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この結婚は『異世界回帰』ジャンルでした★

私は現実逃避した。
ザッピングするようにマンガを読み耽り、現実設定からも目をそむけたくて『異世界モノ』にたどり着き、流行りの『転生』だけでなく『回帰』があることを知り、ハッとした。

(これって私のリアル…?!)

『死んで、過去を遡り、人生をやり直す』
プロローグからの、
『一度目の人生の経験』
『チートスキル』
で未来に起こる
『バッドエンド』を回避する
『異世界回帰』のテンプレストーリー。

この「虚構のファンタジー」が「私の現実」と重なって見えたのは、思い込みと主観で脚色した妄想じみた現実認識でしょうか?

   
これは私の実話です。

私は33歳で結婚。退職。隣県の奥まった田舎の農家に嫁いだ。農家といっても彼は会社員。細々とした兼業農家だったので、
「田畑や庭仕事は『手伝い』程度でいい。母親(70歳)には持病があって、庭で倒れて救急車で運ばれ手術したこともある。年々負担になる『家事を全て任せたい』」
と彼は言った。
専業主婦を希望していた私は、同居も家事も想定内。
彼の両親との顔合わせで私は、
「家事は任せて下さい。田畑や庭仕事の経験はありませんが、できることは『お手伝い』します」
と約束。
彼の両親は「楽しみだ」と喜んでいた。
ここまでは、よくある現実テンプレだった。
 
 
夫の両親との同居生活は始まりから「奇妙なフラグ」が立っていた。


結婚と同時に同居を始め、荷ほどきに追われていた私は、
「部屋の片づけは急ぎじゃないので、お義母さんの用事があればいつでも呼んで下さい。畑仕事でも庭仕事でも、なんでもお手伝いします」
と、同居前の約束を忘れずに申し出た。
けれど何日たっても、姑が私に「手伝い」を頼むことはなかった。
代わりに舅が、私を呼んだ。
「庭に出て手伝ってやってくれ」

「お手伝いします!」
急いで庭に出て声をかけると、姑は浮かない表情で「あぁ…」と曖昧な返事をした。
(結婚前の顔合わせでは「楽しみだ」とニコニコ笑っていのに…?)
私は落差に戸惑いながらも気を取り直し、
「何をすればいいですか?なんでもしますから言って下さい」
お手伝いアピールをしたけれど、姑はポツポツと独り言のように呟いたり黙り込んだり、積極的に教える気はなさそうだった。
(もしかして1から教えるのは面倒なのかな?)
姑の気持ちを察した私は「経験値ゼロ」の自分をなんとかしようと考えた。

夫が仕事の休みになると田仕事を丁寧に教えてくれた。庭木の名前も1本ずつ教えてくれたので、私は図書館で「庭木」「園芸」「家庭菜園」の本を借りて勉強することにした。
予備知識をつければ「何をすればいいですか?」と無知ゆえの質問をせずにすむ。
舅は庭木の手入れが好きだったので、剪定の時期や目的など、会話の糸口にもなると思った。

ほどなく荷ほどきを終えた私は「家事は任せて下さい」の言葉を実行に移した。
とはいえ、もちろん勝手には始めず、
「今日は縁先の掃除をします」
「これから仏間の掃除をします」
と舅姑に声をかけて了承をもらい、
「庭で作業があれば声をかけて下さいね。お手伝いします」
と伝えることも忘れなかった。

それでも、姑が私に「手伝って」と声をかけることはなかった

そのため、庭や庭の奥にある畑で作業する姑に気づかないこともあり、そのたびに舅から「手伝ってやってくれ」
と声をかけられた。が、それが度重なると、
「おい、庭に手伝いに出ろ!」
舅が苛立つようなった。

(姑が一言「手伝って」と声をかけてくれればすむ話なのに、なぜ声をかけてくれないの?)

