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ミュージカル『next to normal』Nチーム観劇(その後Aチームも観劇)

宝塚退団後、望海風斗さんのミュージカル出演2作目!頑張ったものの自力でチケットを確保できず、お譲りいただいたチケットで4月初旬になんとか観劇が叶った。

この日は望海さん率いるNチーム。アンサンブル一切なしの6人きりのミュージカルで、ここまで人数の少ないミュージカルは観たことがなかったため驚いた。ただ6名とも実力が確かでいらっしゃるためか、物足りなさは全くなく、見応え満点であった。

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【この日のキャスト】
◆ダイアナ(主人公。家族の母親)
・・・望海風斗
◆ゲイブ(ダイアナとダンの息子)
・・・甲斐翔真
◆ダン(ダイアナの夫)
・・・渡辺大輔
◆ナタリー(ダイアナとダンの娘)
・・・屋比久知奈
◆ヘンリー(ナタリーのクラスメート)
・・・大久保祥太郎
◆ドクター・マッデン/ドクター・ファイン(ダイアナの主治医)
・・・藤田玲

内容はと言うと、なんとも形容し難い独特の作品。赤、青、紫といった色を衣装として散りばめることで、登場人物の精神状態を表していたり、骨組みと三角屋根の形のみの無機質な二階建ての家のセットの中のみで物語が展開することで、閉塞感や窮屈さを観客に与える演出になっていた。

私自身はどの役にもそこまで感情移入せず比較的俯瞰して観てしまったものの、ダイアナの設定を“双極性障害”という病名に限定しなければ、どこの家族にも多かれ少なかれ存在しうる問題が描かれていた。


【ストーリー】
母、息子、娘、父親。普通に見える4人家族の朝の風景。
ダイアナの不自然な言動に、夫のダンは優しく愛情をもって接する。息子のゲイブとダイアナの会話は、ダンやナタリーの耳には届いていないように見える。ダイアナは長年、双極性障害を患っていた。娘のナタリーは親に反抗的で、クラスメートのヘンリーには家庭の悩みを打ち明けていた。
益々症状が悪化するダイアナのために、夫のダンは主治医を替えることにする。新任のドクター・マッデンはダイアナの病に寄り添い治療を進めていくが・・・。

※以下、ネタバレあります

まずは望海さん演じるダイアナ。登場すぐは一見普通のお母さん。深夜に息子であるゲイブが帰宅してから朝になって朝食を準備するまでの、どこの家庭にでもある光景が描かれるが、その一連の中で徐々に言動がおかしくなっていくダイアナ。

宝塚時代の望海さんをずっと見てきた身としては、冒頭、夫であるダンに対して「今すぐセッ◯スしにいくから〜!」の台詞に衝撃を受ける…(失笑)頭にこびりついてしまい、これは望海さんではなくダイアナの言葉だ…と数分間自分に言い聞かせ続け、作品に集中できない時間が発生してしまった(笑)他にも宝塚では絶対にあり得ない台詞があり、ひょんなところで望海さんの退団を改めて実感することとなった。

女性の役であるため、宝塚現役時代と比べて高めのキーで歌われる望海さん。男役の低音と比べるとまだ少し歌いづらそうな様子はあったが、とは言っても望海さん。心情ごとに声色を使い分け、どのナンバーも見事に歌いこなされていた。

息子を幼くして亡くしたという精神的ショックが心の病を発症させ、深刻化させてしまったことがストーリーの中で分かってくる。対処療法としてドクターから様々な薬を処方され、それらを飲む日々。心の病にかかったことがない人も、薬を飲むことによる身体への負担というものは多くの人が分かると思うが、大量の薬を飲むダイアナは本当に辛い状況であることが窺えた。息子を亡くしたことによる心の苦しみを治すための薬なのに、多くの薬を飲み続けなければならないことや副作用の存在が更なる負担となり、心身を逼迫していく…。それが、一つの家のセットの中のみで繰り広げられていく様子に、例えようもない抑圧を感じた。

