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阪神タイガース、最強チームの組織論➂―投手陣崩壊の世界線を変えた、大竹耕太郎の超絶メンタル技術―

崩壊しかけたタイガース投手陣

それでもチーム崩壊の危機が襲いかかった

2023年の阪神タイガースは、開幕からスタートダッシュを決め、そのまま独走したと言われます。特に、リーグ最高の先発・中継ぎ陣は盤石だったと思われがちです。
しかし、少しチーム事情に詳しい人なら、前半戦にはチームが完全に崩壊しかねないほどの危機が訪れていたことは知っています。

チームの2大エースである青柳晃洋・西勇輝の二人が開幕から絶不調で何度も試合を壊しました。WBC帰りのクローザー・湯浅京己が不調から登録抹消され、そして度重なる故障で一軍に上がれませんでした。その他にも、若手で最も期待されていた西純矢が不安定なピッチングを続けていました。投手陣に関しては、開幕前の目算が完全に外れてしまったのです。

チームに何が起こっていたのかといえば、巨大な負のスパイラル現象でした。

4月21日の中日戦で4失点KOされ、今季2敗目を喫した青柳は、試合後に、自身の公式インスタグラムにDMで届いた複数の誹謗中傷コメントをスクリーンショットで公開し、次のように訴えたのでした。

自分の不甲斐ない投球は自分が一番わかっています。ファンだからと言って何でも選手に言っていいわけではないです。ホントに応援してくれている方には不甲斐ない投球が続いてしまいチームにも楽しみに球場に来てくれた方にも申し訳なく思います!

RONSPO

青柳はその後も不安定な投球を続け、結果的に登録抹消をされることになります。批判に傷ついて自信を喪失し、持ち前の攻めるピッチングができなくなり、投球フォームも崩れ、初回から失点を重ね、さらに自信を喪失するという悪循環に陥ったのです。

阪神先発陣、負のスパイラルが連鎖したわけ

さらに悪いことに、この負のスパイラル現象は、バッテリーを通じて、先発陣の半分以上に波及しました。岡田監督から「正捕手」に指名された梅野隆太郎ですが、彼が前半戦に担当した先発ピッチャーが、ことごとく乱調から二軍行きになったのです。

  • 4/2   秋山拓巳

  • 4/21 西純矢

  • 5/1   才木浩人

  • 5/20 青柳晃洋(21年最多勝・勝率、22年投手三冠)

  • 5/22 ジェレミー・ビーズリー

  • 6/6   桐敷拓馬

  • 6/15 西勇輝(22年防御率2位)

(阪神タイガース 一軍登録抹消履歴

いったい何が起きていたのでしょうか。連鎖反応のハブになったのは、捕手の梅野隆太郎でした。

梅野の強みは、投手の良いところを引き出す強気のリードなのですが、自身のバッティングの不調もあって自信を喪失し、配球が単調になりました。

一般論ですが、危機状態に陥ったとき、人それぞれ選択する固有のパターンがあります。梅野は、危機に面したときに、おそらく「正解」に逃げるタイプなのでしょう。配球に困った時、とりわけピンチの時に、必ずと言って良いほど、外角低めを要求するようになったのです。

確かに、外角低めは決して間違いではありません。そこに投げさせておけば、仮に打たれたとしても、「配球としては正解だった」と弁解できます。しかし、「ピンチ時は困ったら外角低め」一辺倒だと他チームのスコアラーが気づいたら、その情報がミーティングで共有され、狙い打ちされます。

実際、梅野がマスクを被ったときに、得点圏にランナーが出たら、踏み込んで外角低めを連打されることが頻繁にあり、配球が読まれていると多くの評論家が指摘していました。

それでも前半戦、梅野がなかなかその配球パターンを変えられませんでした。自信を喪失したので、「正解」(外角低め)に逃げ、そこを狙い打たれ、ますます自信を喪失し、外角低めを選択するという悪循環に完全にハマってしまったのです。

私が試合をみる限り、梅野の自信喪失が投手にも伝染している様子が見てとれました。投手は、配球が狙われていることにうすうす気づいているので、投手が要求されたところに自信を持って投げられず、コントロールを乱す。それに対し、投手のコントロールを正すために、あえて梅野は同じところに投げさせる。そこを相手に狙い打たれる。こうして多くの投手が、自信を喪失し、自分のピッチングを見失う悪循環にハマっていったのだと思われます。

