映画「オッペンハイマー」のとめどない感想文
映画はオッペンハイマーが非公式の裁判にかけられているところから始まる。
ノーラン監督は「観客にオッペンハイマーの人生の追体験をしてほしかった」とインタビューで答えていた。それが正しく実現されている映画だと思う。
ただ、扱っている人や出来事のショッキングさに比べると、描き方はかなりシブい。同監督作品のインターステラーとかテネットのSF要素が好きな人とかはあんまり楽しめない気がする。
じゃあ、どういう人がこの映画を楽しめるのかと考えると、多分、やっぱり、物理が好きな人向けの映画なのでは…? と思うのだ。
私は昔から物理が好きなので、この映画は「日本人として見るべき」という理由を差し引いても、なんだか強く惹かれてしまう。
原子爆弾を作った人の映画に惹かれるなんて発言は良くない発言なのかもしれない……が、私を引き付けてやまないものがこの映画にはある。
「退屈だった」という感想も見かけたが、少なくとも私は1秒たりとも飽きることなく3時間の映画を見終わることができた。退屈な人はきっと、エンターテインメントを期待していたのだろうと思われる。
もちろん、エンターテインメントの側面も持っていると思う。しかなしながら、物理学への興味のようなものを持っていないなら、つまらん、と感じてしまっても仕方ないだろうなと感じる。
(逆に、なんで私は、この日本において賛否両論しかない本作品にここまで惹かれてしまうのか謎に思うくらいだ)
物語について。
オッペンハイマーは、単純に、めちゃくちゃ天才。かつ、仕事が恐ろしくできる上司(部下の適性を見抜き、信じ、仕事を任せ、不測の事態にも動じず、感情的にもならない、という意味での「仕事ができる」)。
だが、プライベートでは他人を介さないと自分のことが分からない困った人でもある。結婚前から続いている愛人に振りまわされたりもする。倫理的には勿論アウトだけど、人間らしさは突き抜けている。入党しないものの、左の思想に傾倒する様もしかり。
また、奔放さがありながらも、妻・キティとの信頼関係は強固だ。ちょくちょくヒヨるオッピーに対し「甘っちょろいこと言ってんじゃねぇテメェがしっかりしろやボケ(意訳)」と幾度となくブチ切れる姿には強い絆と多角的な愛を感じる(天才の妻もまた天才である、アルコール依存症だが)。
私は、オッペンハイマーがどうにもならない想いを、心の中で火にくべ、人知れず燃やし、灰にして葬り続けているような気がするのだ。
私にとって、哲学者のような彼の姿は尊い。だまって、辛抱強く、弱音を吐かず、淡々と。
さすがに愛人が○○○○ときはひどく混乱し憔悴するのだが、それでも生きていく。自分が始めたことなのだから当然と言えば当然。だが、淡々と責任を引き受け生きられる人間はそう多くない。
そして妻・キティは同じ物理学者だったからこそ、夫婦関係や子育てが、それはもう大変だったはずの時期を乗り越え、夫に仕事をさせ、最後まで一緒にいた。(彼女は彼女で映画作れそう)
そんなオッペンハイマーが「居なければ原爆は作られなかった」ということは、まずないはずだ。
当時、各国が競い合って原爆を作ろうとしていた。アメリカ以外で原爆が作られてしまっていたら、さらに世界がぶっ壊れていた可能性は高い。落とされるのは日本ではなかったかもしれないが。
……ならば、せめて、アメリカで作らないと、と考えた部分は「まぁ、そうだろうな」と私も感じる。
ただ、落とすかどうかは別だし、もう少し外交上での努力(両国ともにだが特に日本)はできたのではと感じた。映画だけで判断はしちゃいけないのかもしれないし、後から何を言ってもしょうがないけど。
ここら辺からは怒られるかもしれないが、日本は、ある種の驕りから世界の人柱となってしまった気がするのだ。あの様な出来事は到底肯定されることではない。が、「そうならざるを得なかった道筋があったこと」だけは、79年後を生きる私は理解する。
一度では観足りない。感想を書くのも憚られる(のでこれを書くのに相当時間がかかってしまった)。だのに上手く「オッペンハイマー」を説明できたとも思えない。
しかしながら、私はこの映画が好きであることだけは伝えたい。
当事者や関係者からしたら、オッペンハイマーは悪魔だ。「悪魔の人生」なんて映画、悪魔ってだけで忌まれても当然かもしれない。
しかし、時代のうねりの中で人が生きるということのは、ひとつ「こういうことでもある」と示してもらった気がする。
世界にとって福音でない鐘を鳴らすしかなかった天才が存在した話は、少なくとも、今を生きるしかない私の心を、驚くほど補強してくれる。
(いつも私は、世界の、単純に素晴らしいもの、ではなく、強く真摯に生きている人間の様に勇気を貰っている)
映画の登場人物(物理学者ハンス・ベーテ)のお孫さんが感想を書いてた。面白い時代だなぁ。
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