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【近代・前②】『ダンピアのおいしい冒険』~「現代」の始まりとしての大航海時代~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『ダンピアのおいしい冒険』1巻表紙より

 『アルテ』をとりあげた前記事は、「中世」と「近世」の境界線の一つとして挙げられる「ルネサンス」をテーマとしました。続く本記事でとりあげたいのは、その境界線として主に挙げられるもう一つの出来事、すなわち「大航海時代」の幕開けです。

 『狼の口 ヴォルフスムント』の記事で見たように、十字軍による東方との交流の拡大以来、遠隔地との商業を発展させてきた西ヨーロッパ。近世になると、中東を通じてアジアから運ばれてくる貿易品(香辛料等)が生む富や、羅針盤の改良等による技術革新に背中を押され、西欧各国はついに自ら海に出て、遠方の国を訪れるようになっていきます。

 まずこの先頭に立ったのが、この頃までイスラーム圏にあった地域をついに奪還し、現代とほぼ同じ領土を支配するに至ったスペイン・ポルトガルです。
 大西洋を南下し、アフリカの南端を回りこむと海路でインドに行けることを明らかにしたポルトガルは、インドや東南アジアの主要港をおさえ香辛料貿易から莫大な利益を得ます(この流れで日本に漂着したポルトガル人が日本に持ち込んだのが「銃」であり、この出来事は、当時戦国時代だった日本の戦争に大きな影響を与えることになります)。
 またこれに続くスペインは、アフリカを大回りするのではなく、ヨーロッパから西方に直進することでインドを目指す航路を試し、その結果コロンブスが図らずも「アメリカ大陸」を発見。その後マゼランという男が再度西方ルートを試し、南米の南端を回り込んで太平洋に出ることでアジアに到達します。それまで理論上でしか示されていなかった「地球は丸い」という事実がここで実証されるのです。この地球一周に始まる海外進出を通して巨万の富を得たスペインは、ポルトガルを抜き去り、一時「太陽の沈まぬ」国として世界最強とも言える力を手にします。

 しかしその権勢は長くは続かず、やがて国際貿易の主導権はこの頃スペインから独立を果たしたオランダに、そしてその後オランダとの戦争に勝利したイギリスへと渡っていくことになります。うちイギリスの強大化についてはもう少し後の記事で詳しく見ることになるでしょう。

 そんな華々しい大航海時代ですが、この営為は現代にも依然影を落とす、西ヨーロッパ諸国による他地域の「征服」の始まりであったことも指摘しなければなりません。例えば、スペインが中南米に送り込んだ少数の探検隊は、火砲と彼らが知らずに持ち込んだ病原菌をもって現地社会を壊滅させています。また、この頃より始まった、アフリカで得た黒人奴隷をアメリカ大陸等に強制的に移動させ労働力とした三角貿易は、今も続く黒人差別、そしてアフリカ社会の荒廃の始まりです。

 また、大航海時代のもたらした影響はこうしたわかりやすいものばかりではありません。より俯瞰して見ると、この時代から西欧各国が徐々に構築していったのは、「西欧において最大限の富を生むこと」を目的とした、産業の世界的な「分業体制」でした。
 具体的には、「労働力の源」としてのアフリカから、「農業生産地」としての中南米に奴隷を送り、そこから徴収した砂糖、綿花、コーヒー等の農産物を、「商業の中心」たる西欧で売りさばく。また、ヨーロッパ内部でも、西欧が商工業の中心になる一方で、東欧はその西欧で消費される食糧の生産地としての役回りを担うことになり、中世にも似た農場領主制が広まります。近現代におけるいわゆる「豊かな地域」とそうではない地域の差は、まさにこの頃構築された「労働力の源」/「農業生産地」/「経済の中心地」という地域ごとの世界分業体制の落とし子であり、この頃西欧にあてがわれた分業体制における「役割」の内容は、時に現代に至ってもなお、各地に住む人々の生活に暗い影を落としているのです。
 そういう意味では、大航海時代は「近世の始まり」であると同時に、「現代の始まり」とも言えるのでしょう。
 

 そうした現代の世界の在り方にも連なる大航海時代の末期を舞台に、この時代の航海者たちの生活を描くのが、トマトスープ先生作『ダンピアのおいしい冒険』です。
 主人公は歴史上実在した探検家兼学者であるイギリス人、ウィリアム・ダンピア。この頃のイギリスでは、米大陸開拓や他国船への活動妨害において国家公認の海賊船が重要な役回りを果たしていたのですが、本作ではダンピアがこの海賊船に乗り、未知の南北アメリカ大陸世界を旅する冒険譚が描かれていきます。

 本作の興味深いところは、大航海時代がその後世界にもたらした影響を知れば知るほど意外にも思われる、「大航海」を担った者たちの等身大の姿が描かれる点だと思います。
 上のような大航海時代の影響を一旦知ると、この頃の西欧は「他の地域の人々を好きに利用してやろう」という悪意に満ちた存在だったのでは、と思われる方もいるでしょう。もちろん、海賊船による原住民からの略奪は時に行われていましたし、そうした側面は完全に否定できるものではありません。
 しかし本作で描かれるのは、「知は力なり」という格言に背中を押され、純粋に未知の世界を知る喜びにあふれるダンピアの姿や、社会からあぶれたがゆえに船に乗り、なんとか身を寄せ合って生きている船員たちの人間味あふれるドラマ。一般的なイメージでは必ずしもすくいあげることができない歴史の一面を拾い上げてくれるこのような歴史作品が、私は好きです。

次回:【近代・前③】『海帝』~中国による大航海時代というイフ~


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