大竹耕太郎、世界線を変える超絶メンタル技術

メンタルお化けがタイガースにやってきた

負のスパイラルが連鎖的に発生した先発陣ですが、完全崩壊を防げたのは、去年とは異なる戦力が台頭しチームを支える柱になったからです。

特に大竹耕太郎と村上頌樹の二人の活躍は、素晴らしいものでした。本記事では、特に大竹耕太郎について取り上げたいと思います。(村上は後の記事で書きます)。

大竹はソフトバンクに、2017年育成ドラフト4巡目で入団。入団後3年間で10勝を挙げますが、その後は一軍での登板も少ない状況に追い込まれていました。

ソフトバンクは控えの選手層が極めて厚く、球速が非常に重視される球団だったため、技巧派の大竹にとっては評価されにくい環境だったと言えます。どれほど二軍で良い実績を出しても一軍に呼ばれず、腐りかけていました。

一方の阪神タイガースでは、交流戦で対戦した大竹耕太郎を、矢野監督や金村投手コーチらが高く評価していました。おそらく、タイガース内部での投手評価基準に、大竹は合致していたのでしょう。実際、先発左腕が不足していたチーム編成上の事情もあって、何年も前からトレードを打診していたそうです。

岡田現監督も、早稲田大学の後輩にあたる大竹を非常に評価していました。現役ドラフトにかけられた時に、阪神の関係者は全員一致で、大竹を指名したのです。

投げる哲学者

阪神に入ってから、大竹耕太郎は見違えるような活躍をし、12勝2敗、勝率8割以上と、チームに非常に貢献しました。調子が良いときはもちろん、悪いときも悪いなりに試合をまとめて、失点を抑えていたからの成績です。その凄まじいまでの安定感の背景には、後に解説するように、大竹が編み出した超絶的なメンタルコントロールがあります。

しかし、大竹はもともと、非常に生真面目な性格で、それがソフトバンク時代は悪い方向に作用していたのでした。「僕は一度打たれだすと、歯止めがかからなかった」と語っています。そこでどうしたのか、彼は、ソフトバンク時代、インタビューで次のように語っていました。

人間も動物だから、自分を守る為に、自分の中で嫌だとかイライラとか不安や危険を感じると防御反応で興奮しやすくなります。だから、まずは自分が生活の中で何に対して、そのような感情を持つのかを客観的に感じることから始めました。例えば車の渋滞だったり トレーニング中にかかってる大音量の音楽だったり、意外と沢山あります。それらが、体と頭(自律神経)を整えていくと、今まで引っかかってきたものが段々と気にならなくなってくるんです。そういう日常の細かい事象が集まって大きな苦手は構成される。例えばメットライフの西武戦は特別に感じて緊張してしまうなど

文春オンライン

ここで大竹が言っていることは、順序立てて整理するとこういうことです。

  1. 負のスパイラル現象を認知します。

  2. その原因になっているのが、自分の防御反応であることを理解します。

  3. 日常生活の中で、何に防御反応を感じているのか、客観的に認知します。

  4. 自律神経を整えることで、防御反応を起こしていた外的要因が気にならなくなってきます。

仏教の高僧か、現象学系の哲学者が語ってもおかしくないほど、高度な内容です。

大竹は、阪神入団直前の22年秋から、趣味として、自宅で生け花をやるようになりました。野球のことを忘れて五感を取り戻す時間を意図的に作ることで、調子が非常に良くなるようになったと語っています。(Youtube ytv阪神応援チャンネル

阪神で会得したメンタルの極意

こうして研鑽を積んでいた大竹ですが、阪神に加入することで精神的に得るものが大きかったと言います。

元々、真面目な性格であるため、不安からオーバーワークをするタイプでした。阪神タイガースの先輩である西勇輝と青柳晃洋の練習から、先発としてのオンとオフの強弱の付け方を学びました。

そして「登板前日にふさわしくないことをひとつやる」というルーチンを取り入れました。去年までは、ルーチンを決めて抑制することで、精神的に余裕がなくなっていたのです。そこで、逆に二郎系ラーメンを食べるなど登板前にふさわしくないことをやることで、かえって精神的に余裕が出るようになったと言います(スポーツ報知

大竹は「西さんは、僕の中でメンタルの先生ですね」と語ります。西勇輝に打たれた時に「どうやったらいつもフラットな感情でいられるのか」と質問したところ、その答えは、物事の悪いところの中から、良いものをどれだけ拾えるかというものでした。

そのアドバイスを受けて、大竹は日常生活の中から自分の考え方を変えるように努力していきました週刊ベースボール)。

たとえば。大竹耕太郎は今年、「大雨降太郎」が公式グッズになるほどの雨男でした。(キャッチボールで、雨男が青柳から大竹に伝染したというのは有名な話です)

普通なら投手は雨の中の登板や、雨による登板スライドは非常に嫌がるものですが、大竹は雨の日には「砂漠の中で生えている草」という自己イメージを持つようにしていると言います。自分のことを、乾ききって水を欲している存在だと思い込むことで、雨に対する反応をポジティブなものに切り替えるのです。

