見出し画像

邦キチー1グランプリ 70年代のストリートで撮られたHIPHOPの根源的カンフー映画『殺人的護身術』

 部室。この日は珍しく邦キチがおらず、何故かヤンヤンと二人で過ごすことになった洋一。画面に流れるスタッフロールを眺めながら、一息つく。
「いや~久々に見たけど、やっぱり面白かったな『ストレイト・アウタ・コンプトン』! 俺、結構好きなんだよな~HIPHOP」
 フリースタイルダンジョンも好きだったし、とつけ加える洋一の顔はどこか腹立たしい。
 そんな洋一を怪訝な顔で見るヤンヤン。
「お前なんて洋楽かぶれのミーハー馬鹿だろ」
「そこまで言うか? というかヤンヤン、お前もそんなヒップホップ詳しくないだろ」
「なにを言うアルか。ヤンヤンはアジア映画……つまりカンフー映画好き」
「ああ」
「そしてカンフー=HIPHOPアル!!!」
「そんなわけないだろう!」

「それがそうでもないアル。そもそもヒップホップ文化の成立にはカンフー映画の存在が欠かせないとされているアル」
「そ、そうなのか?」
「アメリカの貧困層において安いカンフー映画はそれほどお金をかけずに見れたというのもあるが、白人主人公の映画ばかりだった時代、中国人が己の拳のみで戦う反逆と闘争の精神は当時のアフリカ系アメリカ人に響いたとされているアル」
「意外とちゃんとした理由があるんだな」
 他にもHIPHOPとカンフー映画の関係性はNetflixで配信されたドキュメンタリー『鉄拳とジャンプキック カンフー映画の舞台裏』で示されているが、現在視聴する手段はない。『新・片腕必殺剣』(71)におけるティ・ロンの動きとブレイクダンスの関連性は注目に値する。
「ラッパーでもウー・タン・クランはもちろん、ケンドリック・ラマーなどカンフー映画好きを公言している人も多いアルな」
 それから「ちなみにケンドリック・ラマーとSZAがカンフーするMVは名作アル」と付け加えるヤンヤンと、それに「『ブラックパンサー』の主題歌コンビ!」と驚く洋一。
「そんなわけでカンフー×ヒップホップな作品は多い。ヤンヤンも自然とヒップホップに詳しくなったアル」
 腕を組んで説明するヤンヤンの背景にあるのはRZA監督主演の『アイアン・フィスト』や、ジェット・リー、DMX共演の『ロミオ・マスト・ダイ』『ブラック・ダイヤモンド』といったヒップホップカンフー映画の数々。

「そしてそんなヒップホップカンフー映画の原点にして、ヒップホップの根源である70年代のストリートで撮られたカンフー映画があるアル」
「そんな映画、存在するのか?」
 興味を惹かれる洋一。
「その名も『殺人的護身術』!」
「当然のように知らん……」
「監督は当時のヒップホップ・カルチャーを世に知らしめた聖典的映画『ワイルド・スタイル』のチャーリー・エーハン!」
「おお!」
 驚いてみせるが、チャーリー・エーハンのことをよく知らない洋一。
「主演はストリートの武術家にして、中国系ギャング『ゴースト・シャドウ』の元メンバー。そしてハーレム街の悪名高き麻薬ディーラー、ニッキー・バーンズの命令でバイカーギャング『ブラック・ファルコズ』のメンバーを単独で打ちのめし、金を取り立てたことからハーレム中で「ブラック・ブルース・リー」と呼ばれたネイサン・イングラム!」
「待て待て待て待て!」
 すかさず止めに入る洋一。
「なんだその人は! その、映画に出ていい人なのか?!」
「色々言いたくなるのはわかるが、銀行強盗を素手で倒して当時のニューヨーク市長に褒められたりと、基本的には地元からの信頼も厚い高名な武術家アル」
 ニッキー・バーンズと仕事したのもその一度だけと補足するヤンヤン。
「どちらにせよとんでもない経歴……」

※ネイサン・イングラムのインタビュー記事。他にもブラック・イーグルズとの抗争である「プールホールの虐殺」に関わっていたことを語っています。

※銀行強盗の件。こちらはニューヨークタイムズのアーカイブなので特に信頼性は高いのではないかと思われます。

「そんなストリートの武術家ネイサン・イングラムと後にヒップホップ・カルチャーの聖典的映画を撮るチャーリー・エーハンが出会い、まさにヒップホップが産声を上げようとする70年代のニューヨークで撮ったカンフー映画が『殺人的護身術』アル!」
「説明だけ聞くと凄そうな映画だ……」

