生まれたものとその縁

2年前のGoogleカレンダーを見て、自分のスケジュールが随分と頭がおかしいことになっているなあと気付きました。なんせ移動し過ぎ。

週の中で大体毎週4〜5つの都道府県を移動して、何かをしている。旅するように働くとは素敵な言い方だけれども、コレじゃないと思う。たぶん。

いつの頃か、オカンが「なにをあんたはそんなにいき急いどるん?」という風に言われていたことがあった。大学4回生の頃に、友人たちとの卒業旅行にも行かずにネイティブアメリカンに会いにいく旅をしたり、リクルートをやめて丹波に引っ越し、市議会議員になってみたり、退屈しない末っ子であるが、心配の種ともなるから、大学4回生のアメリカ一人旅の旅立ちの際には「もう死んだもんやと思っておくわな」と言ってたが、無理もない(笑)


思えばなにを生き急いでいるのだろうとも思うけど、しかしまたその当時を思えば、みんななにをそんなに悠長に生きているのだろうとも思っていた。

今もそうだけど、今日にだって人は死ぬ、僕だって死ぬかもしれない、それは何か人生に悩んでいるとかそういう話ではなくて、もうずっとそう思って毎日生きているのが日常だっただけ。だって事実として急に人は死ぬから。

なのに、なんだかいつまでも人生があるかのように「いつかできれば」とか「経験が積めたら」とか「もうちょっとしたら」とか「将来には」などと、あるかどうかもわからない未来に、さも時間があるかのように語ることほど楽観的な思考はないだろうよと思っていたし、今も少しそんな風には思う。


うまくいくかどうかよりも、やっとかないと今日や明日に急に死んでしまって、「嘘やん、そうと知ってたら、すぐやってたのに!」とか言いたくないから、とにかくいつか必ず来る終わりの日までは一生懸命に生きている。

そんな感覚だったから、「今日やっとかないと後悔しそう」ということについては、まさに生き急ぐように、焦るように、やっていたかもしれない。


移動する時間がなくなった分、意外と前よりもやっていることは色々とやっているのかもしれない。物理的な環境が変化しないのと、着実に毎週馴染みのメンバーと共に、着実にミーティングを経てプロジェクトを育てているからこそ、前よりも大きな変化にまみれている感じはしない。

それでもいまやっていることも、数年後に振り返ると、色々と関わってくれた人たち自身も変化し、メンバーも増え、大きな影響力を持って世の中とも関わることも増えていくだろう。小さくはじめたいくつかのことも、誰かの人生が変わるきっかけになっているんだという自負があるし、そうしたことをつくってこれたことを自分が歩んできた轍として時々見返したりもする。


話は変わって、ここのところ、ずいぶん仏教に深く関わるようになった。

ばあちゃんがなくなった10年ほど前に、仏教いいなーと思ってから少しずつ仏教に関わり、9年弱ほど前にボウズカフェを、荒木住職と石材屋の堀さんと共に「やっちゃいますか、じゃあ来月から」って気楽に始めて、今月にはもう100回を迎えることになった。


お寺で語り合うという時間は、思いのほか素晴らしい。気持ちがいい。

そしてそれを実際にやってみると、みんなちゃんとその魅力が伝わり、お寺にきて話すことが楽しみになるという人が増えた。それはとても素晴らしい取り組みで、運営メンバーも少し増えて、3人→7人となり、中心となって活動をしてくれる人たちも変化した。それでもいい場があり続けている。

この場所でいろんな話をして、人生が明らかに変化していった人たちがい他ことを僕は知っているし、その活動に関わってくれた人たちと共にその変化を見続けてこれたことはとても嬉しい。素晴らし過ぎて自慢したいほど。

人は必ず少しずつ、自分の変化を受け入れ、変わっていくのだとこの場を通じて学ばせてもらえた。穏やかな場をつくること、多様な人を受け容れること、優しい場所を守るために約束すること、誰かに任せること、お菓子やお茶が和らげるチカラ、その他いろいろと学ぶことはある。


最近楽しくて仕方ない「エア寺」の活動が本格化したのは、4月から。寺を持たないフリーのお坊さんである、加藤さん、辛島さん、かよちゃんが参加してくれたことが起爆剤となって、明らかに進捗に変化が生まれていった。

みんなアクティブで、楽しく活動をして、変化を通じて機会を創造し、新たに生み出せた何かから新しいことを学んでいる。

「自ら機会を創り出し、機会によって学び、学びから自分を変化させる」

そのことをやってきて、いま4月〜8月まで5ヶ月間で、たくさん新しいことが生まれて、その中でも定期的に行う会合も安定して運営が続いている。


運営をより充実させていくべく、自分たちのウェブサイトをつくることにしたので、ポータルサイトの枠を借りるようなものでも年間で最低6万円の出費を。さらに独自のサイトをつくるのに、イニシャル20万円ほど。

今年だけで26万円の出費がありそうだ。なんだかいよいよ本格的にお金をかけて、本気でやっていくべきことをつくっていく段階にも育ってきた。


そして運営しているイベントに参加してくれる方々から、「参加するために仕事を終わらせて、ダッシュで帰ってきました」とか「遅くなっても参加をしようと思って。やっぱなんか癒されると言うか。」とか言ってもらえるようになってきたことが、素直に嬉しい気持ちです。

誰かがこの場所を楽しみにしてくれていて、この場所に癒され、この場所に救われようとしているということ。なんという尊いことを一緒にやってもらえているんだろうかと、ついつい合掌しなくちゃやりきれない気分になる。

ちょっとしたことをすることしかできないけれど、地道に続けていくだけで励まされるひとや、勇気づけられる人がいたりして。つまりそれは、小さいけれど、微力なだけで、無力なことではないということだ。

もちろんそんなことは、コレまでの人生の経験からよく知っているつもりなんだけど、それを事実として実感できるということは、思いのほか嬉しい。


一般的には、大体いつも理解され難いことを始めて、そして続けて、そのうち理解されるようになって、誰かにとって役立つ何かになっていく。

最初はよくわからないと言われても、仕方ない。それは頭の中にあるビジョンの全てを見せることなどできないから。そしてビジョンであったものが、カタチとして生み出せたらすぐ伝わるのでもない。カタチになったから、ようやく耳を傾けてくれる可能性が出てきただけで、そこから本当の意味で、最初から自分がやりたいと思っていることを伝えるまで、実際に続けていって、喜んでいる人が目に見えてから、ようやく少し伝わる。そんなものだ。


でもそれがいろんなところに届くことがとても嬉しいことだ。
いまやっていることだって、何につながるかなんて、まだわからない。


でもそんなことは計画するだけ、僕には無駄なことだ。
そんな計画をしたからうまく生きられているわけではない。

よくわからないが閃き、とにかくカタチにして、そこから何か喜んでもらえるようにしていくことだけ。それだけでなんとかやってきて、それでやってきたことでつながったことで広がったことが楽しくて続けられている。


急に読者の方からサポートもらえてマジで感動しました。競馬で買った時とか、人にやさしくしたいときやされたいとき、自暴自棄な時とか、ときどきサポートください。古民家の企画費用にするか、ぼくがノートで応援する人に支援するようにします。