罪の声

罪の声(2020年:日本)
監督:土井裕泰
原作:塩田武士「罪の声」
出演:小栗旬
  :星野源
  :松重豊
  :古館寛治
  :宇崎竜童
 
昭和を代表する怪事件の一つ、グリコ・森永事件を題材にした小説を映画化した作品。原作は念密な取材と細やかな筆致で描かれ、事実に迫る勢いがあったが映画ではどうか。今をときめく二人の役者の競演が話題となった作品。
昭和を生きた者なら誰でも聞いたことがあるギンガ・萬堂事件(グリコ・森永事件)を平成の終わりに総括しようと試みるのが本作の発端。新聞社文化部の記者がその企画を任じられる。そのころ京都のテーラーの店主が母の荷物の中から一本のカセットテープを発見。その中にはかつて幼かった自分の声が録音されていたが、かの事件の脅迫で使われた声が流れてきた。何かに導かれるように二人が事件の後を追いかけていく。
主演の一人、新聞社文化部の記者には小栗旬。社会部の編集長や事件を追っていた先輩記者たちに振り廻されながら、足で丁寧に事件の端々を拾い集めていく。長身の伸びやかな容姿で好感を抱かせる人のよさげな姿がいい。幅広い役柄を演じることができる、今の日本を代表できる役者だと思う。決して焦らず、そしてあきらめない態度で取材を続けていく姿に引き込まれた。
もう一人の主演、京都のテーラーの店主が星野源。彼は亡き父からテーラーを継いでいたが、幼少の頃、自分の声が脅迫テープに使われたことを知り、驚愕し苦悩する。その事実から浮かび上がる記憶にない伯父の存在。自分と事件の関りを調べ始める。星野源の容姿がいかにも京都人ぽくて笑ってしまった。どこがどう違うと説明できないが、大阪弁とは違う京都人の話し言葉が様になっている。その彼が事件のことで苦悩することもこの作品の重要な肝となっており、あの事件がいかに社会に影響を与えたのかを物語る。
自分も平成になって事件の全体を知ったが、脅迫が与えた影響は凄まじく、知っている友人に聞くと店頭から脅迫を受けた会社の商品がごっそり撤去されたという。本作はそれが何のために引き起こされたのか、何が目的だったのかを細かく解き明かしていく。すべて腑に落ちるところが多く、なるほどと唸ってしまう。そして途中から事件の性格が変貌する理由も詳細に語られ、原作では文字で見ることができなかった全体像を、映像化することでさらに説得力が増していた。
脇を固めるキャストも個性的で、記者をけしかける社会部編集長の古館寛治と先輩の元記者、松重豊の二人が横柄ながらも小栗旬演じる文化部記者への愛情のある掛け合いが微笑ましい。原作でもそうだったように、文化部記者の実力を信じているからこそ、奮起させようとする無茶な要求が最後のシーンにつながっているのに心を打たれる。
株取引の世界で裏の事情に通じている謎の人物を、脳出血から回復した塩見三省が演じているが、この演技がなかなか見物。かすれるような声で、左手をかばうような様子が見られるが、かえってそれが裏の世界を知る者の凄味を醸し出し、演技に深みを与えていた。
序盤から中盤にかけて、一つ一つ事実の端を積み上げて、犯人たちへ迫っていく展開にスリルがあり、久しぶりに邦画で期待した展開だったが、後半になると人の感情が前面に押し出され始めて、涙を誘う展開を意識し始めるのが自分には納得ができない。主人公のテーラー店主は家族に恵まれた幸せな人生を送っているが、ほかの脅迫に使われた声の主、二人の姉弟の人生は悲惨そのもの。原作にもその展開はあるが、あくまでもフィクションなのでそうなのかな?と信じることができなくなり、今までの緊張感あるストーリーに水を差された気になる。特にラストは姉の映像がかなりの時間をとって流れるので、今までのテーラー店主の苦悩が軽く感じさせられてしまう。ここで泣けとアピールされているように感じた。
実際の事件は解決していない。映画では大円団を迎えたが、この事件が残した影は今の世の中に残っている。この作品が事実かどうかは分からない。作中でも、エンタメとして事件を消費することではなく、マスコミがこの事件を総括するのが大きなテーマとして語られている。それは自分も同意見だが、あまりマスコミがその総括を糧としている世の中とは思えないのが悲しい。

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