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折れよ悲歌

うたごえがながれてくる
りんどう色のくちびるから
あきらめと悲しみの谷間から
おそ秋の霧のように
そこはかとない哀愁をたたえて流れてくる

あてどないよわいにんげんのこころは
ために一つ一つの木立となり森となり
ひとみはうち仰げぬ中空の青へののぞみを
散り敷いた朽葉のかげに求めて
低い足音をいっそうおとしてはたたずんでしまう

あのうたはたとえば馬子唄まごうた
うしろからゆるゆると屍の町へと追い分ける古い馬子唄
組まれた座は浮巣よりも淡く
えられたいのちは砂岩に似てもろくはかなく
祈りは抜毛のように次々と地にちてゆくではないか

あの歌に耳を貸すまい あれは亡びのうた
道は靴の縫糸をほぐす泥土のつらなり
うたごえはなお君の眼つぶしの霧
そのうすむらさきの あいあいの水のつぶての下で
君は何を賭け何をこいねがえよう

しあわせはたとえば火の山
山嶺に湧く白いけむりが
天に応える地の伊吹が
いかにあの高さの静けさに打ち上げられたか
遠い地鳴りに耳傾けてその長い歴史と歩みとを汲まねばならぬ

低いえれじいをのせて吹きよせる風は
ひとびとの胸もとで吹き折れるがよい
えれじいはひとびとのいのちの底の
ともにしいたげられたいきどおりを集めては湧き
空の青を呼び戻すための高らかなうたごえとなって国土をみたさねばならぬ

     詩誌『駱駝』23号(1951年1月)
     戦後詩人全集Ⅳ(1954年*書肆ユリイカ)
     

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