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【中世①】『レッドムーダン』~史上唯一の中国女帝の誕生と中世中国の転換点~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『レッドムーダン』1巻表紙より。

 様々な歴史マンガを時代順に紹介する本記事シリーズ、『あのマンガ、世界史でいうとどのへん?』。古代の作品はここまで挙げた4作品で一区切りといたしまして、今回からいよいよ中世に入ります。 
 なお、日本史では、例えば鎌倉幕府が成立したタイミングから「鎌倉時代」が始まる、というふうに時代区分の基準が明確です。しかし世界史はあまりに広域の歴史を扱うせいか、必ずしもこうした明確な時代区分があるわけではありません。「古代」、「中世」、「近世」といった区分もご多分に漏れずでして、マンガによってはどの区分の作品として紹介するか微妙なケースもあるのですが、本記事シリーズでは山川出版社『新 もういちど読む山川世界史』に準拠して分類しています。

 では、その中世の一作目としてとりあげるのはどの地域の作品か。古代はヨーロッパ・西アジア→東アジアの順に取りあげましたのでこの順序にならうのもいいのですが、せっかく直前の記事で『キングダム』をとりあげましたので、このまま中国のその後を見ていくことにいたしましょう。

 『キングダム』でその史上初の中華統一が描かれる、そしてその次に劉邦のもと中華統一を果たしたが滅亡すると、中国は三国志時代に始まる長い戦乱期に入ります。魏・呉・蜀の三国が並立して覇を争った三国志時代は余りに有名ですが、最終的にはこのうち魏の武将であった司馬炎がを建国、このもとに三国が統一されます。しかしその晋も早期に倒れ、その後中国が二つの大きな国によって南北に二分される南北朝時代が続きます。
 その末に現れた、長期にわたり全中国を支配することになる国が、です。618年に成立した唐は、税制、田畑の管理、軍隊整備等で洗練された法制度を整備、国家を安定させたほか、今でいう中央アジアまで及んだ領域を通して様々な異国と交流し、制度・文化両面で東アジア地域をリードする存在になります。この頃奈良・平安時代に入っていた日本も、唐の制度・文化を学ぶため有望な留学生たちを唐に派遣していた(遣唐使)のは有名な話です。
 しかし、その制度もいいことづくめではなかったわけでして、その一つが世襲貴族制でした。現代日本でも、法律を作るのは政治家の仕事である一方、実際の法令文を書いているのは霞が関で働く官僚であるわけですが、多くの法制度を作った唐も、その整備のためには大量の人材が必要でした。そのため、唐では地方の役人に各地の人材を推薦させる制度が作られていたのですが、そこで推薦される肝心の人材は、有能な人というよりは、結局その役人にコネのある人ばかり。その結果同じような家柄の人ばかりが政治にかかわることになり、いわゆる貴族社会が形成されたのでした。

 そんなよくも悪くも「王道」と言える中世中国国家の在り方を確立した唐でしたが、あるとき、この「王道」をやがて大きく揺るがすことになる大事件に見舞われます。それが、園沙那絵先生『レッドムーダン』が描く、女帝則天武后の即位です。中国二千年の長い歴史においてただ一人である、女性の皇帝の出現です。

 則天武后のもともとの名は武照。大きな後ろ盾もなく皇帝の側室(といっても何十人といる中の一人です)となるところからキャリアをスタートさせますが、様々な謀略、そして時には殺人を犯し、やがて側室のトップである皇后の地位を獲得。さらにはそれに飽き足らず、皇帝となった実子から無理やり地位を奪い、自ら皇帝の地位に即位します。こうした経緯から則天武后はネガティブなイメージでとらえられることが多く、「中国三大悪女」の一人として挙げられることもあります。
 しかしその治世には意外な側面もありまして、人材登用面では上記の世襲貴族の排除を進め、必ずしも家柄に恵まれていない、しかし有能な人材を多数登用。また、そうした人事を通して課題も見えていた上記の法制度の改良も実現。こうした政治哲学の転換は、その後中国の行政が科挙試験を通した実力主義へと徐々に転換する、その端緒ともなるのです。

 『レッドムーダン』は、そうしたこれまで必ずしも十分に顧みられてこなかった則天武后の側面に光を当てながら、彼女の生涯を描く作品です。実父の死をきっかけに虐待を受け極貧にあえぐ武照は、家族を守る力を手に入れるために後宮に入ります。そこでも彼女はいわゆる悪役令嬢たちの虐めを受けるわけですが、彼女は持ち前の誠実さ、そして極貧時代に身に着けた知恵を活かしてピンチを切り抜け、徐々に権力者の信任を得るように。しかし同時に、それでは足りないこと、力を持たなければこの世界を生き抜いてはいけないことを悟っていくのです。
 その痛みと学びの積み重ねの果てに、かの二面性を持つ女帝は生まれたのかもしれません。一方向から歴史を眺めてもその本質はとらえられないという、歴史の面白さを示してくれる作品だと思います。

次回:【中世②】『ヴィンランド・サガ』~退廃と戦乱の下に剣なき強さは成るか~


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