日本発!iPS細胞創薬~抗パーキンソン病薬がALSの進行を止める~

2021年5月20日、多くの脳神経内科医が日本神経学会学術大会に参加している時に、ビッグニュースが飛び込んできました。
「慶応大学の医師主導治験で、抗パーキンソン病薬のロピニロール(商品名:レキップ®錠)が筋萎縮性側索硬化症(ALS)に効くことが証明された!」[1]
いったいどうやって、パーキンソン病の薬がALSに効果を発揮することを考えついたのでしょうか?この発見には、induced pluripotent stem(iPS)細胞とドラッグ・リポジショニング(DR)の技術が組み合わされています。今回は、iPS細胞創薬から見いだされた既存の薬が実際の患者さんに効果を発揮したというDRの成功例を紹介します。

原因不明の神経難病ALSとは?

ALSは大脳皮質や脊髄の運動神経細胞が選択的に死ぬことにより、四肢の筋力低下や呼吸困難、飲み込みの障害を呈する致死的な神経難病です。ニューヨーク・ヤンキースの人気選手ルー・ゲーリックが罹患したことから、ルー・ゲーリック病とも呼ばれています。
原因はわかっていませんが、過剰な酸化ストレスやTDP43という蛋白が異常に凝集することなどが想定されています。またALSの患者さんの90%は孤発性、10%は遺伝性とされ、多数の原因遺伝子が同定されています。多くの研究者が、原因遺伝子がどのようにしてALSを発症させるのか、孤発性と遺伝性の違いは何なのかを解明しようとしています。

致死的な経過のALSには新しい治療が望まれている

症例を示しましょう。53歳男性のAさんは、某会社の営業部長として忙しい日々を送っていました。ある日、得意先に車で行こうとした時に、右足でアクセルを踏む力が弱いことを自覚します。「年のせいかな……」と思い、自分で歩行訓練を開始しましたが、いっこうに改善しません。左足の踏ん張りも効かないような気がして、Aさんは近くの整形外科を受診しました。
「おそらく腰が原因だから、しっかりリハビリしてください」と医師に言われ、週1回の通院リハビリを開始。リハビリを始めてから半年が経過しても、残念ながら効果はなく、右足はみるみる筋肉が痩せていきました。「何かおかしい」と感じたAさんは、再度、整形外科を受診し、今度は総合病院の脳神経内科を受診するように紹介されます。
脳神経内科の医師に「これは難しい病気だから、すぐに入院しなさい」と言われました。そこで、ついた病名はALS。右足の違和感がでてから1年が経った時でした。医師からは「治癒の見込みはありません。現在、使用できるALS治療薬はリルゾールとエダラボンのみです」と言われ、2つの薬しかないことに絶望的な気持ちになりました。
投薬を開始したあとも、やがて歩行は不可能となり、夜間は呼吸器を使わなければ眠れなくなったのです。Aさんは、ALSの病気の進行を十分に理解した上で、人工呼吸器の使用を拒否し、発症から2年半でお亡くなりになりました。Aさんの妻は泣きながら医師に訴えます。「ALS治療薬の選択がもっとあれば、結果が変わったかもしれないのに……」。

臨床病態を反映するiPS細胞創薬は理想のツール

今まで神経難病の創薬においては、遺伝子を改変させた病態モデル細胞や動物などを用いて、候補薬のスクリーニングや効果の実証実験がおこなわれてきました。しかし、遺伝子改変した細胞や動物は、実際の患者さんの病態を必ずしも反映しません。
そこで、2016年に京都大学の山中伸弥教授が発明したiPS細胞の技術を用いて、実際のALS患者さん由来の細胞を使用する創薬がおこなわれました。患者さん由来のiPS細胞を運動神経細胞に誘導すると、正常の細胞では見られない異常な凝集蛋白や神経細胞死、神経突起の退縮を認め、ALS患者さんの病態を反映していたのです。こうしてiPS細胞は、臨床病態を捉えられるツールとなり、創薬にも有用と考えられました。

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