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混沌のランドマーク

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このコラムは、以前インディーズインフォというWEBサイトで連載されていた「混沌のランドマーク」というもので、サイトがなくなってしまったためにコラムも読めなくなってしまった。 結構… もっと読む
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#Forward

声は聞こえるのか

2016年9月14日〜21日までDEATH SIDEでイギリスに行き、帰ってきた翌日22日からFORWARDで日本国内ツアーに行ってきた。 9月22日西横浜エルプエンテにてCRIPPLE BASTARDSのJAPAN TOUR最終日に出演し、そのまま広島〜津山3カ所のショートツアーだ。 イギリスの疲れも時差もあったもんじゃないが、短いものではあるが久しぶりの国内ツアーは楽しみでもあった。 チェコで世話になったGIULIOのCRIPPLE BASTARDSとの共演は、FO

ユナイテッド・キングダム

俺は今、DEATH SIDEのライブのためにイギリスへ旅立つ前々日にこれを書いている。 PUNKSとして、もう35年ぐらい生きている俺にとって、イギリスという国には特別な思いがある。 おそらく世界にパンクというものが無い時代に、世界の至る所で自然発生した音楽があり、たまたま名付けたのか呼ばれたのかどうか、PUNKというもが出てきた。 ムーブメントとしてはイギリスだよな? イギー・ポップなんか60年代だし、ラモーンズやパティ・スミスだと74年ぐらいになるのかな? モー

友よ

昔から仲間と揉めることはよくある。 DEATH SIDEの解散の原因も、CHELSEAとの仲違いからで、その後CHELSEAの彼女に不幸があったときまで口もきかなかったぐらいだ。 さぞやまわりは俺に対して腹を立てていたんじゃないだろうか。今考えてみると、俺の理由は非常にガキ臭いことで、完全に俺がおかしかったんだが、そんなまわりの人間たちの思いもよそに、頑に俺はCHELSEAを嫌っていた。 CHELSEAの彼女が事故により亡くなったときに、新潟のBLOW BACKが東京に

BURNING SPIRITS

DEATH SIDEをやっていた1980年代後半、鉄アレイと一緒に企画ライブをやり始めた。 当時鉄アレイのベースだったKATSUTAと俺が中心となってやり始めた企画が「BURNING SPIRITS」だ。 今では海外で「BURNING SPIRITS HARD CORE」というひとつのカテゴリーっぽくもなっている。日本で「ジャパコア」と呼ばれるバンドのことをそう呼ぶのか?どんなバンドを「BURNING SPIRITS HARD CORE」と呼ぶのかは、俺にはよくわからない

ツアーのススメ〜海外編

前回のコラム「ツアーのススメ〜日本編」で書いたように、俺は約20年ほど日本国内をツアーし続けてきたが、遂に海外でのツアーを行うときがやってきた。 初めて行った海外ツアーは、2006年のアメリカツアーだった。 今考えると、全く誰も知り合いがいない国で、ツアーを取ってくれたのもカナダのレーベル。サポートバンドもなしでのFORWARDだけでアメリカのほぼ全域を、一ヶ月ほどかけてツアーしてきたのは無謀だったのかもしれない。 各土地土地で、やる場所と何ヶ所かだけ運転手をしてくれる