ストーリーの冒頭から登場し、様々な場面でダイアナに寄り添い会話を繰り広げていく息子のゲイブは、ダイアナの脳内にいるだけで実在はしないということが途中で分かる。ゲイブは生まれて8ヶ月で亡くなったという話が後半で出てくるが、舞台上にいるゲイブは18歳(確か)。家族が集う中、ダイアナがゲイブの誕生日ケーキを用意する場面でゲイブは存在しないことが判明する。つまり、ダイアナは脳内で18歳までゲイブを育て続け、心の拠り所とし、一緒に生きてきたのだ。

悲劇的状況に置かれた人物を演じる望海さんは、宝塚現役時代に色々と見てきた。悲劇の女王(帝王?)と言っても過言ではない。でもそれらと異なるのは、今作においては現代を生きる女性の役ということ。年齢的にもダイアナは望海さんと近い設定だろう。結婚や出産は実際にはされていないとは言え、一女性としての望海さんと比較的近い役をされたことに、新鮮さと、少しの寂しさを感じた。

日々激しい感情の起伏と共に生きてきたダイアナ。最後は、ゲイブと距離を置き、夫であるダンとも距離を置き、これまで蔑ろにしてきてしまった娘のナタリーとは心を通わせることができた。ダイアナの大きな一歩。快方に向かい、いずれダンとの関係も修復されていくことを願う。


他のキャストの方々にも触れておきたい。

ゲイブ役の甲斐翔真くん。彼の出演したミュージカルを初めて観たのは『マリー・アントワネット』。その時、この子は絶対にくる!!と大きな伸び代を感じ、その後ロミジュリと今作も観劇が叶った。

今作においてはのゲイブは、家族であるものの今は実在せず、ダイアナの心の中で育まれてきた存在という非常に難しい役どころ。まだ役者としての経験、ミュージカルの経験ともにそこまで多くない彼だが、経験の浅さを感じさせない非常に堂々とした歌唱と芝居だった。マリー・アントワネットの時のフェルセン伯爵ではまだかなり初々しい印象を受けたが、あれからまだ1年数ヶ月しか経っていないとは思えないほど、ぐんぐんと成長されていた。

ゲイブは、ダイアナに優しく寄り添ったり、死に誘ったり、離れたところからそっと見守っていたり、ダンやドクターに対抗したりと様々な表情を見せてくれた。『エリザベート』でいう、トート閣下のような、はたまたルドルフのような役割を担っている存在だった。恐らく母親であるダイアナ役の望海さんとは色々と話し合って役作りをしていったのだろうと感じた。

若者ならではの身体能力の高さとでも言おうか、複雑な舞台装置を縦横無尽に行ったり来たりする様も印象的だった。


ダイアナの夫であるダン役の渡辺大輔さん。優しい夫という印象から入るものの、徐々に妻のダイアナや亡くなった息子のゲイブと向き合えていない弱さが露呈してくるという、可哀想でもあり非常に人間味のある役どころ。

十数年も双極性障害を患う妻を支え続けてきたのは、単純にすごい。でもダイアナの中にずっと亡くなった息子のゲイブが存在していてそれがダイアナの病の原因だと認識しながらも、そのことに対してしっかり向き合うことができていない。最後にダイアナが家を出て行く時、ゲイブはダイアナに着いていくのではなくあの家に、ダンの元に残った。それが意味するのは、ダイアナと一緒に暮らしていた時はダイアナがゲイブを亡くした悲しみを全て請け負っていたものの、ダイアナがいなくなったことでダン自身が真っ向からゲイブの存在と向き合わなければならなくなったということか?と想像する。あの場面でダンはゲイブの存在を認識し対話するが、ダンはいつからゲイブのことが見えていたのか……そこまでは一度の観劇では理解が追いつかなかった。

渡辺さんのダンディな出立ち、優しさゆえの弱さとカッコ悪さのお芝居がとても良かった。


ナタリー役の屋比久ちゃん。彼女の実力もレミゼをはじめとした各作品で認識している通りだったが、怒りや孤独を抱えていたり、不器用な人物の芝居がやはり上手い。あんなにも小さい身体のどこからあのエネルギーと歌声が出てくるのか不思議なくらいだ。