夫に相談すると、
「母親は気を遣って言い出しにくいんだと思う。そういう性格だから察して『手伝って』やってくれ」
と答えた。
相手を気遣うあまり言い出せない性格の人はいる。とはいえ田舎は家も庭も広い。縁先の窓から庭木が目隠しになって庭を見通すことはできないし、庭の奥にある畑は完全に死角。察するにも限界がある。
そう説明して夫からも「遠慮なく嫁に手伝いを頼んで」と、姑にお願いしてもらうことにした。
舅にもお願いすると「あいつは頼みごとができないやつだ」と夫と同じ理由を口にしたけれど、私は重ねてお願いした。

それでも姑が私に「手伝い」を頼むことはなかった。

見かねた舅が、私に言った。
「いつも姑のそばにいて庭に出たらすぐについて行って手伝え」
と。
私は、庭に出る時に必ず通る台所に待機することになった。待機中は台所や周辺の掃除・片づけをして過ごし、姑が庭に出ようとしたらすぐに声をかけた。
おかげで庭に出る姑を見逃さなくなったけれど、この待機は効率が悪かった。というのも「トイレが庭」にあるこの家では、姑がトイレに行くたびにも「手伝います」と声をかけなければならなかったからだ。
とはいえ舅の指示。それに姑が「手伝って」と気軽に声をかけてくれるようになるまでの事。

そう考えていた私は、まさか姑が蓄積した怒りをぶつけてくるなんて思ってもいなかった。

いつものように掃除しながら待機していると、血相を変えた姑がやってくるなり言い放った。
「もう手伝わなくていい!自分でする。今までも一人でしてきた!」
前置きのない剣幕に、私は内心たじろぎながらも、
「あ…そうなんですね。それじゃ…手伝えることがあればいつでも声をかけて下さいね」
平静を装った。   
姑は目をそらすと、面倒くさそうに、
「あぁ…」
と返事した。


夜。
仕事から帰った夫に、姑との昼間のやりとりを伝えると、
「だ・か・ら!母親は遠慮する性格だから察してやってくれって言ってるだろ!頼むから!」
なぜか怒られた。
どう説明し直しても夫には、私が姑の手伝いをやめたがっている、としか聞こえないようだった。
「母親には手伝いを頼むように言っとくから、頼まれなくても手伝ってやってくれよ!」

私は途方に暮れた。
「手伝ってやれ!」と夫・舅。
「手伝うな!」と姑。
どちらの言葉に従っても誰かの反感を買う。私は、姑を「手伝わず」、夫と舅には「手伝っている」と納得させる方法を考えなければいけなかった。

翌日。
姑の要望通り「手伝い」をやめた私は、代わりに庭や畑の草むしりを一人で、あえて短時間・頻回することにした。
(しょっちゅう庭に出ていれば「手伝っている」と舅には見えるだろう…)
それから舅姑の了承をもらい、家の中の手が届きにくい高所の埃とりや雑巾がけなど、踏み台や脚立が必要な掃除を始めた。
(大掛かりな掃除をしていれば舅も「すぐ外に出ろ」とは言わないはず…)

あとは、舅がことのほか大切にしている仏壇のお世話を毎日することにした。
多忙な姑が「墓守りもあるのに仏壇の世話なんかしている暇はない」と言ったので、「だったら私がします」と申し出たのだ。
舅は大喜びし、姑は「勝手にすればいい」と言った。


結果。
姑の「手伝い」はやめたけれど、夫と舅は「家がキレイになった」「よくやってくれている」と褒めてくれた。
私はどちらの言葉も両立させ、どちらの反感もかわすことができた!と思った。
安堵したのは一瞬だった。
「やったやったと言われても…」
不満げに姑が呟いた。
「嫁はちゃんとやってくれてるだろ!助かるじゃないか」
夫が姑の言葉を遮ると、姑は目をそらした。その姿を見て私はこれまでの「奇妙なフラグ」の意味をはっきりと理解した。

(私、疎まれてるんだ!!)

この日を境に姑の態度は一変した。

翌朝。
玄関掃除をする私の元へ姑が来るなり、腰をかがめて腕を伸ばし、玄関の上がり框の棧をこすると、指先についた埃を私に見せつけ、
「雑巾がけができていない!」
と指摘し、
「常識がない!」
と吐き捨てた。
フリーズする私を横目に、姑はチラリと視線を床に流し、言葉を続けた。
「玄関床の新聞チラシはそのままにしといてくれ!」
「…でも、床に散らかったままだと掃除機がかけられないんですが」
「避けてかければいいだろ。あたしは散らかってるほうが落ち着くんだよ!」
黙り込んだ私に、姑はトドメの一言を放った。
「あたしが動ける間は、この家であんたの好き勝手はさせないよ!!」
まるでドラマのような宣戦布告だった。
目尻をつり上げて私を睨みつける姑に、思いきって尋ねた。
「…家事が大変だから同居を希望されたんじゃ?」
姑は即答した。
「同居してほしいと息子に頼んだおぼえはない!あたしは息子夫婦の世話になるつもりはないよ!!」
グルリと天地がひっくり返った。

