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連作SES営業短編 第十六話 カースト

日々、採用面接をやっているとよく見るタイプの履歴書がある。
例えばそこそこの大学を出て新卒で大手の派遣会社に入ったエンジニア志望。
奴らはその時々のバズワード(今ならAI、ちょっと前ならメタとかWeb3とか)を謳う会社に乗せられて安易に就活を終える。

当然エンジニアとしての仕事にはありつけない。
派遣会社が全員を希望通りの仕事に就かせる事は不可能だって、ちょっと考えればわかるだろう。
だから早くて半年、遅くとも3年程度でそいつは辞める。
次の仕事は決まり辛い。新卒カードと20代前半の時間を無駄にしたそいつらは何も持っていないから。

この国では一度カーストが固定されると、そこから抜け出すのは至難の業だ。
上流には上流の仕事が、下流には下流の仕事が流れる。
そして奴らは俺の目の前に現れる。
俺達がいるのはロースキルSES領域。この国の最底辺だ。

長い夏が終わってその年に秋はなかった。急に冷え込んだ11月中旬。
採用面接に来たのはツーブロックの元営業マンだった。うちに面接に来るような奴には珍しく、はきはきしてる。
差し出されたのが最近よく見るタイプの履歴書その2だ。
そいつは大学を卒業して、当時シェア拡大を図っていた決済サービスの営業仕事に契約社員で就いていた。

ミッションは出来るだけ多くの店舗に突撃して決済サービスを導入させる事。
ツーブロックは担当エリアで2位の数字を叩いたそうだ。
優秀。
なんでそんな奴が転職活動をしているのか。
当然理由はある。

決済サービスは一度導入してシェアを獲得してしまえば突撃営業は不要になる。
だから正社員より高い報酬を設定出来るし、いらなくなれば切れる訳だ。
スキルになり辛い突撃営業は外注に回し、正社員はコア業務に専念できる。
使い捨て前提の良く出来た分業体制。

放り出されたツーブロックは焦って求職活動をしている。だから俺の前に現れた。
うちの募集はロースキルエンジニアであって営業じゃない。手当たり次第に応募しているんだろう。
奴の行く末は容易に想像出来た。
無限の階段を転げ落ち続ける様な際限のない転落だ。

普段なら即決で内定を出すタイプだったが、俺は奴を不採用にした。
転がり落ちる奴の背中を押す仕事にいい加減うんざりしていた、又はたまたまそういう気分だった、どちらだったかはあまり覚えていない。
いずれにしても俺はツーブロックに不採用を告げて、その代わりに知り合いの会社を紹介した。

奴に紹介したのは働き方改革の後も生き残った昔ながらのブラック営業会社だ。
数字をつくれない奴はごみ以下。詰めもきつい。残業時間は計測不能。
それでもそこで数年間サバイブ出来れば営業としては上から下まで対応できる人材になるだろう。
そこまで持つかどうかは俺の知った事じゃない。

半年が経って季節は梅雨。厚い雲が空を覆って今にも降り出しそうな午後。
渋谷のスクランブル交差点でツーブロックとすれ違った。
奴は大きな荷物を抱え汗をかきながら上司の後を追っていた様だった。俺には気付かない。
渋谷駅に吸い込まれるのを見送って、俺も次の目的地へ向かった。

おまけの用語解説
カースト:
40年前には既に「一億総中流」は失われていて、上層と下層の格差は広がり続けている。
派遣だとかSESだとかBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)とかITO(インフォメーション・テクノロジー・アウトソーシング)とかKPO(ナレッジ・プロセス・アウトソーシング)とかSPO(セールス・プロセス・アウトソーシング)とかKGBとかTRFとか、役割や呼び方は様々だけど要するにノンコア業務は外注に投げたいって需要があって、外注の人間には外注作業者としてのスキルしか身に付かない。
コア業務を行える人材は仮に転職しても上層に行けるし、ノンコア業務しか出来ない奴はその層でしか転職出来なくなる。
現代の日本におけるカーストがこれだ。

例えば政府が発表しているリスキリング支援。
あれはいずれ仕事がなくなるノンコア人材を、それでも何とか働かせなきゃいけないからこその施策だと思っている。

あんたがまだカーストの壁に阻まれる前の若者なら、そこに陥る前に意識するべきだ。
既に陥ってしまったのなら脱出の策を練ってくれ。誰にでも当てはまる正解はないから、特に俺が言えることはない。健闘を祈るだけだ。

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