「まずOPは功夫映画お馴染み演武のシーン!」
「おお、カンフー映画っぽい!」
「そして自己紹介!」
 演武の途中、カメラに向かって「俺の名前はネイサン・イングラム。この映画のタイトルは『殺人的護身術』」と自己紹介するネイサン・イングラム。
「何故!?」
「本編61分しかないからな。尺のタイパアル」
「タイパってそういうことじゃなくないか?」

 気を取り直して、『殺人的護身術』の説明を続けるヤンヤン
「物語はストリートにおける二つのカンフー道場の対立! これは『キングボクサー/大逆転』や『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』などで見られるカンフー映画の王道展開アル」
「一応、カンフー映画を踏襲しているんだな」
「ネイサン・イングラムと対立する道場の名前はディスコ道場!」
「ゴキゲンな名前……」
「ディスコ道場では瞑想中の子供に大麻の煙を吹きかけるアル」
「全然ゴキゲンじゃない!」
 書き文字で「他にもディスコのチケットを売りつけたり、ドラッグのパッケージを生徒にさせたりしてりるアル」と付け加えるヤンヤン。


「ディスコ道場の悪事による街の腐敗。これに危機感を覚えたネイサンは対抗してカンフー道場を開くアル」
「道場だけでなんとかなるものなのか……?」
「やがて道場間の抗争は激化! ディスコ道場はネイサン・イングラムの暗殺を企むアルが、誰に依頼したと思う?」
「ウーム。やはりストリートギャングの殺し屋か……」
「もちろん忍者アル」
「もちろん忍者!?」
「カンフー映画の悪役と言えば忍者! 真のカンフーマスターは常に忍者と戦ってきたアル!」
 そう説明するヤンヤンの背景に浮かぶ『少林寺VS忍者』や『アルティメット・バトル 忍者VS少林寺』『龍の忍者』『忍者大戦』『少林拳対五遁忍術』といった、忍者が出てくるカンフー映画の数々。
「こんなに……」と忍者カンフー映画の多さに圧倒される部長。
「『殺人的護身術』に忍者が出てくるのも、間違いなくネイサンが真のカンフーマスターであり、本作がカンフー映画であることを示す揺るがぬ証拠アル」
 そう説明するヤンヤンの背景に浮かぶ、ネイサン・イングラムに宛てられた「赤ん坊が欲しければ今夜8時に家の屋上へ来い。忍者より」(訳文ママ)という手紙。洋一はヤンヤンの主張に「そうか……?」と半信半疑の様子。

「それよりさっきから見ていて気になるんだが、映像が荒いというか安っぽいというか……」
「それもそのはず。映画の予算は2000ドルだからな」
「安!!」
「しかもそのほとんどはエキストラのピザ代に費やされたアル」
「ピザ!!? ちょっと待て。それで映画が完成するのか?」
「完成だけはしてるアル」
「完成だけはって……」
「正直に言おう! 『殺人的護身術』はインディーズ映画にも満たない、ただの近所のカンフー映画好きの兄ちゃんたちが土日だけ集まって撮ったDIYカンフー映画アル」
「DIYカンフー映画!?」
「映像はチープ! 役者は素人! 話も行き当たりばったり! カンフーアクションもちゃんと撮れているとはいいがたい」
「それ、結構だめな映画なんじゃ……」
「しかし、ヒップホップが産声をあげようとしているNYをそのまま切り取ったドキュメンタリーのような映像は、色鮮やかなストリートの脈動と当時その場所で生きた若者たちの息遣いをリアルに感じることができるアル」
 背景に浮かぶ『殺人的護身術』冒頭のワンシーン。『ワイルド・スタイル』主演のリー・キノーネが手掛けたグラフィティ・アートが美しい。
「この映画を通じてネイサン・イングラムが伝えたかったのは、武術を学べばギャングになったり、ドラッグを売ったりしなくてもいいということ!」
 ヤンヤンは畳みかけるように言う。
「それはまさにブルース・リーが己の哲学をカンフー映画で伝えたように、ラッパーたちがストリートのリアルをヒップホップで伝えたように。まさに『殺人的護身術』は真のヒップホップカンフー映画と言えるアル!!!」

 洋一は感心したように息を吐く。
「最初カンフー=HIPHOPと言われた時は耳を疑ったが、あながち間違いじゃない気がしてくるな……」
「ちなみに、『殺人的護身術』でネイサン・イングラムが使ってる武術は空手アル」
「じゃあカンフー映画じゃないじゃん! 台無しだよ、なにもかも!」
「そこはアジアを一緒くたにする雑なアジア観というか……とにかくMEME的にはカンフー映画であることは間違いないアル」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?