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美点を際立たせ欠点をカバーした賢明な一作 〜「オクトパストラベラー」評

今回は、スクウェア・エニックスより発売されたRPG「オクトパストラベラー」を評論します。

僕は本作は、「美点を際立たせ欠点をカバーした」賢明な一作であると感じました。そしてそのことは、1990年代2DドットグラフィックRPGへの回帰という本作の特徴と深く関係しています。以下、具体的なポイントを挙げながら、本作を評論します。

1. はじめに

本作「オクトパストラベラー」はまず、2018年7月13日にNintendo Switch版が発売され、その後、2019年6月7日にWindows(Steam)版が発売されました。

本作のチームの過去作「ブレイブリーデフォルト」(ニンテンドー3DS, 2012)では、1980〜90年代のRPGへのノスタルジーを基調としつつも3DSのマシンスペックなりの3Dグラフィック表現を志向していました。
一方、本作ははっきりと1990年代の2DドットグラフィックRPG(いわゆる2D-JRPG)への回帰に振り切っています。

本作を評論する切り口は色々とありますが、ここでは以下の3点のポイントで評論します。

1. JRPGが世界的に再評価されている絶好のリリースタイミング
2. 思い出補正に負けないための工夫
3. 欠点がうまくカバーされていること

2. JRPGが世界的に再評価されている絶好のリリースタイミング

JRPGという言葉ですが、文字通りの意味である「日本産のロールプレイングゲーム」という意味を超えて、それ自体が一つのゲームジャンルとして定着してきた感じがします。

そもそも、JRPGという言葉が使われるようになった2006年〜2010年ごろ(XBOX 360やPS3、Wiiの時代)には、どちらかというと批判的な、なんなら軽蔑的なニュアンスがあったように思います。

「The Elder Scrolls IV: Oblivion」(Windows・XBOX 360・PS3, 2006)など、広大なオープンワールドと高い自由度を実現していた欧米RPGに対して、技術的に遅れた、古臭いもの…それがJRPGというイメージでした。

しかしその後、風向きは変化しました。
「ペルソナ5」(PS3・PS4, 2016)「ニーア オートマタ」(PS4・XBOX One・Windows, 2017)は欧米RPGにはない個性が評価され世界的に大きく売り上げを伸ばしましたし、「FINAL FANTASY XV」(PS4・XBOX One・Windows, 2016)は、少なくとも技術的には欧米のオープンワールドRPGと肩を並べる水準に到達しました。

また最近は、JRPGを再評価しオマージュを捧げる流れもできてきました。
例えば、世界的に高く評価されたインディーズゲーム「Undertale」(PS4・PS Vita, Nintendo Switch・Windows・macOS, 2017)は、「MOTHER2 ギーグの逆襲」(SFC, 1994)に影響され、作中でオマージュを捧げています。

さらに、コロンビアで作られた「Cris Tales」(Windows, 2020年リリース予定)のように、「海外産のJRPG」と呼ばれるものまで出始めています。

このように、「JRPG」という言葉は、当初の「古臭いもの」というイメージからポジティブな意味合いへと変化し、それ自体が一つのゲームジャンルとして定着しています。

本作が発売された2018年〜2019年というタイミングは、このようにJRPGにポジティブな風が吹いている、絶好のタイミングだったと言えるかもしれません。

3. 思い出補正に負けないための工夫

1990年代2D-JRPGへの回帰が特徴の本作ですが、ただ単に当時の表現手法をコピーしているわけではありません。
当時の思い出は年月によって美化されているため、当時の2Dドットグラフィックや内蔵音源による打ち込み音楽をそのまま出してしまうと、ショボく感じられてしまいます。
そのため、思い出補正に負けないための工夫が必要になってきます。

ファミ通.comに掲載されているインタビューを読むと、開発者たちは、その工夫をかなり意識的にしていたことが分かります。

宮内(宮内継介氏、アクワイヤ、ディレクター)単純にドット絵を使うだけでは、昔遊んだスーパーファミコンのRPGの「ドット絵の景色がきれい!」という気持ちを味わえなかったんです。その体験を生み出すために、どのような工夫が必要なのかと考えて、被写界深度を入れてみたり、3Dのエフェクトを入れてみたり……そうするうちに、どんどん思い出の中の景色に近づいていくような感覚を味わいました。
浅野(浅野智也氏、スクウェア・エニックス、企画・プロデュース)僕らの思い出の中のドット絵が、あまりに神格化されていて。単純なドット絵では、「昔のほうがよかった」と感じてしまうので、アンリアルエンジンを使って何ができるか、アクワイアさんに研究してもらい、HD-2Dというスタイルに行きつきました。

このように、ドット絵をそのまま出すのではなく、被写界深度表現や光源表現を加えることで、独特の奥行きのあるグラフィックを実現し、当時の2D-RPGの「絵が綺麗」という感覚を、現代に蘇らせることに成功しています。

同様の工夫は、音楽でも行われています。

早坂(早坂将昭氏、スクウェア・エニックス、アシスタント・プロデューサー) まず、スクウェア・エニックスの作品を遊んでくださるファンの方たちが、本作の画面を見たときにどんな音楽を期待するのかを考えました。ドット絵と言えば、『ファイナルファンタジーVI』や『クロノトリガー』など、スーパーファミコンのRPG黄金世代のような楽曲が間違いなく期待されるだろう……と思い、3回聴けば覚えられるような、とにかく濃いメロディーにしたいなと思ったんです。西木さんには、「イベント曲もバトル曲も、メロディーを覚えられるものにしてください」とお願いしました。

――西木さんは早坂さんのオーダーを受けて、曲のイメージはしやすかったですか?

