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スラムダンクの新装再編版を語る〜第12巻:田岡茂一監督の「我慢しながらも、我慢しきれなかった采配」は最善手だったのか。

どうも、いしかわごうです。

2022年12月3日に映画『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されます。いよいよ近づいてきました。

というわけで、新装再編版「スラムダンク」を語るシリーズ。今回は第12巻のレビューです。

第12巻のタイトルは「湘北vs.陵南2」
#162 2nd HALFから #174 BLUE COLLAR までの13話分の収録です

まずは表紙の考察から。

赤木剛憲です。陵南戦後半、味方を鼓舞しているゴリの姿です。

帯コメントは「みんな、すべてを賭けてくれ!!」

残り8分、いよいよ全国が見えてきた時間帯。そのカウントが始まった中でゴリの賭けてきた思いが伝わるイラストと帯コメントにはなっていますね。

では本編です。

■田岡監督の「我慢しながらも、我慢しきれなかった采配」


 第12巻で語りたいのは、陵南高校の田岡茂一監督の采配です。

この後半、ゲームの流れを大きく変える出来事が起こります。

 それは陵南の2メートルセンター・魚住純の4ファウル。桜木花道が特訓していたゴール下のシュートをブロックしにいった際に、痛恨のファウルを取られてしまいます。

 残り時間が十分以上も残っている中での4ファウル目。退場となる5ファウルにリーチとなったことで、陵南は魚住をベンチに下げて、ラスト5分まで耐える我慢の展開を余儀なくされることとなりました。ちなみに前日に敗戦した海南戦で魚住は退場しています。魚住がコートにいない影響がいかに大きいかは、陵南の選手も読者もよくわかっていたと思います。

 実際、控えセンターの菅平では赤木剛憲には歯が立ちません。ここのマッチアップを作られて、得点差がどんどん開いていき、湘北優勢の展開に傾いていきます。

 さらにはエース・仙道彰を赤木剛憲が会心のブロック。湘北は押せ押せとなり、その勢いに陵南は飲み込まれつつありました。

 この状況下で難しい判断を強いられていたのが、陵南の田岡監督です。

 魚住の投入をラスト5分と見据えて、何度も「まだだ!」、「それまで待て!」と魚住に我慢を要求し続けます。

 しかし最後は、残り6分の段階で13分差をつけられたところで、我慢しきれず魚住純をコートに戻します。

そこから陵南の逆襲が始まり、逆に湘北は不安要素が顕在化し始めていく・・・という展開になるわけですが、この時の田岡監督の「我慢しながらも、我慢しきれなかった采配」が非常に興味深いんです。

■「動かない」や「我慢する」というのも采配のひとつ

 劣勢の展開のときや難しい局面では、局面を打開したいあまり自分から積極的に動く人がほとんどです。しかしそれで傷口を広げてしまい、より悪い展開になることがあります。

 例えば将棋の羽生善治九段は、劣勢の展開や難しい局面では、あえてプラスにもマイナスにもならないような手を指して、「どうぞ」と相手に手番を渡したりすることでやり過ごし、最終的には相手のミスを誘って流れを良くすることがあります。

 サッカーの監督でも、「動かない」や「我慢する」というのも采配のひとつです。

先日のカタールW杯の日本代表対ドイツ代表戦では、0-1でリードされて苦しい時間帯が続いた前半、森保監督はあえて我慢して動きませんでした。そしてハーフタイムに動き、後半から巻き返したのはご存知の通り。あれは「我慢の采配の勝利」だったと言えます。

 一方で、このときの田岡監督は「我慢しながらも、我慢しきれなかった采配」で巻き返しました。

■攻撃的に行くリスクと、引き分け狙いのリスク。

 この采配で思い出したのが、2010年の南アフリカW杯で岡田武史監督が第3戦で見せた采配です。

 このときの背景を少し説明しておきますね。

南アフリカW杯の第3戦の相手はデンマーク代表。1勝1敗で迎えた日本は、負けなければグループリーグ突破という状態で、勝てなければいけないわけではなく、引き分けでもOKだったんです。