ほんの3ヶ月前、顔合わせの席で「楽しみだ」と笑っていた姑も、夫や舅が口をそろえて言う「遠慮して言い出せない性格」の姑も、そこにはいなかった。

夜。仕事から帰った夫に「姑の言葉」をそのまま伝えると、
「そんなバカな!一緒に住んでくれって言われて、おれは仕事を辞めて地元に帰ってきたんだぞ。体調が不安だから帰ってきてくれって電話してきたのは母親だ!」
さすがに夫も腹をたてた。
「嫁に家事を任せたらラクになるって喜んでたし、これから親父の介護も必要になるっていうのに…何考えてるんだ?!」
脳ミソを素手でかき混ぜられてでもいるような混乱ぶりだった。

舅は77歳。足腰が弱り、介護の可能性も見えている。家事・田畑・庭仕事だけでなく介護まで担うことになる姑の負担を見越しての同居。なのに、その恩恵を一番受けるはずの姑が拒否している。
それなら、
「私は同居したくないと言う人と無理に同居を続ける気はないし、喜ばれもしない『手伝い』をする気もないから、親子できちんと話し合ってね」
敵意むきだしの姑に「恩恵」の押し売りをするほど、私はお人好しではなかった。


休日。
両親の部屋に話し合いに行った夫を待っていると、舅の怒鳴り声がして、ドタンバタンと建具にぶつかる音と「やめろ!」と夫の声がした。舅が暴れているようだった。
しばらくして静かになり、部屋に戻ってきた夫は、
「もう母親のことは放っておけ」
それだけを私に伝えた。

その後、数日は静かに過ぎた。
嵐の前の静けさだった。

ある日、親戚が家に集まる行事を前に、姑が言った。
「あんたはその日はいてもいなくてもいい」
「…でも、同居している嫁なので留守にするわけには」
私の戸惑いを、姑は切り捨てた。
「いつも来たモンが自分でしてるから、嫁はいなくていい。あんたは出かければ?嫁だからってこき使う気はない。好きにしていいって言ってるんだからいいじゃないか。あたしが嫁に来た時はさんざん苦労した。あんたは苦労がなくていいね」
息子に文句を言われたので、矛先を変えることにしたんだろう。
「じゃあ…出かけていいですか?」
「好きにすればいい」
姑は目を合わそうともしなかった。

親戚が来訪した日の夜。
帰宅した私に姑は、
「みんなが来てくれて楽しかった!」
と頬を紅潮させ、うれしそうに笑った。
『あんたがいなくて良かった』
そう言われた気がした。
(私はこの家に、いてもいなくてもいい存在…)
ショックと同時に私は、客観的な自分の立ち位置を考えた。
(このままだと親戚がどんな人たちかもわからないまま、そんなつもりもないのに「いつ行っても嫁不在」「親戚付き合いを避ける嫁」になるんじゃ…)

次の行事の日、しきりに外出を勧める姑を受け流して、私は家にとどまった。
訪れた親戚たちは食器の準備から後片付けまでよく手伝ってくれた。
幼い甥っ子や姪っ子たちは賑やかにハシャギ、近況を報告しあい、私も楽しく過ごすことができた。
こき使われる場面は1つもなかった。
(「嫁をこき使わない・苦労させない」は建前で、本音は「嫁が目障り」じゃ…)
その推測は的中した。
親戚の来訪時に私が在宅するようになると、姑は親戚が来る日を前もって教えてくれなくなった。理由は、
「あんたに会いに来るわけじゃないから!」

面と向かって露骨に本音をさらし、建前を繕わなくなった姑は、ここから「昼ドラ」の鬼姑と化した。

「毎日タオルを洗濯するな。汚れるまで使える!」
姑は洗面台やキッチンのタオルを黒くなるまで使い続けることが習慣で、それを私にも強要した。
「黒ずむまで使うのは衛生的に…」
「それくらいじゃ死なない!水道代がもったいない!」
「でも夫は毎日、会社に行くのでYシャツの洗濯もあるから、ついでにタオルも…」
「シャツや肌着は洗面台で手洗いすればいい」
「洗濯物はそれだけじゃ…」
季節は盛夏。全身汗だくで掃除・草むしりをするので私も着替える。
「だったら何日かためて、まとめ洗いすればいい。なにも川に水を汲みに行けとまでは言ってない。あたしは姑に言われて水汲みしたけど、あんたにそこまでしろとは言ってないんだから苦労がなくていいじゃないか」
言葉の端々から、姑が嫁だった頃の仕打ちがこぼれた。
「だったら私たちの水道代を多めに払います」
「お金の話じゃない!ムダ遣いをするなって言ってるんだよ!」
姑は頑として譲らなかった。
「…でも、洗濯機には節水コースがあって水を何リットル使うか選択できるんです。だから」
「電気代もかかる!」
どこまでも平行線だった。

