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氏名・芸名・グループ名のブランド保護について(アーティスト・クリエイター・スポーツ選手・音楽グループなど。法改正情報含む)

アーティストやクリエイター、スポーツ選手など、個人の名前がブランドとして機能することは、世の中的には少なくありません。また、音楽グループなどの団体名は、会社ではないにしても、一つの組織として周りからは認知され、ブランド価値を持つようになるものもあったりします。

日本では、氏名をブランドとして用いた場合の法的保護について長年議論が進められてきましたが、このほど(2023年3月10日)、自らの氏名を含む商標について、登録を認める方向とすることが閣議決定されました。

経済産業省:「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました

実は、これまで日本では、人の氏名や法人の名称などについて商標登録を受けるには、結構なハードルを乗り越えなければなりませんでした。

商標登録は、特許庁に出願すれば何でも登録されるものではなく、審査を通過する必要があります。氏名ブランドの中には、その審査項目のうち、以下の条項に引っかかるものが少なくないためです。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

商標法第4条第1項第8号

これをみて、「へーそうなんだ、じゃあ気にしなくて大丈夫か」で終わってはいけません。アパレル分野や化粧品分野、あるいは音楽分野など、多岐にわたる分野で、ご自身の氏名や活動名が取引の目印(ブランド)になっているケースは少なくありません。

そして、それが世間・市場で評価され始めると問題になってくるのが、「そのブランドが誰のものか」というお話と、「偽物・フェイク」のお話です。そして、それを踏まえてどのように対応をしていけばいいのかということを考えなければなりません。

1. そのブランドが誰のものか問題

商標登録を受けると、そのブランドは商標権で保護されることになります。商標権は、登録商標を使い続けることで財産的価値を持つようになりますので、その名義が誰のものであるかは重要です。

ご自身の本名であれば、自分のものだという認識を持ってもおかしくありませんが、同姓同名の人が他にもいますし、それを漢字ではなくアルファベットで書いた場合ともなれば、名前が一致する他人というのはもっと増えてきます。

そうすると気になるのが、上記の条文との関係で、自分の名前は文字通り自分のものなのであるものの、ちゃんと商標登録ができるのかという点です。

このようなアルファベット表記の氏名に関しては、近年裁判所でも何件か審理がされていますので、2つほどご紹介します。

KENKIKUCHI事件知財高裁判決

まず一件目が「KENKIKUCHI」という商標に関する事件です。この事件で知財高裁は、次のように判断して、上記の拒絶理由に該当するため商標登録を認めないとの判断を下しました。

我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字表記されるなど,氏名をローマ字表記することは少なくないこと,氏名をローマ字表記する場合に,「名」,「氏」の順で記載することが一般的であり,パスポートやクレジットカードのように,全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくないこと,「キクチ」を読みとする姓氏(「菊池」,「菊地」)及び「ケン」を読みとする名前(「健」,「建」,「研」,「賢」等)は,日本人にとってありふれた氏名であることが認められる。以上によれば,本願商標の構成中「KENKIKUCHI」部分は,「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから,本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。

知財高裁平成31年(行ケ)第10037号令和元年8月7日判決

TAKAHIROMIYASHITATheSoloist事件知財高裁判決

また別の事件で知財高裁は、「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist」という商標に関して、次のように判断して、前の例と同様に上記の拒絶理由に該当するため商標登録を認めないとの判断を下しました。

我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字表記されるなど,氏名をローマ字表記することが少なくなく,全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくなく,また,その場合,従来,名前,姓氏の順で記載することが広く行われていたと認められることを考慮すると,本願商標の構成のうち『TAKAHIROMIYASHITA』の文字部分は,『ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)』を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は「人の氏名」を含む商標であると認められる。

