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【中世③】『ブルターニュ花嫁異聞』~中世ヨーロッパにおけるイギリスとフランスのビミョウな関係~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『ブルターニュ花嫁異聞』1巻表紙より。

『ヴィンランド・サガ』をとりあげた前記事からお話は中世ヨーロッパに入っています。
 かたやカール大帝によるフランク王国の西欧統一とその解体によりフランス、ドイツ、イタリアの原型が生まれ、かたや『ヴィンランド・サガ』で描かれるヴァイキングたちの活躍を通してイギリスの原型ができていく。こうして今の「ヨーロッパ」の原型を形成した中世初期の西ヨーロッパは、ここからいわゆる「中世」的な社会を本格的に構築していくことになります。いわゆる異世界転生系(なろう系)作品で描かれるような世界観は、そのヨーロッパと似て非なる雰囲気から「ナーロッパ」(なろう+ヨーロッパ)とか言われたりしますが、ここでいうところの「ヨーロッパ」とは主にこの中世ヨーロッパを指すのでしょう。

 具体的には、古代ローマ帝国時代に栄えていた商業や交通は衰え、穀倉地から運ばれてくる食料を頼りに都市生活を送ることができた時代は終わり、人々は自分の食料を自ら生産しなければならない牧畜・農業の時代にシフト。そしてその土地も自分が所有するものではなくて、大地主である各地の貴族や騎士、あるいは聖職者から与えられたものであり、多くの一般庶民はその土地に縛り付けられて土地の生産物から領主に税を払い続ける農奴となります。自給自足の生活から都市型の生活への移行を文明上の「進化」ととらえる一面的な解釈に立つのであれば、中世ヨーロッパは、ある意味古代ローマ帝国時代よりも一度「退化」してしまった時代とも言えてしまうのでしょう。
 一方で貴族階級間においては、古代ローマの滅亡以来ずっと問題になっていた異民族の侵入等からの自衛のため、貴族は武力を持つ者に土地を与え、土地をもらった者は貴族のために外的と戦う、という持ちつ持たれつの関係(封建制)が成立します。この「武力を持つ者」がいわゆる「騎士」であり、あまりにも有名な『アーサー王物語』など、様々な「騎士道物語」が吟遊詩人らによって語られ広まったのもこの時期です。まさにいわゆる「中世」の世界観ですね。

 そんな時代を、ラブコメ要素も含んだ軽妙な語り口で、しかし時代考証はしっかりで描く作品が、COMICリュウにて武原旬志先生連載、『ブルターニュ花嫁異聞』です。
 主人公のトマは、ブルターニュ(フランス左上のイギリスに近い地方)の公爵に仕える役人。彼は幼い頃出会った高貴な家柄の少女への恋慕を胸に、少女と再会を果たせるような身分への出世を目指して役目を務めていましたが、ある時ブルターニュ公の子の花嫁候補として、行方不明になっているある貴族の娘を探してくるように命じられます。トマは任務成功時の出世を示唆され勇んで任務にあたり、その後娘を発見したところまではよかったのですが、彼女は男装して騎士アンドレを名乗り活動しているばかりか、殺された父の敵として、ブルターニュ公の暗殺を謀っていたのです。しかも、アンドレはどうやらトマが恋慕していた少女その人であるようで、トマの大事な任務は、そして恋路はどうなることやら・・・という作品です。

 このようにいろいろ要素がある作品なのですが、世界史という観点からして面白いところは、「イギリスとフランスがある種兄弟のような関係にある」という中世ヨーロッパ特有の事情が、トマの任務をややこしくしているアンドレ父の死の謎に関わっていると思われることです。上記のように、フランスの原型とイギリスの原型の誕生は互いに異なるルートを辿っているのですが、11世紀後半に、フランス北西部を支配していた貴族がイギリスに乗り込み、なんとイギリス国王になります。この時代、上記のように騎士を抱えていた貴族という存在が非常に強く、例えばフランス王とかではなく、フランスの一貴族がイギリス王になってしまう、という珍しい現象が起こってしまうわけですね。
 とはいえこれはやはり歪な状況であり、やがてフランスとイギリスにまたがるその広大な領土をめぐって、イギリス王の子供たちの間で相続争いが発生します。その結果、イギリス側の勢力がフランス側の一領域に攻め込むといったことも起こるわけで、本作の舞台であるブルターニュも、その戦禍に巻き込まれていました。そしてどうやらアンドレの父はこのイギリス側・フランス側の争いの中でなんらかの形で深く関わっていたようで、アンドレは父の死の謎を解いていく中で、アンドレが父の敵と認識しているブルターニュ公の手の者(と思われる者)、そしてイギリスに関係する者(と思われる者)の双方から命を狙われてしまうのです。この時代における上記の英仏の歪な関係が、フランスの一貴族に過ぎなかったはずのアンドレ父の死が英仏の二国家を巻き込んでいく、そんな壮大なミステリーのための舞台装置となっており、作者の歴史愛と巧みな作り込みを感じさせる作品です。

 なお、このイギリスとフランスの微妙な関係は、やがて百年戦争と呼ばれる英仏間の大戦争を招きます。あまりにも有名な女戦士、ジャンヌ=ダルクが身を投じた戦争であるわけですが、この話はもう少し後の記事ですることといたしましょう。

次回:【中世④】『アンナ・コムネナ』~ゲームのルールを書き換えるということ、歴史を振り返るということ~ 


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