イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密

イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密(2014年:アメリカ)
監督:モルテン・ティルドム
配給:ワインスタイン・カンパニー
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
  :キーラ・ナイトレイ
  :マシュー・グッド
  :ロニー・キニア
  :アレン・リーチ
 
第二次世界大戦中猛進撃を支えたドイツ軍の暗号として有名なエニグマ暗号機。当時人類最高とうたわれたその暗号機の解読に立ち向かった天才数学者アラン・チューリングの数奇な運命と、彼とともに戦ったチームのメンバー、彼の恋人とのドラマを描いた作品。彼らが開発した暗号解読器は現在コンピューターの黎明として有名。
戦後しばらくたってから天才数学者の自宅に強盗が入ったところから物語は始まる。何も盗られていないと主張する数学者を警察は疑い、彼の過去を洗うが大戦中軍務についていたことが抹消されていた。大戦中天才数学者が関わっていた暗号解読器開発の物語と、そのことで苛まれた彼の良心と、自らの立場を危うくするマイノリティ性が告白される。
主役のベネディクト・カンバーバッチの存在感の見事さは素晴らしい。天才にありがちなエキセントリックな思考や物事への執着とそれ以外の無関心さが自然に演技され、痛々しいほどの周囲との軋轢を生みだしている。天才であるが故の凡人に分からない苦悩、凡人であるが故分からない彼の行動が、立ち振る舞いから演技されて完璧。さすがあの変人探偵を演じていただけのことはある。結局彼の功績は記録に残っていないが、ラストに薬物でボロボロになっている彼が、訪ねてきた元婚約者から「あなたが暗号を解読したことでみんなが救われた」と諭されるシーンは、名もなき英雄にもっと光を当ててほしいという気持ちになった。実際のアラン・チューリングはがっしりとした屈強な男性であったらしいので、ベネディクト・カンバーバッチのようなヒョロっとした体型ではなかったらしいが、時折差し込まれるランニングのシーンでは体脂肪の低そうなアスリート体型であったのが意外。もっと身体鍛えんといかんな、オレも。
実際のアラン・チューリングは性的少数者であったことは知られているが、唯一婚約していた女性が、同じ数学者のジョーン・クラーク。かの有名な新聞のクロスワードパズルでスカウトされたシーンが歴史好きをくすぐる。史実と異なるのだが、出会いとしてはなかなか面白い。男性社会の中で女性であるが故の活躍の制限や、両親との問題、そして数学者との関係と様々な苦労を味わっているが、負けないような快活さとちょっと利用するような強かさ、そして天才数学者に人付き合いで助言するような世渡り上手感もあり、頭のいい女性。キーラ・ナイトレイが演じているが、例の海賊映画では正直魅力を感じなかったのに、今作では非常にかわいらしく見えた。この人は派手な衣装を着るより、戦時中の地味な衣装を着る方がキャラクターとして映える。アラン・チューリングの姪からは、実際の本人は地味な人で、キーラ・ナイトレイは美人過ぎるとクレームがついたらしい。ラストシーンでは、別れた天才数学者の下にやってきて苦悩する彼を励ますシーンも印象に残る。
個性際立つ暗号解読チームもなかなかで、リーダー的で遊び人の英国チェス王者。兄が軍艦の砲手の若い研究者。天才数学者に理解がある中年等々、当時の英国を代表する頭脳たちが天才数学者と衝突しながらも、暗号解読器を開発していく。最初コミュニケーションが取れない天才数学者に反目するが、婚約者の彼女が間に入って人付き合いがマシになると、途端にチームが円滑に動き始め、役に立たないと思われていた解読器を取り壊そうとした上司にみんなで拒否した。天才数学者を中心に一つにまとまっていたが、暗号機が完成してからはその成果が彼らを再び分断する。そして戦後にはその活躍も秘密にされたことも悲しい話だった。
そしてもう一つのテーマ、性的少数者であった天才数学者の苦悩も悲しい。当時のイギリスでは同性愛は処罰の対象であり、天才数学者は隠しながら生きていた。それは彼が寄宿学校から抱え続けている愛した友との別れに起因しており、彼が薬物でボロボロされてしまった原因でもある。アラン・チューリングの功績が現在まで知られなかった理由もそこにあり、人の固定された観念は悲劇を強いる。
様々なテーマを詰め込んだ良作で、第二次世界大戦後のテクノロジー発展の基礎を築いた人物の伝記としても秀逸。これを機に連合と枢軸、東西問わず名もなき英雄の物語に光が当てられることを望む。
 
余談 その昔英軍がドイツに勝利したのはナチス高官への盗聴を網羅していたというのが事実とされていたが、90年代になってからアラン・チューリングの暗号解読の事実が公表された。それも一つの事実だが、実際は英国が暗号解読器を開発する以前に、ドイツに侵攻されていたポーランドで、チューリングと同じ数学者マリアン・レイエフスキー率いる解読チームが基礎的な解読を成功させていたらしい。より詳細な情報解読を英国で行ったが、ポーランドでは米・英・仏・露・独のスパイが入り乱れて凄まじい情報戦が繰り広げられたらしい。ぜひそちらも映画化してもらいたいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?