そうした切り替えを日常的に行う中で、大竹は自分を客観的に見られるようになったと言います(週刊ベースボール)。

大竹は、自分の意識の中に、3人の自分がいると語ります。自分自身を頂点として、その下に「ネガティブな自分」と「ポジティブな自分」がいるイメージです。そして、頂点の自分が、ポジティブな自分を採用していくという感覚です。

私たちの行動を縛っている無意識の思いこみを「メンタルモデル」と言いますが、「高めに抜けたら打たれる」というメンタルモデルは、正しい未来予測であると同時に、そのような未来を招き寄せてしまう元凶でもあります(予言の自己成就)。

これは、「引き寄せの法則」のようなオカルトではありません。そうではなく、予期不安によって身体がその方向に誘導されてしまうという、ミクロな認知行動現象です。

それに対して、「打たれそう」という不安をなかったことにするのではなく、その不安を認めながら、その都度「どう抑えるか」というポジティブな思考に切り替えていく。そうすることで、世界線の軌道を変え、新たな未来を創るのです。

言い換えれば、大竹はメンタルモデルを投球一球ごとに克服し、負のスパイラルから常に脱却しつづけているのです。

これが、今期、調子が良いときも悪いときもありながら、大竹が12勝2敗という驚異的な勝率によって、阪神タイガースの勝利に貢献できた理由です。

大竹耕太郎は、どうやってブルペン崩壊に歯止めをかけたのか

試合中に号泣したわけ

超絶的なメンタル技術を獲得した大竹耕太郎ですが、今シーズン、試合中に涙を見せたことがありました。

5月27日の巨人戦、0-0で迎えた7回表、大竹は2死2塁で代打を送られます。代打の渡辺が四球で繋ぎ、1番近本がセンター前ヒットで勝ち越したとき、大竹は感極まってベンチで号泣しました。

Youtube ytv阪神応援チャンネル

自身キャリアハイの6勝目がかかった試合。降板の悔しさもあったのですが、みんなが大竹に勝ちをつけようと、懸命に繋ぎ、返してくれる姿を見て、涙が出てきたのです。

試合後、ヒーローインタビューで、大竹は答えています。

-感動したと。先制点が入った瞬間、涙を流していた

「いやなんか。もう、何でしょう。1人はみんなのために。みんなは1人のために。そういうチームプレーを感じたので、思わず出ました

nikkansports 

大竹耕太郎が、本当に阪神タイガースの一員になった瞬間でした。

ブルペンに崩壊危機が訪れた

「みんなが1人のために、1人がみんなのために」。彼が感じた阪神タイガースのチーム精神が、3週間後、大竹を動かします。

この記事の冒頭、阪神の先発陣が崩壊しかけていたと書きました。実は、ブルペン(中継ぎ・抑え)も崩壊しかけたことがありました。キッカケは、クローザーの湯浅京己の不調です。

WBC帰りの湯浅は、5月26日に1軍に復帰しましたが、6月3日のロッテ戦で3点のリードを守れず、8日の楽天戦では逆転サヨナラスリーランホームランを打たれました。15日のオリックス戦では、1点リードで2本のホームランで逆転され、16日に一軍登録を抹消されました。

17日、大竹耕太郎がソフトバンク戦に先発し、6回1失点と好投。そして、4-3の1点リードで迎えた9回表、岩崎優が3失点と打ち込まれ、大竹の勝ちが消えたのでした。

翌18日の交流戦最終試合、阪神自慢の中継ぎ陣が次々に打ち込まれました。島本は抑えたのですが、加治屋が3失点、及川・浜地・Kケラーが2失点と打ち込まれ、9-0で大敗したのでした。

クローザーの湯浅、代役クローザーの岩崎ともに打たれたことで、中継ぎ陣が恐慌状態に陥ったように見えました。ブルペンの精神的な支柱が続けさまに打たれたことで、ほぼ全員が急激に自信を喪失し、負のスパイラルが連鎖しかけたのです。

このまま中継ぎ陣が完全崩壊して、チームが連敗街道を突き進むことになってもおかしくない状況でしたが、幸い、リーグ戦再開まで数日空いており、ブルペンの立て直しに成功しました。岩崎が打ち込まれたのがその一試合だけで、その後は極めて安定した成績を残すようになったことも、大きかったと思われます。

ブルペン崩壊危機を予知した大竹、紅茶で世界線を変える

中継ぎ陣が崩壊しつつあるとき、大竹耕太郎はいち早く手を打ちました。

岩崎が打ち込まれ、自身の勝ちが消えた6月17日、大竹は次のようにツイートしたのです。

「打たれたらどうしよう」と不安になるネガティブな自分を否定するのではなく、それを素直に認めることで、乗りこえることができる

自分の気づきについての投稿のように見えますが、おそらくそうではありません。彼がこうした内容をツイートするのは異例ですし、何より大竹自身は6回1失点と好投したからです。

