Itsuka

「小松家 with 」代表。 “ことばと人を紡ぐ場所”をテーマに、本とアート、おいしい…

Itsuka

「小松家 with 」代表。 “ことばと人を紡ぐ場所”をテーマに、本とアート、おいしいものを提供します😊✨ フリーダ・カーロ研究、文章制作など、少しずつ。音や映像にも興味あり。

最近の記事

雨は今日も、降り続けている(いちびり一家⬜︎観劇記録)

私は彼女が嫌いだった。 嫌いに、なりたかった。 あの頃も、今も、この先も。 存在しない彼女を肯定する好意を抱くことなんて、まっぴらごめんだ。 見えない道の先から足早に現れた三人の女が、私について語っている。私は私であることを否定される。続いて、ここには何もないということをただ、突きつけられる。 そして、あの日の記憶が蘇る。 雨は、確かに降っていたのだ。 彼女は、困難な状況をいつも誇らしげに語っていた。動物園に行った時も、サンドウィッチを食べる時も、映画を観る時も、いつも

    • 雨、鉄を鳴らす 8:さいご

      幾年かぶりにこの身で支えた頭が揺れる。首からポキンと音をたてて折れてしまいそうだ。身体にかかる重力が、私にこの地球への帰還を告げていた。ごくろう、ごくろう……。どくどくと脈打つ鼓動が、今にも飛び出さんばかりに鳴り響いている。私は数分のあいだ堪えたが、身体を支えるために立てた右手は、もう既に限界を迎えている。地球はこんなにも重たく、私にのしかかる。脈動はこんなにもせわしなく、私の身体はいったいどこに行って、ちゃんとここにあるのだろうか。床に足をつけ、あらん限りの力で立ち上がる。

      • 雨、鉄を鳴らす 7

        それから、 そこは、大きな窓から光の降り注ぐ、清潔そうな場所で、部屋の中央にはベッドがあった。ぬいぐるみが一つ、女と寄り添うかのように置かれている。歳の頃で言えば十七、八にも見える身体には、肉々しいものが一切感じられなかった。点滴台に足を乗せて滑り出した私は、廊下を二往復する間にその部屋を三度確認していた。いつもは閉まっている戸が放たれて、カーテンの裾からグレーのカーペットが覗き、長い髪が束になって落ちていた。廊下のパトロールが終わった後、恐る恐る部屋に入る。 女の目が開か

        • 雨、鉄を鳴らす 6

          歌声が聴こえる。 斜向かいの個室からだろう。再び閉じられた目には、光ることのない星が蠢いている。耳をそば立てていた。響く老婆の声が私の知ることのなかった昔の唄を教える。 イチジクについて考えている。―あるいはザクロだったかもしれないが―彼女は母であるかもしれない。最初の人が性を知った時、その果実は既にもう、性を知っていたのだから。それは果実ではない、かつて花だったものだ。剥き出しの種子だったものだ。我々はそれを口に入れて、味わう。甘い汁を、味わう。けれど、唇に触れさせてはなら

        雨は今日も、降り続けている(いちびり一家⬜︎観劇記録)

          雨、鉄を鳴らす 5

          私は車椅子を置いて、ゆっくり、少しふらつきながら、おばさんの隣のブランコに座った。 「ねえ、おばさんね、宇宙人に興味があるの。この地球にはね、悪い宇宙人がいて、滅亡へと導いているの。おばさん、なんとかその事が知りたくてね、知りたいなあって思って歩いていたら、『宇宙研究所』って書いた看板があったの。だからおばさんすぐに連絡してね、セミナーに通ってお話を聞いたの。一年に一、二回しかないんだけど、そこではフランスかなんかで、宇宙人に出会った事のある偉い先生がお話してくれるの。それ

          雨、鉄を鳴らす 5

          雨、鉄を鳴らす 4

           灰色の田舎町をバスに乗って三十分程行ったところに、その町では一番に大きな図書館がある。緑に囲まれたその場所を見上げながら、十分程歩いた山あいにある病院に私は住んで居た。併設された学校には点滴をつけたり、車椅子に乗った病弱児が、彼等にとってはありのままの姿で登校してきた。学校の敷地はそれほど広くはない。唯一の遊び場である、校庭と呼ばれる狭い中庭にはブランコが二つ、ぷらぷらと空を揺れていた。その場所に通うほとんどの子供たちはその日一日を生活するのがやっとであったから、そこに揺れ

          雨、鉄を鳴らす 4

          雨、鉄を鳴らす 3

          それは夏の蒸し暑い夜で、私は自転車を押しながら母と久しぶりに外出をした帰りだった。青い点滅が始まって、歩を止めた。自転車の籠には袋から突き出たネギが萎びている。特売で六十八円のネギ二本は同じく安売りの生鮮食品や缶詰と一緒くたになって、ギッチリと詰められた袋の中からやっとのことで顔を出しているようだった。誰かが私の背後から肩をかすめ、前を遮るようにして立つ。白杖をついた男性で、黒い犬を連れていた。犬は力強く歩みを進め、男性も迷わずそれに続いた。夕立が残した水面に、赤が反射する