衛生観念の対立はそれだけにとどまらず。
姑は毎日、食べきれない種類の生鮮食品を購入する。そのため変色やカビが生えて廃棄せざるおえなくなった食品も、
「まだ食べられる!」
と言って、不調を訴えては胃腸薬を常飲。

シロアリが蠢く木製の箸立ても、
「まだ使える!」
と言って、自室に持ち込み、繁殖したシロアリを駆除しきれず庭に放置。

同居して5ヶ月。
「別居したい」と夫に切り出すと、
「親と別居はしない!」
夫は眉をしかめて即答した。
「洗濯は毎日してくれ。変色したりカビの生えた食品は捨てろ。なんで箸立てにシロアリが?!」
「たぶん、防虫・防腐加工されていない工芸品を箸立てに再利用して、そこに使用済みの割りばしを洗って乾ききる前に片付けてるからじゃ?」
「だからって、どこからシロアリが?!」
「山が近いからシロアリなんてどこにでもいるでしょ?家の周りに木片が雨ざらしになってるからどこかで湧いてるかも。あの箸立ても庭に捨ててたから、まだ繁殖を続けてるんじゃない?」
「ったく…ああ、もう!おれは明日も仕事なんだ。仕事から帰ってくるたびになんでそんな話ばっかり!」

後日、姑に話をしに行った夫は、なぜか庭で舅と掴み合いになっていた。
怒鳴り声をあげるのはもっぱら舅。
(この家の人たちは話し合いで折り合うこともできないの…?)

ある日、姑が、私に耳打ちした。
「出ていくなら止めないよ」
折り合うつもりはないようだった。

もう我慢の限界だった。

「別居する!」
そう宣言すると、夫は激しく私を非難した。
「高齢の両親をおいて出ていくのか?同居して半年もしないのに別居するって?おれを騙したのか!」
「騙したのはそっちでしょ?!『家事は任せる』って言ったじゃない?!お義母さんも『楽しみだ』って言ってたくせに。いざ同居したら『手伝うな!』とか『勝手なことするな!』とか。騙されたのはこっち!」
「おれは絶対に親と別居はしない!」
「じゃあ私はもう何もしない!」
「あぁ、そうしろ、何もするな!親とも関わるな!」
夫と私も決裂した。

翌日から私は部屋にこもった。
抗議行動。ストライキ。家事は必要最低限にして、舅姑との交流も断絶。
そこまでして、ようやく姑は私に何も言わなくなった。舅は不満そうだったが、姑が「ほっとけばいい」と制止するのを見た。
夫は、親とモメずに同居を続けるならそれでいいと割り切ったようだった。

割り切れなかった私は、連日、悪夢にうなされた。
自分の叫び声で目を覚まし、ひどい時には叫びながら暴れ、夫に名前を呼ばれ揺さぶられて目を覚ますこともあった。
夢の中まで追い込まれていた。
(この家から出たい!)
そう思い詰めていたせいなのか。
私は不思議な夢を見た。

家の中に見知らぬ大勢の人たちが集まっていた。この家のご先祖様たちだった。
「あとは何とかするから、ひとまず家を出て…」
そう言って私を家の外に逃がしてくれた。

翌朝、夢で見たことを夫に話すと、
「鬱か?病院で診てもらえば?」
夫はとり合おうとしなかった。
私は地元の友人に相談し、本人にはっきり診断名を告げる医師がいる病院の精神科を訪れた。受診理由を簡潔にまとめて診断を求めると、医師は言った。
「あなたの話に矛盾はありませんし、精神疾患も見受けられません。その上で、お話されたことが全て事実だとしたら、ここまで救いのない話はあまり聞きません。普通はどこかに救いがあるのですが」
(あの家には「救い」がない…)
医師の言葉が心の中に波紋となって広がった。

