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ドッグ、あるいは人間トレーニング (1)

我が家では、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルという狩猟犬を2頭(母と子)飼っている。夫は鳥撃ちの狩人で、秋には犬と狩りに行く。しかしこの犬たち、家にいるときは至極おとなしい。人なつっこくて、番犬にもならないのだ。 

スプリンガー・スパニエルとどうやって狩りをするか。人間が犬を先に走らせる。犬は前方を左右に走り、嗅覚をたよりに藪の中にいる鳥を見つけ、走り寄って藪の中から飛び立たせる(フラッシング)。飛び立つと、犬は座って待つ。人間が飛び立った鳥を(あわよくば)撃つ。犬は鳥がどこに落ちていくかを見守る(マーキング)。人間は犬に撃ち落とされた鳥を探しに行かせる。犬はマーキングと嗅覚を頼りに鳥を探し、取ってくる(リトリーヴィング)。

これが競技にもなっている。フィールドトライアル(コンテスト)とハントテスト(基準を満たせば合格)の2種類ある。母犬(ジンジャー)が我が家にやってきたとき、ジンジャーの両親はフィールドトライアルに出ていたと知り、この競技に興味を持つようになり、トレーニングに通い、参加するようになった。夫は今の犬の前にも猟犬を飼っていて、独学で自分でトレーニングし、猟に行っている、自称セミプロトレーナー。

ジンジャーがとても優秀でいい子なので、素晴らしい父親候補を見つけ、子犬を産ませた。ジンジャーが懐妊以来、私は、子犬のベイリーを若殿の乳母のような気もちで育てている。この子を無事、世に出すのが私のお役目、みたいな感じである。

ベイリーは幼少の頃から夫とトレーナーの英才教育を受け、基本をしっかり学んで育った。夫とトレーナーがハンドルし、トライアルに参加している。去年は初入賞で全米大会の参加資格を得たものの、このご時世のため、他州であった全米大会の参加を断念した。しかし、今年に入ってから、スランプというか、「勝てない」と行きづまりを感じているようだった。

そこで「じゃ、ちょっとトライアルは休んだら?その間、私がベイリーとハントテストに出るね」と、この夏、ベイリーとトレーニングを始めた。気負ってという訳でも、やむなくという訳でもなく、何となく自然な流れで。トレーナーは困惑していたが。でもやるからにはちゃんとやる、覚悟みたいなものはできていた。 

ちなみに、トレーニングはもっぱら私の方。ベイリーは基礎はすでに身についている。ベイリーの仕事は、ハンドラーは私だと理解し、私を信頼しコマンドに従い、鳥を私に持ってくること。私の仕事は、狩り、競技のこと、犬の思考、動向を理解し、ちゃんとハンドルすること。今まで夫のトレーニングやセミナーに同行し、基本はわかっているつもりだった。「私は狩りをしないし銃も撃たないので、犬をハンドルできない」と思い込んでいた。それが思い込みとわかったと同時に、その言い訳はもはや通用しなくなった。狩りをしない、撃たない、のは私の選択。でも競技に参加する以上、理解してトレーニングする。その点は腹をくくった。 

トレーニングを続ける上で、いろんな気づきがあった。これはドッグトレーニングだけでなく、人間が何かを学ぶ上で、人間関係や子育てなどで共通することがあるのかも、と思った。そもそもドッグトレーニングではなく、人間、私のトレーニングなのだ。あるいは、ベイリーと私がどう絆を深めていくか、私がどうベイリーの信頼を得るか(競技において)、そのトレーニングといった方がいいのかもしれない。

これから、学んだことを少しずつ書いていきたい。

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