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水のなかを歩く   30

今週こそ髪を切らなきゃと思い、いつもの美容室に電話すると一時間後なら大丈夫と言われた。パクチーの葉と根元に念入りに霧吹きしていたらすぐ時間が経ち、お昼を食べそびれて家を出る。

髪を切るのは季節によるけど、大体2ヶ月ごと。前回夏で短めにしたので、今日行くと約3ヶ月ですねと言われた。椅子が二席しかないこの美容室は男性一人でやっていて、店内は常に客一人が基本。年に5~6回来てるとして、いつもきっかり1時間で終わるから年にせいぜい5~6時間だけ、二人で話をする関係だ。ここまで具体的に時間が計算できる相手は他にはいない。

彼は昔のアイドルかバンドのボーカルにいたような甘め優しめな顔立ちなんだけど、話すと年も離れてないし、振る舞いは慎ましくて丁寧だし、服のセンスがいつもオシャレ。店の書棚にはカート・コバーンの写真集がずっと大事に飾ってある。

世間話や近況を少し話したら、いつも近所話しになる。「駅からここの途中に焼き菓子屋が出来たの知ってます?」「そう言えば、大黒屋の跡地は何が出来るんだろうね?」「コンビニはもう要らないですね」「駅前にカルディ出来るの聞いた?」

店は家と駅の途中にあり、僕は毎日その前を通っている。店の半径500mほどの町が変わる様子を、かれこれ何年話し続けているだろう。そう言えば、終わって店を出る時によく聞かれる。「この後、プールですか?」「うん。またね!」

#美容室 #近所話し

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