夫に、精神科を受診して疾患がなかったことを告げると、
「医師が変われば診断も変わる。精神科なんてそういうもんだ」
(この人も「救い」にはならない…。一緒にいる意味、あるのかな?)
「…離婚する?」
脳裏に浮かんだ言葉を投げかけると、夫は私を睨みつけた。
「おれは離婚も、親と別居もしない!!」

その後、何度、話し合いを重ねても、夫は「別居」に同意しなかった。
といって状況が改善することもなく、なすすべもなく私の「ストライキ生活」が1年経過した頃。
事態は急変した。
それはまさに『異世界回帰』でいうところの『断罪イベント』による衝撃的なエンディングだった。

ある日、舅が、
「このヤロー!!!」
と叫び声をあげて部屋に押し入るなり、腕を振り上げて私に殴りかかってきたのだ。
舅が現役世代だったら、私は暴行されて逃げられなかっただろう。
でも舅は最弱だった。高身長だが骨ばった足はヨタつき、転倒して負傷させる心配をしなければならないほどだった。
「お前は!お前は…ッ!!」
舅にあるのは気迫だけだった。泡のようなツバを飛ばして逆上し、むき出した白内障の目に狂気を感じた私は、頭上から振り下ろされた手を掴むと、舅にケガさせないように振りほどいて庭に飛び出した。
姑が不在のタイミングを狙った凶行だった。
私は身を潜めて姑が帰宅するのを待ち、帰宅した姑に一部始終を話した。
姑は青ざめたけれど無言だった。
「実家に帰ります!!」
姑は黙ったまま頷いた。


実家に帰った私は両親に経緯を説明して、空き部屋にこもった。
身の安全が保障された実家で、私はようやく恐怖と対面した。ぶつけられた生身の怒声と憎悪。抵抗するために掴んだ舅の節くれだった指の感触が生々しく甦り、震えを止めようと両手を組むと、堰をきったように感情が溢れた。
衝撃。悲しみ。後悔。惨めさ。私の身を案じる言葉ひとつかけなかった姑。ぜんぶ涙と一緒に吐き出すと、最後に、怒りが込み上げた!

私はようやく覚悟を決めた!!!


夫が仕事から帰る時刻。
私が家にいないことに気付き、姑に尋ね、事情を聞いた頃合いに実家の電話が鳴った。
電話口で夫は私に謝罪し、
「父親に土下座させて謝らせるから帰ってきてくれ」
と言った。
(土下座?そんなことをあの舅に「させたら」私を一生、恨むだろう)
「土下座なんかいらない。両親と別居しないなら帰らないから」
「とにかく帰って来い!」
夫が声を荒げたので、私は電話をきった。
すぐに電話が鳴った。
「話の途中で電話を切るな!!」
「うるさい!!!!」
私は怒鳴り返すと、受話器を叩きつけた。
また電話が鳴った。受話器を上げ、すぐ切った。またかかってきた。受話器から夫の怒鳴り声。そっと受話器を置いた。またかかってきた。
隣で見守る母親に、私は言った。
「離婚するかもしれないけど私は覚悟してるから、お母さんもしておいてね」
「あんたの人生だから好きにしたらいい」
母親はそれ以上、何も言わなかった。
こうして私は怒鳴る夫の電話を黙らせた。


休日、夫が実家にやって来た。
「話し合おう」
そう言った夫の選択肢は「同居の継続」一択だった。
(ほんとに話し合う気あるの?!)

もし、舅が振り下ろした手を、私が避けて、バランスを崩した舅が転倒してケガをしたら?
もし、舅が「素手では嫁をこらしめることができない」と考えて「刃物」を手にしたら?

「加害者」になるのも「被害者」になるのも運任せ。
(しかも私に丸投げ!!)

この時、私は初めて夫の、私に対する「扱い」に不信と違和感をおぼえた。

マンガですら『断罪イベント』の後、「何もなかったように生活を続ける」というリアリティのない展開はない。あるとすれば、
「どんな仕打ちをされても『君の愛する僕』を生み育てた両親だから許せるだろう?」
と囁く「ひとりよがり(夫・婚約者)キャラ」のパターンだけ。
まさに、夫の私への「扱い」はそれだった。舅が私に「待機」を命じたのも「専属侍女」か「護衛騎士」レベルの「扱い」。
殴りかかってきたことからも舅は、私の「生殺与奪の権利を握る主君」だとでも思っていたのかもしれない。
さしずめ姑は、私を「厄介者『扱い』する冷淡な女主人」。
「異世界設定」で再構築した私の「扱い」は、嘘みたいに異世界テンプレだった。

(「私の結婚生活」がこんなにも「陳腐な虚構」だったなんて!!)


