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宝塚歌劇団演出家 上田久美子氏に捧ぐ

突然の退団発表。

じわじわと視界が曇ってくると同時に、これまでに生で観劇が叶った久美子先生の作品への想いが走馬灯のように蘇ってくる。


私は、宝塚の世界が好きで好きでたまらない、というタイプのファンではない。あくまで好きな人物ベース、もしくは作品ベースで観劇をするため、演出家については最初は注目の範囲内だった。

2016年夏の『ローマの休日』から宝塚を観るようになり、最愛の人となった月城かなとが所属する雪組作品ばかりを観に行くようになっていた頃、2017年2月に名古屋 中日劇場で『星逢一夜』に出逢った。

とんでもなく泣けると噂には聞いていた本作。2015年夏の本公演は、まだ宝塚を観るようになる前だったため観劇は叶わなかった。でもまさかの再演ということで、まだ当時はにわかであった私にも貴重な観劇の機会が巡ってきたことには、月日が経つにつれ感謝の気持ちが増していく。

主人公の天野晴興、ヒロインの泉、幼馴染の源太。この3人全員に、ひどく共感をしてしまう作品であった。5年以上前に、生ではたった一回観ただけであったが、信じられないほどに咽び泣いたことを今でも鮮明に思い出す。三半規管がおかしくなったのか、頭痛や軽い吐き気すらもよおしたほどだった。しばらく座席から立ち上がれないという体験をしたのも、この作品が初めてだったかもしれない。

心が激しく揺さぶられ、観客という立場なのにそれぞれの登場人物のことを身近な誰かであるように心から想い、彼ら彼女らの幸せを心から願うという、他の作品より一段上の入り込み方をした気がする。同時に和物作品であったため、自らにも流れる日本人の血、日本人の性質という部分かもシンパシーを感じたのだと思う。心の琴線に触れる、他にはない唯一無二の作品だった。

恐らく、久美子先生のお名前とお顔を認識し出したのはこの時あたりからだった。


雪組以外はほとんど観たことがない私であったが、その後、他組も観に行ってみようキャンペーンを行っていたこともあり、たまたま初花組で『金色の砂漠』を観劇した。

初めて生で見る明日海りおさんの妖精感に目を奪われつつも、目の前で繰り広げられる妖艶でミステリアスな世界観にぐんぐんと引き込まれていったことを覚えている。『星逢一夜』もそうであったが、身分違いの恋……。心を激しく掻き立てる、情熱的且つ悲劇的なストーリーに、気づけば虜になっていた。


その間、れいこさんが月組に組替えになっていたこともあり、2018年の久美子先生ショーデビュー作品『BADDY-悪党は月からやって来る-』も観劇が叶った。れいこさんが出ていたため、何度も何度も観ることができた。

斬新且つメルヘンな世界観で、ゆめゆめしいだけかと思いきや、全くそんなことはなかった。中詰で繰り返し出てきた「悪いことがしたい 良い子でいたい 頭は混乱 心はドキドキ」というフレーズが、今でも時々頭の中に流れてくることがある。メルヘンな世界の中に、「善と悪は切り分けることはできなくて、どちらか一方を排除することもできない」という強いメッセージが込められている作品だった。

今も同じ地球上で繰り広げられる、絶対にあってはならない戦争という悪もあれば、少しかっこよく見えてすらしまうちょっとした悪もある。喫煙もここ数年で「良くないもの」として排除の傾向が強まったり、コンプライアンスが厳しくなって自由な表現や発言が難しくている今の世の中。そんなに色々なものを規制してしまって良いのかと、自分の中で考える機会をいただいたように思う。

また、2019年発売の月城かなと1stフォトブックの中で、「なぜ人は恐れるの 傷つけ傷つくこと 悪いって言われてもいいさ 信じることがあるのなら」というパレードでの歌詞が心に残っていると、れいこさんが語っている。意味もなく暴言や暴力を働いて人を傷つけるのはあってはならないが、自分の信念を貫いた結果誰かを傷つけてしまうということを恐れる必要はあるのか。実際にこの作品に出演されていたれいこさんにとって大切な言葉となったことで、そのれいこさんを応援する私たちにとっても大切な言葉になったように思う。


その後は少し期間が空いて、2021年『f f f -フォルティッシッシモ- ~歓喜に歌え!~』を観劇。愛してやまないだいきほコンビの退団公演。雪組の誰のファンクラブにも入っていないのに、死に物狂いでチケットを探し集めた結果、大劇場と東京合わせて10回も観劇する機会をいただくことができた。

そして、こんなにも重要な退団公演を久美子先生が担当されるというのは、こちらとしてもこの上ない喜びだった。絶対に素晴らしい作品であると確信してmy初日を迎えたが、実際はその確信をも上回るものだった。