母親は、自分が生まれる前に亡くなった兄の存在に囚われ続けて、自分のことは本当の意味では見てくれないまま14歳まで育ったという、非常に切ない役どころ。自分のことを大切に思ってくれるヘンリーという存在に出会えて、最後には母であるダイアナとも少しだが心を通わすことができ、彼女の人生に徐々に変化が生まれていく様を巧みに演じていた。


ヘンリー役の大久保さん。ナタリーに好意を持ち接点を持ったことから、彼女の家族の重い問題に巻き込まれていくような役どころ。でも彼の明るい雰囲気とタフさ故か、ナタリーの家族のことを厭うことなく、徐々に溶け込んでいく。ダイアナ一家は基本的に重い空気に包まれていたため、ヘンリーの存在が見ている側としても少し救いになった。


2人のドクターを演じた藤田さん。1人目の担当医ドクター・ファインは、診療中にとにかく早口で、まどろっこしく薬の種類と飲み方を説明する。あのややこしい台詞を噛まずにすんなり話すのはなかなか至難の業だろう。登場場面の少ないこの人物の個性を際立たせる芝居が見事だった。

ドクター・マッデンとダイアナが初めて会う診療室の場面では、幾度となくロックスターに変身。あれはダイアナの精神状態を表すものであるのだろうが、これまたなかなかのクセつよな演技で思わず笑ってしまった。

ドクター・マッデンは、良い医者なのか、悪い医者なのか、最後まではっきりとは分からなかった。この作品においての医者は、優秀かインチキ(善か悪)のどちらか明確な立場ではなく、心の病という一つの確固たる治療法がない病気を治すことの大変さを象徴する役割だったのかなと感じた。どんな薬を飲み、電気を流して脳に刺激を与えても、結局は根本の原因と向き合い続けて、そのわだかまりを解消していく他に方法はないのだ。


一度の観劇では、色々と見落としが多く十分に理解できなかったところが多々ありそうで悔やまれる。ただ、完全に正常(ノーマル)な人はいなくて、誰もが何かの問題や他人には理解されにくい何かを抱えているというメッセージは伝わった。自己や他者の異常な部分も受け入れ、ある程度折り合いをつけて生きていく他ないのだ。

ダンとゲイブのこの先はやや暗雲が立ち込めるが、心の整理を付けられるよう願いたい。

少人数ながらも実力派揃いの、大変密度の高いミュージカルを観させていただいた。また機会があれば観劇し、より理解を深めてみたい。


↓追記

Nチームを観劇した3日後、安蘭けいさん率いるAチームも奇跡的に観劇ができたので、個々の出演者の方の感想について追記しておきたい。

1回目のNチーム観劇の際は、難しい内容を理解することと匂わせ的な部分を読解することに気を取られ、物語の世界観に浸るところまでは至れなかった。ただその後、noteに感想をまとめて脳内を整理して2回目のNチーム観劇に挑んだことで、ストーリーが自然と腑に落ち、がっつり世界観に浸り楽しむことができた。

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【この日のキャスト】
◆ダイアナ(主人公。家族の母親)
・・・安蘭けい
◆ゲイブ(ダイアナとダンの息子)
・・・海宝直人
◆ダン(ダイアナの夫)
・・・岡田浩暉
◆ナタリー(ダイアナとダンの娘)
・・・昆夏美
◆ヘンリー(ナタリーのクラスメート)
・・・橋本良亮(A.B.C-Z)
◆ドクター・マッデン/ドクター・ファイン(ダイアナの主治医)
・・・新納慎也

ダイアナ役の安蘭けいさん……非常に素晴らしく、感涙!

宝塚現役時代は世代的にも存じ上げず、安蘭さん主演の舞台というのは今回初めて見たけれど、本当にダイアナそのものだった。母であり、女であり、一人の人間でもあるという、どの側面から見てもリアルな芝居。どの場面の表情も臨場感があって、歌声も深くて素敵だった。安蘭さんのお陰で、この難しい題材の作品に入り込めた気がする。