「だったら、あなただけ親と住めばいい。私とは別居しましょう」
「夫婦が別居なんておれは絶対しない!」
「じゃあ親と別居」
「しないって言ってるだろ!」
「なら離婚する?」
「どうしておれたちが離婚するんだ?!」
夫はどの提案も拒否した。
でも私の覚悟は揺らがなかった。

(あの家を出る!)
だから夫に選択を許すのは「別居」か「離婚」の2択だけ!!

黙り込んだ夫に、私は、言った。
「それじゃあ、ひとまず両親とは別居して『本当に必要な時』に同居を再開するのは、どう?」
まるで陳腐な現実テンプレみたいな「踏み台」。そこに夫は、ようやく足をかけた。

「その代わり条件がある。別居するなら、お金もかかるから、お前も仕事しろ。借りる部屋は実家の近く!引っ越しの手配も荷造りも全部一人でしろ。おれは一切協力しない!」おそらく夫の思惑は、田舎の実家近くでは賃貸物件に限りがある。しかも私一人で仕事を探しながら部屋探しもさせれば「無理だった」と「別居」を諦めるだろう、と。

夫の想定では、そうなる。
私の想定では、そうならない。
だって全て想定内だから!!

「わかった。じゃあ明日から仕事を探すわ。同時に部屋も探して、引っ越し業者も手配して荷造りも私がします」
その日のうちに、私は夫と自宅に戻ると、翌日、職安に行った。
すぐに採用が決まり、夫の扶養から出て契約社員として働き始めた私は、休日に不動産会社を回り職場の近くに住む部屋も見つけた。それは夫の実家近く。内見して契約すると引っ越し業者の手配もすませた。

私は、夫の出した条件を【10日間】で全てクリアした!!

引っ越し当日。
舅から謝罪の言葉はないまま、姑が私にかけた最後の言葉は、
「追い出したんじゃない。あんたが勝手に出て行くんだ。いいね!」
いっそ清々しい終幕だった。

こうして結婚(同居)から1年半。
私は、夫婦2人の生活をスタートさせた。


さて。
私の想定が現実になった理由。
引っ越しにも仕事探しにも慣れている「私のスキル」を、夫は想定していなかったから。想定外の結末に慌てた夫は、私に念を押した。
「本当に『必要な時』に再同居するんだよな?!」
「そうよ。『本当に必要な時』に再同居するよ」
嘘はない。でも。私と夫では「想定が違う」から「訪れる現実は違う」。
そもそも、この「再同居」は「異世界テンプレ」ルート。ご先祖様たちが「私にした提案」だから。

夢の中でご先祖様たちがグルリと舅を取り囲み、私に告げた。
「あとは何とかするから、ひとまず家を出て…。『その時』が来たら呼びに行くからそれまで舅とは二度と顔を合わせてはいけない。少し時間がかかるけど待っていてほしい」と。
それは「舅と顔を合わせない」ことを提示した上での「再同居」のお願いだった。

私が想定する「本当に必要な時」は、ご先祖様たちの約束が履行された『その時』。


4年後。
『その時』は訪れた。
約束通り、引っ越した日を最後に、私は「生きている舅に二度と合うことはなかった」。それだけじゃない。
「再同居」した私を待っていたのは、まるで『異世界回帰』のように、
≪顔合わせの席で「お手伝い・家事は任せて下さい」ー「楽しみだ」と交わした≫
あの時に『回帰』するかのごとき状況。

4年ぶりに会った姑が言った。
「家のことは全て任せたい。頼みます」
と。
フラグ回収つきだった。

精神科医が言った「普通はどこかにある救い」は、私にもあった。ただし「普通」じゃない場所に…。

こんな、ご都合主義で非現実的な「霊夢」の『チートスキル』が「私の現実」だったから、この結婚は『異世界回帰』ジャンル!
だと私は思った。



そして現実逃避の果ての「異世界マンガ」が教えてくれた。
ここまでは、ほんのプロローグ。
『回帰』=(再同居)したあの家で『一度目の人生の経験』ならぬ「一度目の同居の経験」で『バッドエンド』を回避する
「女主人公として人生の本編」
真っ只中にいることを、私はようやく理解した。



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