知財高裁令和2年(行ケ)第10006号令和2年7月29日判決

人の氏名や法人の名称というのは、そこに人格的な価値があるとして、同じ名前の他人がいるときには原則として商標登録を認めないというルールになっていますが、以上のように近年の知財高裁は、人の使命をアルファベットで表示したものについては、様々想起される漢字パターン全てとの関係で人の氏名が含まれているものと捉え、登録を認めない姿勢を示しています。

ところが、人の氏名や法人の名称というのはそれこそ千差万別で、偶然同じ名前の他人がいないという場合もあります。こういう場合、特に拒絶をされることなく、(よって裁判をする必要もなく)すんなり登録を受けることができます。しかし、同じ名前の他人がいると、上記の例のように登録を拒絶されてしまうのです。

もちろん、上記の条文の最後に記載のように「その他人の承諾を得ているものを除く。」とありますので、同じ名前の他人全員から個別に承諾を得れば商標登録を受けることは、現行法の下でも可能です。しかし、同じ名前の他人が1人や2人ではないことは稀ではなく、しかもその他人からすれば、いきなり商標登録したいから承諾してくれと言われたら、ちょっとびっくりしますよね。全員が応じてくれるかなんて分かりません。

さらに、ちょっと商標実務的なお話になりますが、そのブランドが育っていくと、海外進出ということも視野に入ってきます。日本の商標登録を持っていないと、国際出願ができないんですね。それぞれの国に直接出願するしかないということです。

国際出願という制度は、一つの国際出願によって複数の外国出願をまとめて進めることができるもので、費用的にも手間的にも出願人にとってはとてもメリットの大きいものですが、上述のような、本人が関知し得ない事情によってそうした恩恵に与れないというのは、ちょっと不公平な感じがしませんか。

2. 偽物・フェイク問題

また、商標登録を受けられないとなると、そもそも商標権が存在しないということになります。そうすると、誰のブランドかということもさることながら、偽物やフェイクが現れた時に商標権侵害だと言えないことになります。つまり、偽物が野放しになってしまうのではないか?ということに繋がってきます。

他に使える手段としては不正競争防止法という別の法律を使うしかなくなりまして、そうすると、そのブランドが有名であることを立証しなければいけなくなります。有名だということを立証する(証拠でもって裁判所を納得させる)というのはそう簡単なものではありませんので、偽物一つをやっつけるにしては大変な労力がかかります。

しかし、もし商標権を持っていれば、他人は商標権の存否について確認すべきだということで、侵害をしたことについて過失があったと推定されます(しかもこの推定はほとんど覆らない)ので、商標権を持っているとめちゃくちゃ有利です。

アパレルとか化粧品だと、海外から偽物が入り込んでくることもありますが、そうした場合でも商標権を持っていれば、全国の税関に登録をして日本への流入を阻止することが比較的容易になります。

ところが、商標権を持つことができないとなると、上記と同じで不正競争防止法に基づいた申立をすることになり、有名だということの立証がやはり必要になるどころか、さらにこれに加えて、経済産業大臣の意見書を取得する必要まであります。

自分の名前をブランドにしてしまうと、偽物が入り込んできていて市場が荒らされているのに、それを食い止めるためにはたくさんのステップを踏む必要が出てくる、という事態が起こり得るということです。

如何でしょうか。考えただけでも大変ですよね。ですから、こうした事態に陥らないよう、どのようにすべきかを考える必要があります。

3. 実名をブランドとして活動するデザイナー・スポーツ選手などはどうしたらいい?

これまで、上記の事情から、人の名前や法人の名称の法的保護は物足りない状況でした。デザイナーの方などは、一部の人の名前は商標登録されているのになんで自分は…と、歯がゆい思いをされてきたことかと思います。

しかし、今回の改正案では、自己の名前で事業活動を行う者等がその名前を商標として利用できるよう、氏名を含む商標も、一定の場合には、他人の承諾なく登録可能にしようということになっています。具体的にどうなるの?という点については、また機会を改めたいと思いますが、少なくとも、氏名ブランドについては保護が拡充される方向性で議論が進んでいます(人の氏名(実名)だけについての改正です)。

