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【近代・前①】『アルテ』~「近世」の始まりとしてのルネサンス~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『アルテ』1巻表紙より。

 「近代」の前半は特に「近世」と呼称されます。この言葉は「古代」、「中世」、「現代」といった他の時代を指す言葉よりも日常生活で目にする機会は多くはなく、この言葉にあまり馴染みのない方も多いかもしれません。

 それは古くより続く「歴史学」の世界でも同じであり、この「近世」という時代区分が歴史学上で導入されたのは、20世紀中盤になってからであるようです。それまでは「中世/近代」という区分がなされていたところ、研究が進むにつれて「中世が終わったらいきなり近代的な時代が生まれたのではなく、その移行期にもまた、一つの独自性を持つ時代があったのではないか?」との主張がなされるようになり、その時代が「近世」(early modern)と名付けられたのです。
 では、その中世ともいわゆる近代とも異なる、この「近世」なる時代の「独自性」とはどのようなものか。それはこの記事シリーズを追っていくことで徐々に明らかになってくるところだと思いますが、この近代・前=近世の章を新たに始めるにあたって、「中世」から「近世」に移行するその境界線は何だろうか?という点は明確にしておく必要があるでしょう。境界線になる事項は複数ありますが、ことヨーロッパについては、3つ大きな出来事が挙げられます。ルネサンスの開花、大航海時代の始まり、そして宗教改革です。これを受け、「近世」の章前半ではこれら3つの大きな出来事をとりあげた作品を順に紹介していきたいと思います。まずは、ルネサンスを描いた『アルテ』です。

 まず、「ルネサンス」とは何でしょうか?
 一言で言うならば、ルネサンスとはこの時代に見られた価値観、文化、思想、芸術の大転換を指します。より具体的なイメージを掴むには、おそらく『チ。』をとりあげた前記事で説明した、中世のキリスト教を核とした学問・文化との対比を行うのが一番わかりやすいでしょう。中世における文化は、基本的に「神」が出発点でした。音楽なら教会で奏でる聖歌。美術は神や天使を描くステンドグラスや絵画。学問は神や神の創りし世界の性質を論理的に説明する神学。人間の文化的営為は「神」に捧げられていたのです。
 しかし、『狼の口 ヴォルフスムント』の記事で説明したように、時代が下り都市・経済が再び活況を呈してくると、神や天国の存在を頼りに現実の辛さを耐え忍ぶのではなく、現世の生活を楽しみ、また合理的・現実的にものを考え、人間の自然的感情を尊重しようという価値観が、教会の権威の低下と入れ替わるようにして立ち現れてきます。こうした新たな価値観はかつてのギリシャ・ローマの社会・文化を模範としたことから、古代の文化を復興・再生させようということで、ルネサンス(=再生)と呼称されたのです。
 具体的には、芸術の世界では人間の見たままの美しさを写実的に表現する『ヴィーナスの誕生』『モナ・リザ』といった数々の有名作品が制作されます。文学でも人間の複雑な内面を描く作品が多数執筆され、有名なシェークスピアもこの時代の作品として位置づけられます。また科学技術についても、『チ。』で描かれた地動説のコペルニクスによる証明が大きな科学発展の一つとして挙げられるほか、活版印刷技術の出現は、ルネサンスで生まれたこれらの新しい知識・思想を大いに広めることになりました。

 そんなルネサンス全盛のイタリア・フィレンツェを舞台にして女性画家の奮闘を描くのが『アルテ』です。
 ルネサンス発祥の地であるイタリアの中でも、フィレンツェはその実質的な支配者であったメディチ家の支援により、特に芸術活動が盛んな街でした。この物語は、その芸術の街に住む貴族の娘アルテが、画家として生計を立てるべく家を出るところから始まります。当時の貴族の女性の生き方とは、持参金とともに貴族の男と結婚し、夫を庇護者として生活し、夫の後継者を産むこと。女であるという理由だけでそんな自立も自由もない生き方を強いられることに強い違和感を描くアルテは、自分が大好きな絵画によって、自力で身を立てることを決意するのです。

 しかし、当時の社会は中世を脱したとはいえまだまだ古い価値観に縛られた世界です。どれだけ工房を訪問し弟子入りを志願しても、「女」だから全て断られてしまう。また、彼女の「自立」への強い意思を汲み彼女を弟子にする師匠が現れた後も、他の工房からは冷たい扱いを受けてしまう。しかし彼女のひたむきさは徐々に周りを変えていき、彼女自身も想像だにしなかった大きな仕事、そしてフィレンツェの外に広がる近世初期の動乱期のヨーロッパ世界へと、やがて彼女をいざなうことになるのです。
 彼女のまっすぐな頑張りと、それをちゃんと理解してくれる人々のドラマは心暖かく、また読んでいて非常に心地が良いものです。アニメ化もしており、歴史マンガが好きな人に限らず、幅広い方に強くおススメしたい作品です。

次回:【近世・前②】『ダンピアのおいしい冒険』~「現代」の始まりとしての大航海時代~

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