今作初見がNチームで、その際は内容を理解するのに精いっぱいだったということも影響するかもしれないが……個人的には、望海さんより安蘭さんの方がより、リアルな母でありダイアナであったように感じた。望海さんのことが大好きでむしろ望海さんの方を贔屓目に見てしまっているであろう私であるが、正直なところそのように感じてしまった。その理由は恐らく、まだ望海さんから“男役”が抜け切っていないからだと思う。別に抜き切らなければならないわけではないが、まだ退団されて1年弱のタイミング。約18年間もの間、熱中して突き詰めてきた男役が一瞬にして抜けてしまう方が逆におかしい。一方で今回のダイアナという役は完全なる女性であったため、そこに少し違和感を感じてしまったのかもしれない。


ゲイブ役の海宝さん。こちらも本当に素晴らしく…。甘いルックスゆえ、王子系や好青年役がどうしても多く回って来がちだが、今回の役は今まで見た海宝さんの役の中でもかなり新鮮だったように感じる。実年齢が33歳なのに18歳役であることはさて置き(笑)非常にミステリアス且つ秘めたるエネルギーを解き放って演じてらっしゃった。

それにしても歌が上手すぎる……!海宝さんがいつも立たれている大きな劇場と比べると、シアタークリエは小さめの箱であったことも影響してか、声量もいつにも増してすごく響き渡っていて、圧倒された。「I'm Alive」で、甲斐翔真くんと同様、軽々と舞台装置を縦横無尽に駆け回りながらアグレッシブに歌い上げる姿が最高にカッコよかった。


ダン役の岡田さん。舞台よりも圧倒的に映像作品の印象が強い方であるが、2019年のミュージカル『ファントム』のキャリエール役に次いで舞台でのお姿を拝見する機会となった。

安蘭さんと比較的ご年齢が近いこともあってか、お似合いなご夫婦だなと思える組み合わせ。Nチームのダン役 渡辺さんと比べると、やはりより大人な男性という印象を受けた。それでいてチャーミングさもあって、ダンを魅力的に演じ上げてらっしゃった。同時に、すごく優しいけれどそれゆえ問題の根源と向き合うことができないという演技が秀逸だった。ダンの人物像は、岡田さんが2年半前に演じられた『ファントム』のキャリエールと通ずるものがあったような気がする。


ナタリー役の昆ちゃん。私の大好きな昆ちゃん!!どの作品の彼女を見ても思うが、彼女の芝居や歌はびっくりするくらいにすんなりと入ってくる。技術面で上手い人はたくさんいらっしゃるが、みんながみんな、人の心にすんなりと入っていけるわけではない。そこが彼女の強みであると改めて実感した。

実年齢は30歳であるのに、14歳の役をやっても違和感がないということも奇跡的だ。あの小柄で華奢な身体のどこから、あの声量とエネルギーが出てくるのか……解けない謎である。

生まれてからずっと、母親であるダイアナに自分を見てもらえていない、自分は透明な存在なのだという切ない感情を歌う「Superboy and the Invisible Girl」は最高であった。


ヘンリー役のはっしー。彼は私と同い年で、地元も近かったこともあり、全く知り合いではないが10代の頃からどこか身近な存在だった人。まさかこんなところで巡り合うなんて!

母であるダイアナに似てやや不安定なナタリーを優しく包み込む包容力を持ち合わせたヘンリーを、ナチュラル演じられていた。芝居はとても良かったと思うが、やはり共演者は非常に高い歌唱力を持たれた方ばかりだったため、ハモる部分などでは歌っているのに声が聞こえない時も……。彼なりの努力は大いに感じられたが、歌に関してはまだまだ稽古が必要か。


ドクター・マッデン/ドクター・ファイン役の新納さん。メインのドクター・マッデンの方では、Nチームの藤田さんと比べると、より淡々としており若干機械的?に演じてらっしゃる印象を受けた。でもやはりドクター・マッデンは心理が読みづらい……どういう感情?一番最後、ダンに話しを聞いてくれる人を紹介すると声をかけた時に、優しい笑顔が見れたのでそこで少し安心したが…信じて良いんだよね!?


NチームもAチームも、自力でチケットが取れなかったにも関わらず、運良くチケットをお譲りいただけて観劇することができた。お譲りくださった方、本当にありがとうございます。

各チーム、6名という少人数だったからこそ、お一人お一人にしっかりフォーカスして観劇することができ、すごく贅沢な時間を過ごさせていただいた。

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