したがって、ご自身の名前に関し、同姓同名がいそうだな…という場合には、商標法改正を待ってから出願をするという対応になるかと思います。もちろん、商標登録は出願をした日付が大切で(先願主義と言います)、幸運にも「実は同姓同名の他人がいなかった(審査で見つからなかった)」というような場合も想定されますので、ちょっとどうだかわからないという場合には、観測気球と思って今のうちに試しにでも出願をしておくというのが望ましい対応ではあります。

一方、「寿限無〜」ではありませんが、ご自身のお名前がちょっと珍しいなという方の場合、同姓同名がいない可能性が高いですから、法改正を待たず1日も早く出願をすることが望ましいです。

ここで、同姓同名の人がいない(その名前は自分だけ)という場合であって、自分の名前を他人が出願しようとした場合、他に同姓同名の人(つまり自分)がいれば、(その他人は)商標登録を受けられないのでは?と思われた方は鋭いです。しかし、実はポイントはそこにあらずでして、これは商標権の効力範囲の問題が関わってくるお話があります。

商標登録を受けるためには審査を通過しないといけないということを上でお伝えしましたが、重要な審査項目として、「他人の商標と似ていないか」という点があります。実はこれを理由に登録を拒絶されるケースというのは、拒絶される全体からすると結構な割合を占めており、とても注意を要するポイントです。

そして、ご自身のお名前がたとえ珍しいもので他人の氏名との関係では問題にならなかったとしても、類似する他人の商標が、ご自身の事業分野と同じか似た分野で既に出願されていたり登録されていたりすると、結局登録を受けることができないということになります。そしてその審査は、上記の先願主義のもと、要は早い者勝ちになりますので、1日も早い出願が重要だということになります。

4. 芸名・仮名・グループ名をブランドとして活動する芸能人・芸術家・音楽グループなどはどうしたらいい?

歌手、写真家、画家などのアーティスト・クリエイターの方は、芸名などで活動されている方も少なくないと思います。音楽バンドなどのグループで活動される方々にはグループ名があるかと思います。こうした場合も、基本的には上記3でお伝えしたポイントが当てはまりますので、同姓同名の他人がいたら、現行法ではその他人の承諾が必要です。

しかし、注意が必要なのが、こうした芸名の場合、有名になると却って商標登録を受けづらくなるという問題が生じてきます。これは一体どういうことでしょうか。

まず前提として、あるネーミングが商品の品質(内容)を表す語である場合、それは他の商品と区別することができません。また、そうしたネーミングは他人が使用できるようにしておかないとみんな困ってしまいます。こうした趣旨で、商品の品質(内容)を表す語については商標登録を受けることが認められていません。

え、芸名なのに品質?内容?と思われたかもしれませんね。歌手であれば、昔はレコード、ちょっと前ならCD、今はダウンロード可能な音楽ファイルでご自身の楽曲を商品として世に出していると思います。写真家であれば写真、画家であれば絵画が、それぞれ商品となるでしょう。

しかし、こうした商品の類ですと、アーティストやクリエイターの名前は、その商品との関係で「品質(内容)」に該当するということで、登録を拒絶される可能性が出てくるんです。レコード・CD・音楽ファイルの中に入っている楽曲の歌手名だから、コンテンツ(中身)だ、というお話です。同じタイトルの映画や小説、楽曲があるというのと同じようなお話だとイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。

本当?と思われるかもしれませんが、実際にあった事件をご紹介します。過去には、「LADY GAGA」(これが誰を指すかは説明不要かと思いますが)の文字からなる商標に関して、知財高裁が判断をした事例があります。

LADY GAGA事件知財高裁判決

この事件で裁判所は、「LADY GAGA」という商標に関して、次のように判断して、商品「レコード」などについての商標登録を認めませんでした。

これに接する取引者・需要者は,当該商品に係る収録曲を歌唱する者,又は映像に出演し歌唱している者を表示したもの,すなわち,その商品の品質(内容)を表示したものと認識するから,本願商標は,自他商品の識別標識としての機能を果たし得ない。

