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[Director’s Note] 三好十郎『胎内』

【京葉演劇研究會 三好十郎『胎内』演出ノート】

三獣行菩薩道兎焼身語

 猿、狐、兎の三匹が、山の中で力尽き倒れている老人に出逢った。三匹は老人を助けようと考え、猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。しかし兎だけは何も採ってくることができなかった。自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考え、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。

 これは古くは仏陀にまつわるエピソードとして語られ、本邦の『今昔物語』などにも収録されている昔話です。仏教説話として多く語られる「他者の幸福のために自分の身を犠牲にすることができるか?」であり、その精神の崇高さと、そもそも人間にはそのようなことはできないということを逆説的に伝えているのだと思います。

 今作の作者である三好十郎は第二次世界大戦を体験し、世界が破滅した姿をその眼で見ました。そこで彼が考えたこと、自分と自分以外の皆んなが幸福であることの難しさがこの戯曲には書かれています。悩み、悩み、そして悩み抜いた人間の言葉を、皆さんには"月に昇った兎"のような視点でご覧頂けたらと思います。再び世界が破滅する前に。

 本日は御来場まことにありがとうございました。

石井幸一

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