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ケヴィン・ローランドの問題作『My Beauty』

 これまで目にしてきたアルバム・ジャケットで、その衝撃の大きさについ声が出てしまったものはいくつかある。そのなかでもとりわけ絶叫にちかい大声をあげてしまったのが、プリンスの『Lovesexy』とケヴィン・ローランドの『My Beauty』だ。この2枚のインパクトはとにかく大きかった。

 裸体のまま、ボンヤリと恍惚の表情で横たわり、ポーズをとるプリンス。で、そのタイトルが『Lovesexy』。残念なことに当時の自分はここにLoveもSexyも感じることができなかった。いや、率直にいってここにはヌメヌメしたナルシシズムしか感じられなかった。前作『Sign O' The Times』は大好きなアルバムだったし、彼の才能は知っていたつもりだったが、このジャケットの気味悪さはこのアルバムを聴くことをためらわせた。
『My Beauty』も同じように感じるアルバムだった。それまでそんなことをしそうもなかったローランドがいきなりのこの姿である。しかもセクシーなどという言葉とはまったくかけ離れたみすぼらしさ。ポーズをとっているといった感じではなく、プライベートな姿をはからずも撮られてしまった、といった風情だ。デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズが大好きだった自分にとって、これはありえないことだった。好き嫌いはあるにしても『Lovesexy』のジャケットにはプリンスの美学が感じとれたが、『My Beauty』のジャケットにはただローランドの無防備な姿が写されているだけで、いったいなんの目的があるのかまったく理解できなかった。

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『My Beauty』は彼の2作目のソロ・アルバムで、前作から11年ぶりの音源だった。長いブランクには彼のドラッグの問題があったといい、そういった意味では再起をかけたアルバムともいえる。アルバムは全編がカヴァーで、ゴージャスかつ大胆なリアレンジにはローランドの才能がきらめいている。練りに練ったというアルバムには彼のすさまじい創作意欲があらわれていて、音にかけるその集中力は極限まで研ぎ澄まされている。『My Beauty』というアルバム・タイトルも、ローランド自身のドラッグの業が抜け落ちた、精製された美学の作品であるとも受け取れる。
 ただ、それだけに、この再起作にあのジャケットはとても疑問なのである。最近のインタビューで、"いや、本当は服を着ていたかったんだ。ただ、直感でやっただけなんだ"などと語っているローランドだが、いったいどういった直感だったのだろう? 
 発売時、アルバムのセールスは極端に低迷した。ジャケットばかりが話題になり、アルバムそのものの評価を決定づけてしまったというのが大きな理由だったように思える。デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのときから策士だったローランドだけに、このジャケットが衆目を集めることは当然自覚していたはずだ。が、なんらかの誤算があったのだろうか? インタビューではうそぶいている彼だが、本当の狙いはどこにあったのだろう?

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<シングルとなったConcrete And Clayもこんな感じ>

 それはともかく、ローランドはこのアルバムのリイシューを決めた。21年ぶりにリイシューされるこのアルバムの復権はなされるだろうか。このアルバム以後、ちゃんと服を着てデキシーズを復活(バンドは改名され"デキシーズ"と短縮された)させたローランド。彼はいまもマイペースにバンド活動を続けているが、このアルバム『My Beauty』はいまのデキシーズの音楽性につながる老成した作品であった。2016年にはバンド名義で2枚目の全編カヴァー・アルバム『Let the Record Show: Dexys Do Irish and Country Soul』も発表しているが、そのことも踏まえてみると、ここにある音楽こそはかられてしかるべきだろう。ローランドがいまになってこの問題作をリイシューした本当の意味も知りたいところだが、それと同時にその価値がいまの時代にどう受けとめられるのか、気になるところだ。

 アルバムのリイシューに先立ち、新たに発表されたMVがこれ。映像は、『My Beauty』がリリースされた1999年当時の世相を映した映像から始まり、ゲイの青年が踊る現代へと移り変わる。発表当時はセクシュアリティの部分から断罪されたようなアルバムだったが、LGBTなどの言葉が浸透してきた現代に、この映像でもって当時の偏見を断罪しているようにみえる。これはローランドの逆襲なのではないか。セクシャルマイノリティの3人が踊りながらうたうスタイリッシュな映像は、曲と密接にリンクし、素晴らしいものとなっている。そして、エンド・クレジットで、この青年がローランドの孫であることが映し出される。偏見にさらされた過去の自分と、いまを生きる孫を対比するように交互に映す映像は意味深だ。ただこれは、本質をみてほしいというローランドのシンプルな思いなのではないだろうか。

 アルバムは来月リリースされる。あらためてこの作品を見つめなおしてみたい。

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