 この大会で、岡田監督が採用していた日本代表の戦い方は4-5-1システムでした。ボランチを3枚並べて、中盤を5人で分厚く守るという守備的なシステム。第1戦ではこの戦い方がうまくいき、カメルーンを撃破。

 この戦い方を3戦目でも採用するかどうか、岡田監督は悩んでいたと言います。

 なぜ悩んでいたのかというと、守備的なシステムを採用することで、最初から選手が守りに入る可能性があるからです。サッカーでは「引き分けでもいいや」と消極的になった途端、主導権を握られて、最終的に負けてしまうことも多いわけです。引き分け狙いで負けてしまっては、決勝トーナメント進出も無くなります。そこのリスクがあったわけです。

 日本は、W杯の舞台で狙って引き分けに持ち込めるほど経験値のあるチームではありません。ただ練習中は「次は引き分けでも大丈夫」という声が選手たちから聞こえるようになっていたことで、岡田監督は守りに入らないために、戦い方をオーソドックスなシステムに戻します。前線を攻撃的な陣容で点を取りに行く姿勢を打ち出したんですね。

 ボランチを3人ではなく元の2人にしたことで、中盤にはスペースが生まれてしまうリスクがあります。ただそのリスクよりも、選手たちが受け身になってしまうリスクの方を重く見て決断したんですね。

■もしあのまま我慢を続けて負けていたら、という世界もある

 試合が始まると、中盤のスペースを突かれて何度もピンチを招きます。ただ決定機を作られましたが、岡田監督は「我慢しろ」と自分にも選手たちにも言い聞かせていたそうです。

サッカーでは「動かない」、「我慢する」というのも采配のひとつです。だから「我慢の采配」をしようとしていたんですね。不利な局面でじっと我慢していると、押されながらも戦況が安定してくるということがあるのを、経験則で知っていたんですね。


ところが世界は甘くありませんでした。その後もピンチが続き、思わず目を覆いたくなるような決定的なシュートを打たれる――ということで、とうとう我慢し切れなくなって、結局、システムの再変更を指示したんですね。中盤をまた5人に戻したんです。戻した後はこっちのペースで戦う場面が多くなり、選手も消極的になることなく攻撃的に戦ってくれて、勝利を手に入れることができました。

 だから、結果的には良かったんですが、流れが変わるまでの我慢ができなかったという点では、少し自分自身に対して思うところはあるんです。

 むろん、その我慢が裏目に出て、やられてしまった可能性も高いんです。だからこそシステムを戻したわけですが、勝負事は結果がすべてです。国を代表して戦っているチームは「善戦したが敗れた」ではダメなんです。したがって我慢した方がよかったのか、しないほうがよかったのか。その是非は結果に任せるしかありません。もしあのまま我慢を続けて負けていたら、決勝トーナメント進出もおじゃんになって、私もいまここにいないかもしれないしね。

(「勝負哲学」より)


この土壇場での我慢をしない采配がうまくいき、本田圭佑と遠藤保仁がFKを決めてデンマーク戦は勝利。決勝トーナメントに進出しました。

岡田監督のこの采配は、田岡監督の「我慢しながらも、我慢しきれなかった采配」と同じだと感じました。陵南もあと1分、魚住の投入が遅かったら、勝負がついてしまっていたと言われています。我慢も大事ですが、もっと大事なのは結果を掴むことです。

 その意味で、陵南の田岡監督が下した1分早いタイミングでの魚住投入は最善手だったのではないでしょうか。

しかし田岡監督と岡田監督・・・似ている名前で紛らわしい・笑。

ちなみに田岡茂一監督は41歳だそうです。岡田監督もフランスW杯で日本代表を率いたときは41歳だったはずです。今や自分もこの年齢になってますが、2人とも貫禄ありますな。

では今回はこのへんで。

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