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怖いと評判の町の歯医者さんに、30年間褒められている理由。


 小学校の歯科検診。その担当の頑固なお爺さん先生です。30年近く行きつけて、今でも通う歯医者さんです。そのお姿は、出会った時からお爺さんで、先月お会いしてもお爺さん。記憶している姿は一度たりとも変わっていません。
 まさしく、小学校の目の前に個人の歯科医院を構える先生でした。近所の人もあまり行きたくなくて、わりといつ行ってもガラガラな歯科医院です。なぜなら口々に皆がこう言います。
「あの先生、怖くなかった?」
 と。
「顔がいつも怒っている」
「どう聞いても怒鳴っている」
「具体的に、歯ブラシが下手。虫歯になっておかしくないと強制された」
「ひどい虫歯の写真を無理やり見せられ、気分が悪くなった」
などなど。
 ……文字で冷静にご覧頂いている皆さんは、『顔』や『声』を指摘するのはただのやっかみだとご理解頂けますが、目の前にすると「さもありなん」と私も否定はできません。
 見た目の批判自体はナンセンスですね。まあそれも"子どもだから"で許されるかもしれませんが。――私の両親も同じようなことを言って敬遠しておりますし、近所の評判もそう変わらないものです。ごめんね先生。残念先生。
 しかし、私は大丈夫です。
 なぜか。それはやはり、具体的な指導が、明確だと私は気付いたからです。

 確かに、評判の言葉を一切否定できない先生ですが、言っていることはすべて『貴方の虫歯を遠ざける為には、どうすればいいか』に対して、真摯に向き合っている言葉でした。『今の現状を説明して(例:歯磨きが下手)』、『取れるべきアプローチを提示して(例:歯磨きをする手段あれこれ)』、『ある結果に来たらまた取れる状況が変わること(例:虫歯になった場合の状態別の提示)』、です。子どもにもわかりやすく、大人なら十分理解できる詳細に踏み込む良い説明です。ただ、そう思わない人も多い、と言うことでしょう。
 顔はただ細かい作業の為に目を細めているだけですし、声は器具の音に負けないように低い声を出していらっしゃるだけです。歯ブラシの方法は、できていれば褒めて頂けるだけで、できない時にその方法を丁寧に教えてくださるだけでした。写真の例は、見せる前にちゃんと、
「気持ち悪いものですよ、でもそれが貴方の口にも起こるのです」
と説明をしてくれます。
 まあ、怖い事に変わりはないのですが――それこそが障害になることが多いのも理解ができます。難しいですね。

 私が小さい頃からゲームが好きで、老人キャラがぶっきらぼうにヒントをくれることに慣れていたからかもしれません。

 或いは、歯の表彰に推薦してくれたのがきっかけだったかもしれません。

 私、この先生に見てもらって六年目の春。そう小学校六年生の時に、『健康な歯を維持していますね』と言う賞に推薦してもらったんです。確か県の奨励とか、そう言った賞でした。そして優秀賞を頂いたことが嬉しくて、先生にずっと見てもらっているのだと思います。
 ――まさしく『アメと鞭効果じゃないか』と今では単純な自分に笑えてきますが、でも嬉しかったんです。それが大事ですね。

 先生の医院は薄暗い待合室から、二階へ上る半螺旋階段を昇ると、治療室兼受付があります。建物は30年以上そのまま。外装も内装も疲れが目立っています。正直、初めて見る人には薄汚く見えるでしょう。ですが、使い込まれた器具はいつ行ってもピカピカで、部屋の隅々まで掃除され、見える範囲が磨かれています。(器具は最低条件とおっしゃるでしょうが。その通りですが)
 でも、そういう丁寧に積み重ねた所に、歯科衛生の真髄があるのだな、と思うのです。そして、先生はその努力の大切さに通じている人であり、重ねられる人を認めているのだと感じます。そして、その努力をできる人は案外少なくて、いつだって崩れるものだと痛いほど分かっていらっしゃるのです。
 お蔭で、今でも半年~一年に一回、ちゃんと検診に見てもらっています。椅子に座り、私は検診で口を開けます。先生がぬっと現れぐるっと見て回ると、開口一番『歯磨きが良いね。うまく磨けている』と言ってくれます。それこそが、私の重ねてきた努力の証明だと、先生は分かっていらっしゃるのでした。それはもう、30年変わっていません。
 いや、変わったのかな。少しだけ笑ってくれるようになりました。その笑い皺は、確かに先生も同じだけ時間を過ごしたのだなと感じさせる人間らしい部分です。お蔭様で、地味で丁寧で、簡単だけど難しい努力を重ねる難しさを理解している、そんな大人になれました。ありがとうございます。



★いつ先生が倒れて、医院が無くなってしまうのかが心配になる年頃になりました。少しでもこの記事が良かったなと思いましたら、↓いいねを押してもらえたら嬉しいです。100いいねを超えたら先生にこの文章を送りたいと思います。(恥ずかしいー!)

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