私は一度目の観劇で内容をしっかり理解しストーリーに入り込むことができたが、確かに周りの方々が言うように宝塚としてはやや難解な作品。でも、「これが久美子先生が本当にやりたいことなのではないか?もっともっと難しく深い作品が来ても私は受けて立つ!」と興奮しながら決意したことが、昨日のことのように思い出される。

あの稀代のトップコンビの良さを最大限に活かしながら、ベートーヴェンという稀代のミュージシャンの心を深く読み解き突き詰め、最後は退団公演に相応しい昇華のさせ方に持っていくという、久美子先生の天才的な所業を目の当たりにし、限りなく良い意味で言葉を失ったほどだ。

生では10回、千秋楽のライブビューイング2回も含めると12回も観劇したのに、飽きることなく毎回集中して、新たな発見をし、回を増すごとに突き詰めて作品や人物を理解していくことができた。そのことが本当に本当に楽しかった。ここまで思える作品に出会えることは、きっと人生の中でそう多くはないだろう。それが久美子先生の作品であり、望海風斗と真彩希帆の退団公演であったことが、本当に本当に嬉しかった。


そして、久美子先生にとっても退団公演となった『桜嵐記』(この時は知る由もなかったが)。こちらも珠城さんとさくらちゃんの退団公演ということもありチケットが厳しく、10回は観られなかったかもしれない。

ありがたいことに大劇場の初日を観ることができたが、初見から一気に心を奪われた。ややこしい南北朝時代の歴史を冒頭にざっくりと説明してくださるあたりは非常に観客目線で親切。主人公の楠木正行をはじめ、当時劣勢だった側の武士たちの、表面的な強さではなく心の内側の葛藤や核心を大事に描かれていたのが大変好印象だった。

お父様の楠木正成は、高校生の時に日本史の教科書で習って名前は知っていたが、その息子たち3人の存在は全く知らなかった。知名度は高くないがそれぞれが強い信念を持って生きた楠木三兄弟を中心に据えるという、久美子先生のセンスの良さが光っていたし、何よりお陰で楠木三兄弟のことが大好きで大好きでたまらなくなった。

珠城さん演じる楠木正行は若くして戦死してしまった人物だが、現代の20代半ばの人間では到底背負うことができないような責任を背負い、全うして生き抜いた、気高い人物であった。この人物と、珠城さんの勇ましい雰囲気やこれまでされてきたであろう心の葛藤などと重なり、ストーリーにより深みが増していたように思う。

思い出すだけでも涙が出てくる、出陣式の場面。兄貴を囲う弟二人、兵士たち、後村上天皇、弁内侍…。各々の想いが正行に向かう様があの場面で見事に表現されていた。想像だが、久美子先生ご本人は、この時既に退団を決意されていたのであろう。珠城さん主演作から始まったご自身の宝塚歌劇団演出家としての人生を、珠城さん主演作で終えることには、きっと強い想いがあったのではないだろうか。既に退団されてしまい伺う術もないが、いずれどこかでお話しいただけることを待ちたい。

桜嵐記。舞台上に広がる美しい桜や風景、楽曲とともに、鮮明に記憶に焼きついた。毎年春に桜を見るたび、きっとこの作品を思い出すことになるだろう。


脚本を書く仕事は、自分の脳内を曝け出すことでもある。各作品を通して徐々に久美子先生の脳内を知ることができた中で、私としても心のどこかで、「この人がやりたいことは、きっと宝塚の枠を大きく超えている。だからいつかここからいなくなるかもしれない」と、気づいていたのだと思う。私が生で観た作品の中では、『fff』で特にそのように感じた。だから、むしろ宝塚のように制限がある場所ではないところで、久美子先生が生き生きと表現できる日がいつか来てほしい、とすら思っていた。でもまさか、その日がこんなにも早く来てしまうなんて……。

正直、宝塚でもっと久美子先生の作品が観たかった。れいこさんのトップ時代に、久美子先生作品に出させていただくという夢も叶わずじまいになってしまった。その時は、大劇場初日に入り口に立たれる久美子先生に話しかけにいくぞ!という私の超個人的な願いも空想に終わってしまった……。

だから、今日の今日では、まだこの現実は受け入れ難い。でも、この才能を宝塚の中だけに閉じ込めておくのは私としても不本意だ。久美子先生ご自身が学びたい場所で学び、それを吸収し、またいつか日本の演劇界に戻ってきて思う存分アウトプットしていただきたい。久美子先生が、いつか日本の演劇界に旋風を巻き起こす日を待つとする。

自身の子どものようにと言っては、生み出してもいない立場でおこがましいので、姪っ子のように愛おしいとでも表現しようか。一方で、憧れの大スターのように崇拝してやまないとも言える、久美子先生の作品たち。この先ずっと記憶と心に留め、有難いことに映像は残っているため時々振り返り、いつまでも大切に愛していきたい。


上田久美子先生。今まで、作品を通して多くの感情や知識をいただき、人としても成長させていただき、本当にありがとうございました。今後はご自身の心の赴くままに、作品を生み出していかれることをお祈り申し上げます。



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