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自分以外いないはずの車内で……

これは僕がじっさいに体験した、恐怖の記録である。

晴れた冬の日、愛車のハイエースに乗って秩父の美の山公園に向かった。

そこにある展望台にGoProを仕掛け、夕暮れの様子から夜景に変わるタイムラプス映像を撮影するためだった。

寒さに凍えながら、景色を観に来た人たちに頭を下げながら、僕はひたすら待ちつづけた。

苦労の甲斐あって、満足のいく映像が撮れた。

https://www.youtube.com/watch?v=XRdVLtop3GQ

(ちなみにこの動画の一番目の映像です)

ライトで足下を照らしながら車に戻り、帰路に就くことにした。

誰もいない山道を、ハイエースは緩やかな速度で下っていく。

前方の様子は、ヘッドライトが照らしている範囲しか見えず、日が出ていたときに通ったのと同じ道とは思えなかった。

不気味だな、と思ったとたん、胸の中に不安感が広がっていった。

そして——。

キーン、キーン、キーン、キーン。

シートベルト未着用を報せる警告音が鳴った。

おかしい。確かに自分はシートベルトを締めたはずだし、右の腰あたりにその感触もある。

念のため、片手で触れてみる。やはり自分の胸には斜めにベルトが走っている。

悪寒が背筋を這い上った。

なぜ、警告音が鳴っているのだ……。

たしか後部座席の人がシートベルトをしていなくても、警告音は鳴らないはずだ。

つまりいま、助手席に何かがいる。

少なくとも、車はそう判断しているということになる。

一瞬にして恐怖に駆られた僕は、助手席を見ることができなかった。

しかし、このまま走らせつづけることもできない。

ちょうど車がすれ違うための停車スペースがあったので、そこに車を停めた。

警告音はまだ鳴りつづけている。

恐る恐る、左に視線を送っていく。

視界に映る範囲には、何も異常はない。

警告音は鳴りつづけている。

心臓は、それをはるかに超えるペースで鼓動している。

勇気を出せ! 確かめるんだ! 
この問題を解決しなければ、家に帰れないだろうが!

僕は自分に喝を入れ、左拳を握り締めた。

俺は、お前なんて恐れてないからな!

心中でそう叫びながら、僕は左腕を助手席目がけて振った。

冷たい何かに触れる、あるいは見えない何かに左腕を摑まれるなど、怪奇的な目に遭う覚悟もしていた。

しかし、僕の左腕が触ったのは、助手席のヘッドレストだった。

そして——。

シュルシュルシュル———。

僕がしていたはずのシートベルトが、勝手に外れていった。

しばし呆然としたが、やがて事態を呑み込むことができた。

どうやら、僕がしていたシートベルトのバックルが、きちんとはまり切っていなかったようだ。勢いよく身をよじった拍子に、それが外れたのだ。

車は、その状況を検知いていただけのことだったらしい。

安堵した僕は長い息を吐き出し、バックルを「カチャ」と音がするまで差し込んだ。

ふたたび車を発進させたときには、安堵感は恥ずかしさに総取り換えされていた。

僕は幽霊が存在することを願った。

せめてあの一人ドタバタ劇を観て、笑ってくれる誰かを求めていたのだ。


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