西木(西木康智氏、作曲家) はい。「この場面にはこういう曲だろう」と、すんなりイメージできました。今回、作曲にあたって、先ほどの「とにかくメロディーをキャッチーにしてください」というものと、高橋さんのおっしゃっていた「オーケストラの生音を使ったゴージャスな音像にしたい」という、ふたつのテーマをいただいたのですが、オーケストラは全体を複雑にアレンジしてしまうと、メロディーの部分がブレてしまうことがあります。そこで、オーケストラの音を使ってはいるのですが、基本的には、ボーカル曲のようなイメージで曲作りをしています。メロディーがあり、伴奏とリズムがあるような。メロディーを立たせつつ、オーケストラのテクスチャーも感じさせる楽曲を目指しました。

ここから分かることは、本作では「オーケストラを使ったゴージャスな音楽」と、「1990年代JRPGのBGMのようにキャッチーで分かりやすいメロディ」の両立を目指したということです。

メロディが覚えやすくキャッチーであることは、別の効果も産んでいると思います。それはファンコミュニティの活性化です。
Spotifyなどで「Octopath Traveler」を検索すると、世界中の人が様々な楽器で本作の音楽を演奏するプレイリストを聴くことができます。

本章で述べたように、本作は単に1990年代当時の表現手法をコピーするのではなく、それをアップデートしてみせることによって、思い出による補正に負けない作品に仕上がったと思います。

4. 欠点がうまくカバーされていること

さて、そんな風に1990年代2D-JRPGを素晴らしくアップデートした本作ですが、「主人公が8人いること(つまり、タイトルにも含まれている「オクト」)」が、いまいちうまく機能していない点は、欠点と言えるかもしれません。

複数の主人公が最終的に一つのメインストーリーに合流する「ドラゴンクエスト IV(ファミリーコンピュータ, 1990)」とは異なり、主人公それぞれのストーリーは、基本的に、完全に独立しています。
ある主人公のストーリーが進行している時は、あたかもその主人公1人しかその場にいないかのように描写されているのに、戦闘になると唐突に他の仲間が現れて4人パーティでの戦闘になるので、かなり違和感があります。

また、このようにそれぞれ独立した8人の主人公のメインミッションは、繰り返し感が強く、単調です。

メインミッションの数が全32個(8人の主人公×4章ずつ)というのは、決して多い方ではないと思うのですが、ミッションの構造が全部同じなので、だんだん「何回も同じようなことを繰り返しやらされている」感が強まってきます。
つまりどのミッションも、1.街へ到着→2.話を聞いて動機付け→3.町に隣接したダンジョンへ乗り込む→4.ボスをボコる→5.解決、という流れで、バリエーションが少ないです。

また、主人公が商人だろうと踊り子だろうと学者だろうと、ボスと正面切って殴り合う以外のミッションがない、というのもちょっとなあ…と思いました。
もっと色々な達成方法のミッションがあっても良かったと思いました。

ただし、こういった本作の欠点は、2D-RPGというフォーマットのおかげでかなり目立たなくなっていると思います。

戦闘になると突然他の仲間が現れる違和感は、2Dグラフィックによってリアリティラインが下がっていることでカバーされています。

また、メインミッションがボスバトルばかりなのも、ジョブとアビリティを組み合わせて思い通りのキャラを育成することが本作の面白さであり、ボスは、そんなキャラたちを存分に振り回すためのサンドバックに過ぎないと思えば、そこまで気になりません。

このように、「1990年代2D-JRPGへの回帰」と並ぶもう一つの本作の特徴「主人公が8人いること」は、あまりうまく機能しているようには思えませんでした。
しかし、本章で述べたように、2D-JRPGというフォーマットであることによって、この欠点はかなり目立たなくなっていると思われました。

5. 総評

今回は、RPG「オクトパストラベラー」を批評しました。

本作は、その美点が際立ち、また欠点がカバーされるように周到に調整された、賢明な一作だと感じました。
つまり、第3章で示したように、本作は1990年代2D-JPRGの表現手法を単にコピーするのではなく現代的にリファインしています。そのことによって、思い出補正に負けることなく、2D-JPRGの新作が遊べるという本作の美点を強調できています。
一方、第4章で示したとおり、「主人公が8人」という仕掛けは、うまく機能していない、本作の欠点と言えるかもしれません。しかし、2D-JPRGという、記号性の高いフォーマットを採用しているため、その欠点が露呈しづらくなっています

本作は、FINAL FANTASY VI(FF6)といった1990年代のRPGをかつて楽しんだ世代にも、そして、2D-JPRGに馴染みのない若い世代や日本国外のゲーマーにもお勧めできる、高水準の2D-JRPGに仕上がっていると思いました。
もし続編があるのであれば、複数の主人公の物語が絡み合うような、凝ったストーリーテリングを期待します。

(了)

2019.10.18 Itaru Otomaru

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