知財高裁平成25年(行ケ)第10158号平成25年12月17日判決

この事件の判決を受けて、特許庁が定める商標審査基準には、出願された商標が人名等を表示する場合について、次のように定めるに至りました。

商品「録音済みの磁気テープ」、「録音済みのコンパクトディスク」、「レコード」に ついて、商標が、需要者に歌手名又は音楽グループ名として広く認識されている場 合には、その商品の「品質」を表示するものと判断する。

商標審査基準

もっとも、商標制度上、こうした「商品の品質(内容)を表示した」とされるものでも、全国的に有名になっていれば例外的に登録を受けることが認められており、上記「LADY GAGA」については、その方向で争えば結論は変わったのではないかとは思いますが、この点では争われませんでした。

しかし、LADY GAGA氏が全国的に(というより世界的に)有名というのはみんな納得でしょうけれど、だからと言って、「LADY GAGA」と書いても他の商品と区別することができず、みんなが「LADY GAGA」を使えるようにしておかないといけない(上記の趣旨参照)から本人(が社長の会社)の商標登録を認めないというのは、感覚としてどうでしょうか。

この判決の評価はさておき、我々も皆さんも、現実問題としてはこうした先行した判断をベースに対応をしていく必要があります。

この判決と審査基準からしますと、徐々にファンが増えていっている音楽バンドなどは、なまじ有名になり始めてから商標出願をすると、一部では知られている(品質と認識される)として拒絶をされてしまい、しかし全国的に有名になってはいないとして上記の例外には当たらないということになり、結局ブランドとしての保護が図れないということになりかねません。

特に、芸能人や音楽グループなどにあっては、所属事務所とのトラブルによってその活動名が使えない事態に陥ることもしばしば起きていますので、ご自身で商標権を保有するということは、活動の継続をしていくためには極めて重要なところです(例えば、最近の事例として、「FEST VAINQUEUR(フェスト ヴァンクール)」というヴィジュアル系バンドは、所属事務所と訴訟沙汰になり、一時「FV」という名前で活動することを余儀なくされたことが報じられています。)。

こうしたリスクを考えますと、単に先願主義だけの問題ではなく、できるだけ早いうちに(それこそ、あまり世に知られるようになる前に)ご自身で商標登録を受けて商標権を取得しておく、というのが安全です。何より、トラブルになったとしても圧倒的に有利になります。

審査基準には、「需要者に歌手名又は音楽グループ名として広く認識されている場合には」品質と判断する(登録を拒絶する)と規定されていますので、有名なら品質でも登録を認めようという例外との関係性も、今のところ見通しが立っていないとも言えます(法律の規定からは有名なら登録が認められるはずという結論になるべきですが、裁判所が具体的な事件でどう判断するかはわかりません。)。

結局、広く認識される前に商標権を取得しておくというのが、とても大切だと言えるでしょう。

楽曲などの著作権ばかりに目が行きがちですが、グッズ販売や関連サービスもあるのが芸能人や音楽グループの世界ですから、商標権に関しても関心を持って頂くといいのではないかと思います。

5. まとめ

以上、氏名・芸名・グループ名のブランド保護についてまとめてみました。アーティスト・クリエイター・スポーツ選手・音楽グループなど、皆さんご自身(たち)を表すネーミングをどのように保護するかというのは、安定的・継続的に活動をしていくことの礎でもあります。

商標権は、単に取得すれば良いというものではなく、出願する商標をどう特定し、その権利範囲をどう設定するかによって、紛争に巻き込まれるかのみならず、巻き込まれた場合の結果にも大きな影響を及ぼします。

この記事が、皆さんの大切なお名前をどう守るかについてお考え頂くきっかけになれば幸いです。お読み頂きありがとうございました。

こちらの記事に関するお問い合わせは【こちら】(伊藤宛)までお願いします。

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