼肉

          大沢謙二は、少し厚くきられたタンをほんのり炙り、レモンを絞りネギを巻き頬張った、二度三度噛みしめ溢れる唾液と共にビールで流し込んだ。肉の余韻を残しながら大きく息を吐き出した。 以前、業務用スーパーで加工前のタンを見かけたが意外に大きくグロテスクだった。これが家畜の物でなく、自分のだったらと考えるだけでゾッとする。そう思いながら、カルビを裏返した。 すぐ横を通った店員を呼び止め追加注文をした。 「生ビールのおかわりとレバーにシマチョウ、ご飯の大、いや、小を、以上で」 店員は「

          【短編小説】一人焼肉