そうではなく、投手陣の崩壊をいち早く察知し、メンタルを安定させる極意を、投手陣みんなに伝えたのだと私には感じられました。

翌6月18日、大竹は岩崎の元を訪れ、日頃のお礼に紅茶をプレゼントしました。そこには「いつも助けていただいてありがとうございます。たまには完投できるように自分も頑張ります」と、手書きで感謝のメッセージがしたためられていたのでした。

岩崎は大竹の負けを消してしまったことを、きっと気にしていると考えたのでしょう。これは放置しておくと、彼にとってもチームにとっても、取り返しのつかないことになります。それに対して大竹は、これまでの貢献に感謝を伝えることで、ポジティブな結果を残してきた自己イメージを思い出してもらいたいという、深慮ある温かいメッセージを贈ったのです。

精神的に安定作用がある紅茶というのが、実に大竹らしいチョイスで、リラックスしてほしいという思いが込められているように思われます。

大袈裟な言い方になりますが、大竹は「ネガティブな自分」の未来予測能力で、投手陣崩壊の危機をいち早く察知し、その負のスパイラル連鎖の要になるのが岩崎優だということも見抜き、自信を取り戻してもらうことで、未然に防いだのです。

その後、岩崎はどれほどピンチを背負っても動じない安定した活躍を続け、セーブ王を獲得するところまで立派にクローザーの役目を果たしたことは、阪神ファンみなご存じの通りです。そして、どれほどピンチを迎えても一切顔に出さずに飄々と投げるクローザーの姿が、ブルペン陣の大きな精神的な支えになりました。

大竹が岩崎に送った紅茶は、投手陣が崩壊する世界線を変えた、見えざるスーパープレイだったのかもしれません。

その結果、阪神タイガースの中継ぎ陣は、防御率2.41という驚異的な実力を発揮したのです。

大竹のメンタル技術は、投手王国の知的資産に

先にも言いましたが、大竹耕太郎のメンタル技術は、西勇輝と青柳昂洋から学んだものでした。その二大エースが不調になったときも、大竹はチームの先発陣を支えつづけました。

西勇輝に関しては、終盤戦になって一軍に復帰すると、35イニング以上を4失点という驚異的な成績をたたき出しています。エース西が復活したというより、NPB最強レベルの投手となって帰ってきた感があります。

青柳は、後半戦5連勝したりしましたが、やはり不安定な投球が続いており、未だに誹謗中傷から来るトラウマを引きずっているようにも見える状況です。ファンとしてはただ応援するしかありません。

ともあれ、大竹が投手陣の柱の1つになった阪神タイガースとしては、来年もさらに盤石の、安定した投手王国を築くことでしょう。それは、単に大竹の勝ち星分の貢献だけではなく、彼のメンタル技術を、後輩ら他の投手が学習することが大いに期待できるからです。

大竹耕太郎が阪神タイガースにもたらしたもの、それは、勝ち星だけではなく、負のスパイラルを断ち切る手法という巨大な知的資産でもあったのです。

今回のまとめ

大竹耕太郎から学ぶメンタル技術をまとめました。

  • 五感を取り戻す時間をつくることで、自律神経が整う。

  • 防御反応を自己認知し、自律神経を整えることで、ノイズが気にならなくなる

  • 自分の中の決まり事(ルーチン)でがんじがらめになる人は、あえて決まり事を崩すことでメンタルが安定する

  • 負のスパイラルの原因は、未来予測でもあり予期不安でもあるメンタルモデル。

  • 不安になる自分を認めながら、メンタルモデルを良い方向へ切り替えることで、負のスパイラル・世界線を変えることができる。

  • 物事の悪いところの中から良いものを拾うことで、日常生活の中でメンタルモデルを意図的に変えていく訓練ができる。

組織としてのメンタル技術について

  • 負のスパイラルは、チームメイトに伝染し、チーム崩壊に至る。

  • 負のスパイラル、伝染のハブが存在することがある。

  • チームメイトが互いに助け合い、支えあうことで、負のスパイラル連鎖を止めることができる

  • メンタル技術は、チームメイトに伝え、さらに練り上げられることで、チームの知的資産になる。

ファンとして

  • 誹謗中傷は、選手の負のスパイラルを増幅させ、悪い結果に繋がるので絶対に止めてください。選手にとってもチームにとっても、マイナスしかありません。

  • 悪質なファンの誹謗中傷を見かけたら、みんなで選手を守りましょう


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