          雨、鉄を鳴らす 3

          雨、鉄を鳴らす 2

          ———————だから、 その日が来ると決まって風呂を隅々まで掃除した。裸になって浴槽の中やタイルの脇にいつも生きているカビをごしごしとこすって落とした。かび臭さと自身から臭うあの独特な女臭とが脳内に充満する。私はこの、体内から無造作に流れ出る赤が憎い。風呂の掃除が終わると隅々まで磨いた清潔なタイルの上で、清潔な石けんで泡立った白いスポンジを使い、身体をこすった。誤って赤く垂れ流されたままの陰部を拭ってしまった瞬間に染まる赤に驚き、今度はスポンジについた赤を必死に洗い落とす

          雨、鉄を鳴らす 2

          雨、鉄を鳴らす 1

          はじめにーこれは10年ほど前に書いて、休みまた書いたお話し、きっと誰にも読まれることのない、話。せっかくなので残す。ー  昨晩より降り続けた雨は若葉を無残にも散らし、鮮やかな緑が歩道を埋め尽くしていた。今では皆それぞれの部屋へと帰り、様々な日々の後始末をしている。匂う薄紫の紫陽花と青草の湿り。鉄を打つようにして降り注いだ露の玉がそこかしこに残っている。 夕暮れ、「こっち」という子供の声、ここからは見ることができない。女の子だろうか、まだはっきりと言葉にはならないから、何を指

          雨、鉄を鳴らす 1

          ひとり

          不思議な気分になった。  星野源さんの「うちで踊ろう」を聞いたのだが、なんだか、頭と心が反対を向くみたいな感覚になった。 世界は変わってしまって、ひとりでお家にいなければならない。 けど、人はやっぱり、そのことに抵抗していくように思える。誰かに会うことをやめないし、綺麗な景色を見に行きたい。 6月に東京を離れた。もともと、来ようと思っていた場所だけど、本当は、本当に何事も無ければ違う場所だったかもしれないし、或いは、あの場所を離れようと思ってはいてもそうしなかったかも

          ひとり

          6/1

          今日は明日のことばかりを考えていた。 明日、歯を見せて、明々後日に体を診てもらえば、もう誰かとの予定はなくなり、 誰にも合わせることのない、私だけの6月が始まるのだ。

          5/31

          思い出は話される度に事実から遠ざかっていくだろう。 そのうちに物語になっていく。本当はそんなものじゃなかったはずだ。 本当のことは絶対に、言わない方がいい。 嘘と偽りと幻想の中で都合よくにこにことして、少し涙を流しつつ死んでいくのが一番いいと感じる。 誰かにとっては。 そのような人のことを私は絶対に到底、断じて愛することはないだろうけれど、きっとそうなんだと思いますよ。と思う。 どんなに人に嫌われても嫌われるほどに正直に生きる人を私は愛しましたよと言いながら もうそのような人

          5/30

          留守番、自分の家ではない家で待っている。 一人で過ごす時間がどのようなものであったのか忘れてしまった。 どこかの窓から、規則的に話す声が聞こえてきている。 日本の言葉ではない声と、 勢いよく流れ出す水。 見上げると木の葉が揺れて光が差し込む。 目を落とせば、影が遊んでいる。菱形の明かりが影の間を行ったり、来たりしている。 二人でベンチに座って、見知らぬ人たちが重なり・離れていくのを眺めていた。 私たちに予定なんてものはなかったので、そのまま陽は暮れていった。 青々とした藤棚の

          5/29

          今日は、足音を鳴らす性別の定かではないどこかの子供が泣いている。 家に入りたくないんでしょうと呟く声の傍で 子供がいないのでわからない。と感じている。 実際、家に入れば泣きやむので、きっとその考えは正しいのだろう。 帰る家があることは幸福だ。 温もりと安らぎ、家というものに必要なもの。 物理的にも精神的にも観念的にさえも家がない状態の私は、 大声をあげて泣きたいこともあるけれど、大人なので笑っています。

          5/28

          細かな荷物を運ぶ。 畳1畳分ほどのスペースに荷が積み上がっている。 初めて飲むスムージー、 スムージーはあまり得意ではない。 世界で一番美味しいスムージーに今日、出会えた気がする。 洗濯ものを干して近隣の観察をする。 夕方にクーラーをつけて、溶けたスムージーを啜った。

          5/27

          6月になる前にやらなくてはならないこと。 いつもの6月とは違う。 そろそろ、ここではない場所へ移らなくてはならない。