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教科書を編む_「舟を編む」から思う「こだわり」

NHKのTVドラマ「舟を編む」が面白い。「舟を編む」は三浦しをんの小説だが、映画やアニメや漫画にもなっていて、今回はNHKがTVドラマ化した。予想以上に野田洋次郎の馬締光也役がはまっている。

第4話では「こだわる」エピソードが描かれていた。冒頭のエピソードは紙へのこだわり。紙の厚さや手触り、透け具合、しなり具合などを試行していく過程はまさに教科書の紙質選びに重なって思い出された。

私は二十年以上、ある会社の中学校版国語教科書の外部編集委員として編集に携わっている。それ以前は現場の教員として教科書選定の仕事に関わった経験もある。

教科書選定の仕事ではそこまで考えていなかったことが、編集側の立場になって教科書会社の方たちのこだわりがはじめてわかった。その一つが紙へのこだわりだった。

紙のてざわり
紙の厚さ
紙の透け具合
紙の色
紙の反射具台

教室の中で子供たちが教科書を広げる場面を想像しながら紙質を決めていく。
そんなことは教科書の内容から見れば瑣末的なことなのかもしれないが、子供たちの学習場面をいかに大切にかんがえているかという教科書を作る側の愛が表われるところである。

「今度の教科書の紙は少し黄味を増しています。明るい教室が多くなっているので白い反射よりも落ち着くのではないかと思ってます・・・」と、教科書会社の方の嬉々とした報告は、胸を熱くするものだ。何度も試行錯誤を繰り返して完成したことが伝わってくる。しかし、そんなこと外に向かって仰々しく宣伝されるわけではない。新教科書の特徴のところに平明に「反射を抑えた紙質」としか書かれない。

「書体へのこだわり」もある。いわゆる教科書体と呼ばれるフォントだ。これも教科書ごとに検討され、新しい書体が作られる。毛筆に近い書体でありながら視覚障害のある子供にも読みやすいように太さや形が検討される。

「挿絵のこだわり」にも感銘をうけたことがある。教科書の挿絵は「舟を編む」のドラマでも話題にされたような特殊性を持たせない配慮が必要だ。「こだわりをもたないこだわり」だ。「ごんぎつね」は小学校の国語の教科書の定番であるが、どのようなきつねが描かれていただろうか、思い出していただきたい。

きつねの絵は読者の頭に一生残ってしまう。だから、できるだけ残らないように配慮する。もし思い出せないようであれば、教科書としては成功だ。自分の頭でごんを想像するには、絵は不要なのだ。しかし、きつねを見たことのない子供達は想像できない。だから挿絵が必要になるがそれは写真ではダメで、想像を助ける絵でなけれならない。教育実習生が授業を行う時、プロジェクターで実際のきつねの写真を写すことで興味関心を持たせようというケースがある。それは浅い。もっとかわいらしいきつねのイラストを写すこともある。それも浅い。もっと慎重に考えて欲しい。子供たちの想像するごんは子供たちの頭の中から想像されなければならない。そのようなことにできるだけ配慮した挿絵を使わうことが重要なのだ。言葉のしゃべくりだけで想像させる力があれば、もっといい。

あるとき退職した教科書会社の方から挿絵について興味深い話を聞いた。「おおきなかぶ」も小学校の国語教科書の定番である。福音館書店版 の絵本「大きなかぶ」が大ベストセラーになり、佐藤忠良画伯の描いた挿絵も世間に定着していた(挿絵の原画が宮城県美術館に飾られている)。教科書会社としても、挿絵にこだわった。もっとオリジナルに近づきたいという思いがあり、担当者が冷戦時代のソ連まで探しにいったというエピソードだ。表には出てこない話、つまり裏話にすぎないのだが、そこにも熱い思いがある。


教科書編集の裏にある「こだわり」や「愛」を「舟を編む」のTVドラマから思い返したという話でした。

ちなみに、タイトルの絵は「日本の学校で男女の子供が教科書を見ている絵を作成して」というプロンプトでAIが作成しました。

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