飢餓の村で考えたこと 49.50

学校に行ってないこと

 

バスの行先を訊ねて嘘をつかれたことで大変な目にあったことがある。当時いた日本人の殆どはこの経験をしていた。バングラでは見かけによって社会的地位を瞬時に判断する人が殆どだった。

男たちは自分が下に見られて不利益を被ることを恐れる。多くの貧しい人たちは家庭が貧しかったために学校に行けていなかった。それでバスの前に表示されている行先が読めない。しかし読めないことを知られたくない。

そこでさも読めるふりをしてこのバスが○○方面にいくバスだよと自信たっぷりに教える。それで多くの日本人が大変な目にあっていた。そして日本人が集まるとその体験談で盛り上がった。

 

ポイラ村の教育事情

 

当時のポイラ村はバス道路から遠く離れていたから日常生活では字が読めない不便さは殆ど感じない。村のリーダーや村議や金持ちは我々が想像できないような悪いことを貧しい人たちに対して行うことがある。

例えば彼らが読めないことをいいことに借用書を作り、実際の何倍もの借金を負わせる書類に拇印をつかせるなどの事件はいつも起こっていた。

村の貧しい人たちを見てきた私の実感がある。貧しい人は一生貧しい。そしてその子孫にも貧しさが引き継がれる。この循環を断ち切るにはどうしても教育が必要だ。

しかしポイラ村の貧しい人たちの状況はこうだ。貧しいから子供の時から家族のために学校に行かずに働く。そして学校に行かなかった人が親になる。学校に行ってないから自分の生活を改善する方法が分からない。子供のころから全力で必死に働いてきたのにその人たちは一生教育をうけていない劣等感から逃れることができない。

貧しさを自分の世代ではなかなか解決することができない。こんな構造があった。しかし近頃は状況が大きく変わってきた。公立の学校へ行く人たちは圧倒的に増えた。

また巨大なバングラのNGOが貧しい家庭の子供の教育を全国的に大規模に行っており、教育を受けている人たちが飛躍的に増えた。私は「教育」こそ貧しい人たちの将来の生活を改善する一番大きな希望だと思う。

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